エッセイ#49『お兄さん』

 台東区浅草の雷門周辺には、人力車のお兄さんが何人も待機している。人を待っていようが写真を撮っていようが、形振り構わず話し掛けてくるあの精神は、もはやキャッチに近い。
 この時の呼び込みの文言は、決まって「お兄さ〜ん!」である。私はお坊ちゃんでもお父さんでもないため、お兄さんと呼ばれても何ら間違っていないのだが、よくよく考えればおかしな話だ。その場には私以外のも無数の「お兄さん」に該当しそうな人がいるからだ。
 子供でも子連れでもなければ、ほとんどの男性は「お兄さん」と呼ばれとも全く違和感は抱かない。つまり人力車のお兄さん達は、特定の人物に狙いを定めて「お兄さ〜ん!」と呼び掛けているのではなく、とりあえず「お兄さ〜ん!」と叫んでみて振り返った人に話し掛けているのではないかと推測できる。
 そうだと思ったら、そうとしか思えなくなってしまった。

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