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「恋するキューピッド」 第24話:大地

 僕は手に持った花を見つめ、鞄に入れる。下駄箱に上履きを入れ、靴を履いて校舎から出る。

「……ダメだ。まだ泣いちゃダメだ」

 視界が歪んでいる。涙が溜まっている。でも、流したらダメだ。

 僕は上を見上げて涙が流れないようにする。皮肉にも、大空には雲ひとつない。
 雲はなくなってしまった。何もない大空だ。

 僕はなんとかぎこちなく笑顔を作り、涙を流さないように大空を眺め続ける。

 そこで、頭に衝撃が走った。誰かに掴まれた。その拍子に下を向いてしまい、涙が流れてしまった。

「泣いていいんだよ」
「……大地」

 大地が僕の頭を掴んだまま離さない。僕は俯いたままでどんどん涙が地面に落ちてゆく。

「どうして敵に塩を送るようなことしたんだよ」

「……わかっちゃったんだ。鈴木くんが涼風さんのこと好きなことを。その気持ちが抑えられないこと。前に進みたいってこと。だから、僕は友だちの鈴木くんが前に進もうとしているところを否定できなかった。つい、頑張ってほしいって思っちゃったんだ」

「お前は、人の気持ちがわかるようになったんだな。ちゃんと、友だちができたんだな。でもぶっちゃけ、そりゃねえだろって思うよ」
「……それだけじゃないんだ。なんだか、これもわかっちゃったんだ。涼風さんの気持ちが、態度が変わったんだ。僕のことを好きでいてくれるような気はしたんだけど、それは本当に仲の良い友達としていたいって、そんな風に思っているような感じがしたんだ。
 ……だから、振られるって、なんとなくわかっていたんだ。ああ、結局、今回もダメなんだなってわかってた。また、孤独になるんだなってもう、わかっちゃってた」

 僕が地面に涙を流しながら言う。

「なあ空。大空には太陽があるし、夜になれば、月が昇る。日によっては、霧がかかることもある。大空には色んな色があんだよ」
「……うん」

 たしかにそうかもしれない。でも、大空は本当は、空っぽなんだ。

 何かがあるように気がするだけで、全部、遠く離れている。

 本当は何もない。孤独なんだ。まるで僕のようだ。

「大空を見上げても、手を伸ばしても何も掴めない。でもな、大空があるから、みんな見えるんだよ。大空がなければ、みんな見えない。だから、大空は空っぽなんかじゃない。大空があるから、みんながあるんだよ。お前は、孤独なんかじゃない。お前がいるから、お前を中心にしてみんながいるんだよ」
「……みんながいても、届かなきゃ意味がないよ。手を伸ばしても届かないなら、ただあっても虚しいだけだよ。辛いだけだよ」

 空っぽの大空を見上げて、自分じゃ届かないってわかって、虚しくなって、下を向いてしまう。

 でも、ダメだよね。前を、向かなきゃなんだよね。それはわかっている。でも、どうしても前を向けないんだ。下ばかり向いちゃうんだ。

「辛いなら、下を向いていいんだ」
「……下を向いたら、涙が流れ落ちる」

「それでいいんだ。涙は地面に流れ落とすもんなんだよ」

「……え?」

 僕は大地の顔を見ようと顔を上げようとするが、大地は力を加え、無理やり下を向かせられる。そんなことしたら、ずっと涙が地面に落ちるだけじゃないか。

「なんで地面があるかわかるか? それはな、涙を枯らすためにあるんだよ」

「……涙を、枯らすために?」

「ああ。そのために地面がある。そんで涙枯らした後に、また前を向けばいい」
「ずっと涙が止まらなければ、ずっと下を向いたままだよ」

「涙で大地が水浸しになることなんてあるか?」

「……それは、ないと、思うけど」

「じゃあ何も問題ない。存分に泣け。地面が全部涙を吸い取ってくれる。大地が涙を枯らす。オレが、お前の涙を全部枯らしてやる」

「……大地が?」

 僕は大地の顔を見る。大地は笑っていた。

「お前にはオレがいる。お前が辛い時には、オレがいる。だから、孤独だなんて言うな」
「……僕は、孤独じゃないの?」
「当たり前だ。何のためにオレがいると思ってる。お前が泣いてオレが涙を枯らして、オレがお前を支えて、そんでお前が前に進むためにいるんだよ」

「……僕は大地に頼ってばかりじゃないか」

「そんなことねえよ。大空があるから、お前がいるから、オレは上を見上げられる。涙を流さずに済んでいる」
「……え、涙を?」
「ふっ、なんでもねえよ。とにかくお前は前に突っ走ってくれ!」

 大地は笑って僕の頭を叩く。

「……ありがとう。でも今はダメだ。涙が止まらないんだ」
「ああ、支えてやる。お前が泣き止むまで、一緒にいてやっから」
「……ありが、とう。本当に、ありがとう」

 泣いていいんだ。大地の前ならどれだけ泣いてもいいんだ。大地が、涙を枯らしてくれるから。大地が、僕を支えてくれるから。

「ハンバーガー奢ってやるよ。何がいい?」
「……トリプルチーズバーガーのセット」
「セットかよ。りょーかい」

 大地は失笑するが了承してくれた。今日ぐらい、贅沢言ってもいいよね。
 僕は大地のもとでひたすら涙を流しながら、学校を出た。


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