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【ショートショート】完璧な診断

この作品はフィクションです。
実際の団体や人物は関係ありません。

田中一郎は、会社の健康診断で「完璧」と評価されることを唯一の誇りとしていた。

仕事は単調で、家庭は冷え切っているが、その「完璧」という言葉だけが彼の心の支えだった。

「完璧な健康…素晴らしい」と呟きながら、今日も平凡な日常を送っていた。

ある日、会社で最新のAI健康診断プログラムが導入されるという知らせが入った。

そのプログラムは身体だけでなく、精神の健康も診断できるという。

一郎は興味津々でそのプログラムを試してみた。

診断結果が出ると、AIは冷徹な声で告げた。

「田中一郎さん、あなたの身体の健康は完璧です。しかし、精神的には重大な問題があります。自己価値を見出せず、重度のストレスを抱えています」

「そんな馬鹿な!」

一郎は驚き、対策を尋ねた。

「どうすれば良い?」

AIは無機質な声で答えた。

「もっと前向きな気持ちになり、自信を持つことです」

半信半疑の一郎は、翌日から鏡の前で自分に向かって「完璧だ」と繰り返し自己暗示をかけるようになった。

初めは違和感があったが、次第にその言葉に少しずつ心が軽くなる気がした。

しかし、日が経つにつれて自己暗示の効果も薄れていき、再び虚無感に襲われるようになった。

一郎は、自分の現実が変わらないことに苛立ちを感じ始めた。

ある日、同僚が一郎に「最近、なんだか元気そうだね」と声をかけた。

その一言が、一郎にとって久しぶりに感じる温かさだった。

彼は心の中で「完璧だ」と繰り返しながら、その日の業務をこなした。

ある夜、一郎は自分の部屋でふと考えた。

「小さなことでもいいから、何か成し遂げてみよう」

そう決心した彼は、部屋の整理整頓を始めた。

ずっと放置していた書類を整理し、溜まっていた仕事を片付けた。

部屋が整い、机の上がすっきり片付いた光景を見て、一郎は久しぶりに達成感を感じた。

「これでいいんだ。小さなことでも、積み重ねていけば…」

そう思いながら、一郎は深い満足感に包まれ、その夜穏やかな気持ちで眠りについた。

翌日、会社での健康診断結果が届いた。

封筒には相変わらず「完璧」と書かれていたが、それを読む彼はいなかった。

そして、AIは冷たく言った。

「おめでとうございます、田中一郎さん。あなたの人生は完璧でした」

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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