株価大暴落と来たる世界的不況について徹底考察する
一年ほど経済系の考察はしていなかったのだが、久しぶりに記事を書いてみようと思う。一応雑記系ブログなので、あれこれと思いついた範囲内で書こうというのが基本スタンスである。
8月5日の株価大暴落は各方面に衝撃を与えた。ブラックマンデーを上回る史上最大の下落幅である。筆者も「ついに来たか・・・」という感想である。今まで空前の株高で日本全体に楽観ムードが漂っていたが、一転とんでもないムードに突入しそうである。最近は猫も杓子もNISAの話をしていたが、その中には本来だったら投資に興味を持ちそうにないような層も含まれていた。まるで「靴みがきの少年」のエピソードのようである。
さて、筆者は今回の株安はこれから来る世界的不況の幕開けであると読んでいる。この読みが正しいかはわからないが、専門家だって予想は当たらないのだから、別に良いだろう。通常のビジネスマンは思考のタームが短期的かつ実利的である事が多いのだが、筆者はどちらかというと学者タイプの思考の人間なので(だからビジネスマンとしては低能である)、今回の株安をもっと抽象的な次元かつロングタームで考えてみたいと思う。
景気循環という宿命
景気循環という言葉があるように、基本的に好景気と不景気は順番に訪れるのが原則である。これは資本主義という制度をとっている以上、避けられないものだ。確かにマクロ経済学の発展で少しは景気を管理・操作できるようにはなったものの、依然として景気循環をなくすことはできない。
景気循環はファンダメンタルな経済成長とは少し違ったものだ。景気がどうなろうとも、人類の技術革新は続いている。長期的に見て主要先進国は年2%のペースで成長を続けていて、このペースはとてつもなく底堅い。なにしろ第二次世界大戦の真っ只中ですら技術革新は続いていたのだ。高度経済成長期の日本は急速な成長を続けていたが、それでもなべ底不況など不況は存在した。逆に平成日本は慢性的な不景気だったが、技術革新は着実に進歩している。バブル期にはスマホは無かったし、今では少なくなった胃がんで多くの人が命を落としていた。
ところがこのようなファンダメンタルな成長と実際の資本主義経済はギャップがあることがある。GDPギャップを考えるとわかりやすい。不景気になると実際の生産能力よりも低い水準でしか経済が動かないし、好景気になると実際の生産能力を超えた水準で投資が行われてく。そして実際には存在しない「虚像」の資産を元に更にマネーが動いていく。これが何かの拍子で崩れてしまうと、一気に不景気に突入してしまう。言うならば本来のペースよりも速い速度で走ってしまったため、揺り戻しが来てしまうということである。
主要先進国のファンダメンタルな経済成長はかなり安定しているが、途上国の場合はその限りではない。例えばここ最近のガイアナは油田の発見でGDPが倍増したし、その隣のベネスエラは政治の混乱で経済が崩壊してしまった。いずれも景気循環とは全く異なるメカニズムである。途上国投資が嫌がられる最大の理由は、ファンダメンタルな経済成長が不安定なことだろう。
人生もアップダウンがあるように、景気にもアップダウンがある。1870年代のヨーロッパは長い不況に苦しんだ。1929年の世界大恐慌はソ連以外のあらゆる国に甚大な被害をもたらした。戦後長らく好景気が続いたが1973年のオイルショックや1987年のブラックマンデーで度々不況は起こっている。直近の不況は誰もが知っている2008年の世界金融危機だろう。2010年代に目立った恐慌は起きなかったが、そろそろ次の不況が来てもおかしくない。
リーマン・ショックはなぜ起こったか?
世界的不況の原理を考えるために、直近の2008年の恐慌がなぜ起こったかを考えてみよう。この不況は一般に日本では「リーマンショック」として知られる。興味深いことに、リーマンという固有名詞がこの恐慌の名前として使われているのは日本だけのようだ。海外では世界金融危機と呼ばれることが多い。どう考えてもリーマンショックのほうがネーミングとしてわかりやすい気がするのだが、外国人にとってはそうではないらしい。一つは2008年の恐慌が日本よりも遥かに深刻な問題として捉えられていたからだろう。2009年の世界経済の成長率は第二次世界大戦後初めてマイナス成長を記録していたのだ。彼らにとっては2008年の恐慌は1929年以来の危機に感じられたのだ。
リーマン・ショックの原因を突き詰めて考えると、2000年代前半のアメリカの中央銀行に当たるFRBの緩和政策に行き着く。FRBや日銀といった中央銀行は政策金利を上下させることによって経済のアクセルとブレーキを掛けている。金利を下げれば景気は過熱するが、同時にバブルを引き起こす危険が出てくる。こうした微妙なせめぎあいによって金融政策はコントロールされている。
FRBは2001年のITバブルの崩壊を受けて金利を下げた。同時期に発生したアメリカ同時多発テロによって市場の不安が増したため、緩和路線は更に強固になった。アメリカの金利は歴史的低水準となり、余ったマネーは世界中に流入した。BRICSなんて言葉が作られたのもこの時期である。当時はイラクのような「例外的な」国を除き、途上国の経済水準がいつか先進国の水準へ収斂すると本気で信じられていたくらいだ。実のところ2000年代に多くの途上国で見られた経済成長はアメリカの余剰資金が流れたという側面がある。こうした背景によって原油価格は歴史的な水準へと上昇していった。
結論から言うと、FRBはちょっと緩和しすぎたようだ。2005年辺りにFRBは段階的な利上げを行ったが、その時には既に株式市場はバブル状態にあった。余剰資金が流れ込んだ先の一つが悪名高いサブプライムローンである。これは要するに普通だったら家を変えない低所得者向けの融資だ。仮に融資が焦げ付いたとしても、不動産価格が上昇すれば回収できるという皮算用である。もちろん不動産価格は永久には上がらないので、サブプライムローンはある段階で限界を迎えることになる。となると、サブプライムローンを原資として市場にばらまかれた証券はどうなるのだろうか?こうした時限爆弾が好景気のさなかにあらゆる方面へバラ撒かれていった。
サブプライムローン自体が不況をもたらした究極の要因では無い。原因はあくまで景気の過熱によるバブル状態である。FRBはもっと早く金融引き締めに走るべきだったが、当時のブッシュ政権は対テロ戦争の泥沼にはまり込んでおり、景気をむしろ過熱させたがっていた。グリーンスパン総裁が超長期の在任にも関わらず、任期を延長されたのは偶然ではないのだろう。当時は新自由主義の全盛期だったため、経済界全体が浮ついており、ほとんど問題とはされていなかった。余剰資金が大量に流れ込むと、必ず手の込んだ金融商品を考え出す人間が現れ、マネーゲームが過剰発達する。日本のバブル景気でも「財テク」なんてものが流行していた。結果として、金融危機は対テロ戦争と並ぶブッシュの「負の遺産」となった。
トランプ政権下の好況
さて、リーマンショックの影響は欧州に飛び火し、おなじみのギリシャのソブリン危機を引き起こした。ブッシュ時代を特徴づけたのが対テロ戦争と緩和政策だとすれば、オバマ時代を特徴づけたのはリーマンショックの余波である。FRBは再び利下げを行い、不景気を脱出しようとした。アメリカ経済がリーマンショックの余波から抜け出したのは2010年代の半ばである、丁度トランプ政権が樹立した頃だ。トランプは労働者階級の支持を受けて当選し、好景気に乗じてポピュリズム的な人気を勝ち得ることができた。これはトランプの功績ではないが、労働者は眼の前の景気改善を評価する。失業率は歴史的低水準となり、トランプにカルト的な支持を与えることになった。
こうした状況を踏まえ、アメリカの経済成長率は3%という先進国にしては高い水準となった。これにより、アメリカの一人当たりGDPは先進国の中でも突出して高くなる。為替変動の影響もあって、アメリカの一人当たりGDPは名目ベースでは他の主要先進国の2倍近くにまで至っている。これは第二次世界大戦後の復興期に匹敵する格差である。これはいくらなんでも異常ではないか。
アメリカがもしファンダメンタルな経済水準で他の先進国を突き放しているというなら、他の社会的指標も同様に高くなければならない。しかし、筆者の目にはどうにもそうは見えない。アメリカの平均寿命や乳児死亡率は先進国の中でも最悪である。この辺りは日本と真逆だ。これは自由主義の国というアメリカの特性によるものが大きいが、少なくとも他の主要先進国と比べて「格上」のようには見えない。1950年代のような大きな格差が他の先進国との間に存在するとはどうにも思えないのである。アメリカのファンダメンタルな経済水準は他の主要先進国からちょっと高いくらいというものではないだろうか。
したがってアメリカの景気は過熱しており、好景気はいつ弾けてもおかしくないのではないかと思う。筆者は2010年代の学生時代からアメリカの一人当たりGDPを軸に長期経済動向を考察してきたのだが、2020年代に入ってからあまりにもアメリカの数値が高くなりすぎて、考察ができなくなってしまった。アメリカが特異な動きをしているとしか考えられない。2023年のアメリカのGDPは8万5000ドルとされるが、本来の適正値はせいぜい6万ドル台だろう。英仏と比べて3割ほど高い水準である。
2024年の危機を招くもの
こうしたアメリカの景気過熱は2010年代の後半から起こり始めていたが、それが恐慌を招きかねないレベルにまで達したのは2020年代に入ってからだ。前回の危機で過剰緩和の遠因となったのは911テロとその後の戦争だったが、2024年の危機でそれに相当するのは新型コロナウイルスのパンデミックである。トランプ政権下で生じた好景気は2020年代までは続かないという見方が主だったが、パンデミックによってこれらの見通しは全て吹き飛んでしまった。
コロナショックを受けて世界経済は大いに混乱した。この時期、まだパンデミックがどこまで深刻になるのかまだ人類は理解していなかった。原油価格がマイナスになったことは大きなニュースとなった。FRBは長期の経済不振に備え、一気に金利を2000年代前半の水準にまで引き下げた。
経済の歴史を振り返ってみると、突発的な事件によって経済が振り回されることは思いの外に少ない。911テロの際はツインタワーに多数の金融機関が入っていたことによって株価の下落が発生したが、すぐに元に戻った。どうにも経済というものは突発的事態に対する抵抗力は強いようなのだ。ツインタワーの上層階に入っていたキャンターフィッツジェラルドという金融機関は社員の7割が死亡したが、現在まで会社は存続している。同様にパンデミックが実体経済に与えた打撃はわずかだった。回復不能なものはほとんど無かったと考えて良いだろう。
日本人はいつまでもマスクを付けていたのに対し、アメリカ人は早期に自粛ムードを止めてしまった。2021年の夏辺りにパンデミックは弱毒化し始め、いつの間にか楽観ムードが主要国で漂い始めていた。危機の収束が予想以上に早かったことで、アメリカは急速なインフレが起き始めていた。
2022年のこの時期は世界のインフレが取り沙汰された時期でもある。インフレの要因は2022年のウクライナ戦争による影響もあるが、それだけではなかった。パンデミックにより人々の労働意欲が衰え、労働力の供給が減少したことが原因でもあった。今まで人類が余り経験したことのない、供給要因によるインフレである。失業率は瞬く間にパンデミック前のトランプ政権末期の値にまで戻り、再び以前のような好況ムードが訪れた。
トランプ政権時代に懸念されたのは米中貿易戦争をはじめとするトランプのポピュリズム的政策だったが、これはどちらかというと「突発的な事故」に近く、恐慌の原因にはならない。それより危険なのは本来あるべき水準を越えて景気が過熱することだ。経済を引き締めるべき時期にパンデミックが発生したことで、FRBは完全にタイミングを失ってしまった。FRBは今回も緩和をやりすぎたのである。
再び恐慌へ
アメリカがバブル状態にあったことは間違いない。経済全体に過剰な楽観ムードが広がることで、余剰資金はあちこちへ投下される。エヌビディアの株価が歴史的な高水準となったことは良い例だろう。人工知能がこれから明るい業界であることは間違いないが、それと個別銘柄のアップダウンは別だ。ITバブルが弾けた後も、IT業界は成長していったのと同じである。2020年代前半のAIブームはこの時代の狂想曲として知られて行くかもしれない。技術革新は景気の影響を受けにくいが、まさにその理由によって株価上昇はぬか喜びなのである。
8月5日の株価の大暴落は日銀の利上げだけが原因ではなく、アメリカの失業率が予想外に高くなっていたことも原因の一つだった。アメリカの失業率は足元徐々に拡大しており、今までの好景気が維持できない可能性が高くなっているとの予想が出始めたからだ。本来はもっと早く好景気は終わっているはずだったのだ。当然、現在の株高はバブル景気ということになる。そしてバブルは膨らんだ風船のように、些細なきっかけで破裂する。
どうにも今回の株安は日本にとどまらず、アメリカやヨーロッパにも及んでいるようだ。もはや株取引云々の問題ではない。やってくるのは2008年以来の大型不況である。そう、16年前と同じなのだ。「植田ショック」なんて言われているが、そんなところに本当の要因はない。アベノミクスとか黒田バズーカ云々に怒りの矛先を向けても世界的不況の理解には繋がらない。
日本はこの恐慌の影響を比較的受けないだろう。というのも、日本は株式市場を除いて景気の過熱が起きていなかったからである。日本の経済水準はファンダメンタルなものよりも過小評価されており、これが近年の円安を招いていた。一時は日本が途上国へ転落するのではないかという見解すらあった。しかし、アメリカと反対に日本に対する過小評価は改められるだろう。2008年のリーマンショックの際は日本の底堅さに投資家が注目し、かなりの円高が発生した。2011年の東日本大震災の時ですら円高は揺るがなかった。今回もおそらく同様だろう。日本という国は攻撃力は弱いが防御力に関しては強靭な、カメのような国であり、今回の不況でも日本社会はびくともしないだろう。したがって、日本は再び今までのデフレ基調に戻り、ラーメンの価格は据え置かれるはずだ。目下の転職市場の活況は株高というより人手不足が原因なので、就職氷河期が到来する可能性は低いだろう。
懸念されるのはアメリカだ。既にアメリカ国内の政治的分断は深刻な状態になっているが、ここに不況が加わったら本当にどうなるのかわからない。先日はトランプの暗殺未遂事件があった通りである。白人労働者階級が不満を溜め込めば、必然的にトランプは有利になる。過激化を招くリスクもあるだろう。1929年の世界恐慌の際に政治危機を招いたのは既存のエリートが無能であるという観念が社会に広まったからだ。アメリカの白人労働者階級は既にポリコレ三昧のリベラルエリートに愛想を尽かしているが、この傾向は恐慌によって更に倍増する。有権者はバイデンやハリスといったエリートにほとんど信頼を置かなくなるかもしれない。トランプの暴走が不況を作り出すのではなく、不況がトランプの暴走を作り出すのである。
あとがき
筆者はこのような考察を2022年のインフレの際に一通り考えていた。しかし、2023年になってもいつまでも恐慌が起きないため、自分の考察が間違っていたのだと思い、株式市場の好況を受け入れてしまった。しかし、案の定の暴落である。
どうにも筆者はビジネスセンスというものがないようだ。既に起きた現象を考察することはできても、高精度の予測をすることはできない。結局は「カン」が優れているかどうかになる。「学者タイプ」の人間がビジネスの世界で通用しないのも、こういった事情なのだろう。五輪のメダリストの予測も立てたのだが、外してしまった。結局は実務的には無能ということになるだろう。どうにも実利的なこととなるとダメダメである。本当にビジネスは嫌いだ。
筆者は以前はゴリゴリの新自由主義者だった。ネオリベ教信者といったも良かったかもしれない。しかし、社会に出て色々なものを見聞きすることで心境は変わりつつある。金儲けだけが人生ではないし、経済だけが社会的価値ではない。筆者はどうにもサラリーマン経験を通して思考回路が左傾化している気がする。今回の不景気で岸田政権は吹き飛ぶだろうが、皮肉なことに岸田首相は「新しい資本主義」を提唱していたのだ。
今回の株安を受けて、筆者の「東大より医学部」という主張はより強固になった。頭の良さとビジネスセンスは別物だし、東大を出ても資本主義社会に振り回されることは間違いない。研究者は厳しく、官僚は異常な激務、JTCはではオーバースペック、起業やコンサルもこの状況では終わりだろう。日本は残念ながら頭のいい人が報われる進路は医者しかない。卑しい金儲けに勤しむよりも老人の命を救ったほうがまだやりがいがあるかもしれない。東大に行けるような人が卑しい金儲けに人生を捧げるのは無益だ。
昨日は夜遅くまで書いていたので、寝不足で死にそうである。本当に辛い。