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3.白駒池居宅介護支援事業所

「幾星霜の人々と共に・白駒池居宅介護支援事業所物語」

第1話「彼方の記憶」

【今回の登場人物】
白駒池居宅介護支援事業所
立山麻里 34歳 管理者 主任介護支援専門員 
徳沢明香 28歳 介護支援専門員 介護福祉士 
横尾秀子 49歳 介護支援専門員 介護福祉士 
明神健太 31歳 介護支援専門員 介護福祉士 

3.白駒池居宅介護支援事業所

 「白駒池居宅介護支援事業所」には4名のケアマネジャーが働いていた。
 管理者である主任介護支援専門員の立山麻里を中心として、介護福祉士からケアマネジャーになって半年の28歳の徳沢明香、デイサービスセンターで8年働き、その後ケアマネジャーとして3年を経過した31歳の明神健太、そして施設の介護士やヘルパーの経験があり、ケアマネジャーとして15年目になるベテランの横尾秀子がいた。
 34歳の立山麻里は、快活とした雰囲気のある女性だった。セミロングのヘアーは、仕事中は後ろに束ねているが、どこかテレビドラマに出てきそうな女優の雰囲気があった。しかし、自信のなさが時々表情に現れる。
 3名のケアマネジャーのリーダーとして、各ケアマネジャーからの報告や相談、判断を受ける役割を担いながら、自らのケースへの対応にも追われていた。
 立山は管理者としては迷うことの連続で、それぞれのケアマネジャーから信頼される立場にはまだ至っていないと自分では痛感していた。

北八ヶ岳の白駒池

 その立山麻里が事務所で利用者の記録を打ち込んでいるとき、徳沢明香が半ばふくれっ面の険しい表情で事務所に戻ってきた。
 元々明るい表情を出すような明香ではなかったが、最近は仕事にも慣れ始め、ようやく落ち着いてきたと思っていたところだった。
 その表情を見た麻里は、早々に明香に声を掛けた。
 「薬師さんどうだった? デイサービス行けそう? 」
 明香はすぐに返事をしなかった。むっつりとした顔で椅子に座ると、パソコンの電源を入れ、吐き捨てるようなため息をついてから麻里に報告を始めた。
 「あんなに奥さん困っているのに、それをちっともわかってくれない。私、認知の人のケアマネジメント好きじゃないです。」
 麻里は明香の「認知の人」という言葉に引っ掛かったが、とりあえず話を聞くために、座席から離れ、明香のそばに行った。
 「デイサービス拒否されたのね。」
 「拒否どころか、お前が企んだのか! って、みんなの前でひどく怒鳴られました! 」
 明香の言葉には怒りがこもっていた。
 「そうなの… つらい思いをしたのね。」
 麻里は、みんなの前で怒鳴られたことで、明香のプライドがひどく傷つけられたのだと察した。
 「薬師さんにはサービスの導入は無理だと思います。サービスが利用できなければ、ケアマネジャーは必要ないですよね? 」
 明香のその言葉に麻里は返答に詰まった。
 「薬師さんのケースは地域包括に返してもらってもいいですか? 」 
 明香は今後の方針を麻里に求めた。
 麻里はどう返事すべきか困惑した。
 確かに地域包括支援センターから紹介されたケースだったが、「もう少し頑張ってみたらいいのに」という思いも浮かんだが、その思いは一旦飲み込んだ。
 「わかったわ。包括の滝谷さんと相談してみる。そのうえでケアマネ支援という形で、担当者会議を開くかもしれないので、その時は徳沢さんも参加してね。」
 麻里は明香の思いを受け止めつつも、継続担当の含みを残した。
 明香は返事をせず、パソコンに記録を打ち始めた。

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