エッセイ#40『ほんとにあった夢十夜③』

 こんな夢を見た。
 私はなぜかラジオブースにいた。どうやら朝のラジオ番組の生放送らしく、ブース内には朝特有のゆったりとした空気が漂っていた。
 この空間において、私の立場はラジオパーソナリティでもゲストでも、はたまた放送作家でもない。ただただそこにいるだけで、動くことも話すことも出来なかった。こんな不自然な状況なのに、目が覚めるまでは夢だと気付かないのは一生涯の謎である。

 私の隣には日替わりのゲストが座っていた。そこにいたのは、某女性アイドルの”I”である。彼女は私と同学年でありながらも地方からはるばる東京へとやって来た、所謂「上京勢」だ。
 その日のトークテーマは「上京する際によく聴いていた音楽」だった。彼女にぴったりのテーマである。私は自分の置かれた状況がよくわからないなりに、どんな曲を聞いていたのだろうと興味津々であった。

 「さあ”I”さん、上京する新幹線の中や上京してからの寂しい時間などで、どんな曲をよく聴いていましたか?」
 パーソナリティがそう尋ねると、”I”は特に考える素振りも見せず、事前に用意していたと思われる楽曲を答えた。
 「はい、槇原敬之さんの『SPY』ですね!」

 ここで夢は終了した。『SPY』は同世代の間で流行った曲でもなければ、故郷に想いを馳せるといった内容の曲でもない。そして私は彼女の口から槇原敬之の名を聞いたことがないため、特別好きというわけでもないのだろう。
 それでは一体なぜ『SPY』と言う答えが出てきたのだろう。もしかすると、寝る直前に『SPY』を聞いていたのかもしれないが、その記憶すらない。きっと夢に出てきた彼女は、思い出の曲を答えるわけでも、夢追い人を描いた感動系の曲を答えるわけでもなく、ただただ「新幹線の中で聴いていた曲」を答えたのかもしれない。番組側が聞きたかったのはそういうことではなかったのかもしれないが、槇原敬之の『SPY』は奇を衒わずに出てくる最も面白い答えだったと思う。


見た日:令和4年 夏頃


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