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人道に対する罪で指導者を裁くことの難しさ

 最近の報道によれば、国際刑事裁判所がイスラエルの訴追を検討しているという。もし訴追されればネタニヤフ首相は人道に対する罪によって国際裁判に掛けられるだろう。同時に国際刑事裁判所はハマスに対する捜査も開始しているようだ。紛争の当事者の両方を裁くという画期的な動きである。筆者の予想によればネタニヤフが逮捕される可能性は極めて低いだろうが、何もしないよりはマシということだろうか。

 ところで、この手の裁判は「勝者による裁き」という批判がある。東京裁判を念頭に置いたものだ。スターリンのソ連が人道に対する罪を犯していることは違いないし、アメリカの本土空襲や原爆投下も現代的な基準だとかなり危ないが、それらが裁かれることはない。裁判という名の復讐ではないかという意見が見られる。

 ただ、これは少し本質からズレているような気もする。というのも、人道に対する罪を犯した指導者を裁くのは非常に難しいからだ。勝者はもちろんのこと、敗者であっても裁かれないことの方が多い。人道に対する罪を犯した指導者が裁かれるのは良い条件が揃った時だけだ。今回はここを論じてみよう。

指導者が裁かれる時

 通常、国家は主権を持っているので、国際機関がその中に入っていって指導者を逮捕することはできない。引き渡しを要求しても当然拒否されるだろう。権力者が政権を維持している限り、その人物を訴追するのは難しい。仮に権力を失ったとしても、後継者がその人物をかばうかもしれない。憲法で外国への引き渡しを禁止している国もある。外交交渉で外国に出た時に逮捕するのも難しい。そんなことをすればホスト国の沽券に関わるからだ。外交交渉の基本的なマナーに著しく反するだろう。というわけで、人道に対する罪を犯した指導者は裁かれることが殆ど無い。

 人道に対する罪を犯した人物を裁くことができるシチュエーションは主に3つだ。①国家が無条件降伏した時、②指導者が権力を失い、国家が訴追に同意した時、③その他何らかの事情で国際機関に身柄が拘束された時、である。

 ①は第二次世界大戦後のドイツと日本が該当する。もはや国家が消滅しているので、指導者は自分の身を守ることができない。普通の刑事犯罪人と同様に占領軍によって逮捕されることになる。このパターンは結構多いだろう。イラクのフセイン大統領はアメリカ軍の軍事侵攻で政権が崩壊し、逮捕された。ルワンダ虐殺の犯人たちもルワンダ愛国戦線によってルワンダ全土が軍事征服されたことで逮捕された。しばしば「勝者の裁き」とは言われるが、どちらかが圧勝したシチュエーションでなければ訴追自体が難しいという現状がある。湾岸戦争後のフセインのように、敗北したとしても政権が存続すれば逮捕は不可能なのだ。

 ②は冷戦後にしばしば見られたパターンである。代表例はユーゴスラビアのミロシェビッチだ。ミロシェビッチはユーゴ紛争に深く関与した後、2000年の政変で権力を失い、国際機関に引き渡されることになった。チリのピノチェトやアルゼンチンのビデラも冷戦終結後に批判が高まり、国内の裁判で訴追を受けている。やや変則的なのはポル・ポト派だ。彼らは内戦の末期に壊滅した後、しばらく恩赦で快適な暮らしをした後で訴追されている。①と②の中間だろうか。

 ③はかなり例外的なパターンだ。先述のピノチェトは病気療養のためにイギリスに渡航した際に現地で逮捕されている。人道に対する罪で裁けないかが議論されたが、結局曖昧な形で釈放されている。他にはドイツで終身刑になったシリア軍関係者の例がある。難民にまぎれてドイツに亡命した後に拷問に関与していたことが明らかになったのだ。

多くの指導者は裁かれない

 とはいえ、人道に対する罪を犯した当事者の多くはお咎めなしである。まず、国家というのはそう簡単に滅びないというものがある。アメリカやロシアの指導者が残虐行為に手を染めたとしても、そうした指導者を逮捕するのはまず不可能だ。

 大国でなくても、政権を維持できれば逮捕されることはない。現在の世界の指導者で人道に対する罪で訴追される可能性が極めて高いのはシリアのアサド大統領だが、内戦に勝利しているので、逮捕は不可能である。同様に、金正恩も北朝鮮が崩壊しない限りは安泰だ。

 仮に政権が崩壊したとしても、亡命すれば問題はなくなる。このパターンで多くの独裁者が生きながらえてきた。アフガニスタンやエチオピアの共産政権の幹部は友好国に亡命して安泰である。アサド大統領も仮に政権が崩壊したらイランかロシアに亡命して逮捕を免れるのだろう。第二次世界大戦後のドイツは全世界を敵に回して亡命先が無かったから訴追されたのだ。

 権力を失ったとしても、訴追がされないケースがある。スーダンのバシールやジンバブエのムガベが該当する。これらの指導者は後継者の判断で罪状はごまかされている。独裁者を引き渡せば後継者自身の罪も明らかになってしまうからだ。他にも国民和解の観点から曖昧にされるケースも多い。エルサルバドルやグアテマラの軍事政権は残忍だったが、幹部の多くはお咎めなしだった。

イスラエルとハマス

 さて、イスラエルやハマスの指導者が裁かれる可能性はあるだろうか。筆者の予想ではその可能性は極めて低いと思われる。

 イスラエルは強大な軍事力を持ち、核保有国でもある。したがって、この国が滅ぼされる可能性は無い。ネタニヤフが失脚後にイスラエル国内で訴追可能性は無視できないが、汚職での訴追と人道に対する罪の訴追は全く意味合いが異なる。後者はイスラエル国家の基本原則を否定することになってしまう。したがって、ネタニヤフが監獄送りになったとしても、彼が国際裁判に掛けられる可能性は低い。

 ハマスの場合はどうか。これまた可能性は極めて低いだろう。ハマスの指導者は世界中に協力者がおり、亡命先に事欠かないからだ。イランにせよ、トルコにせよ、ハマスの幹部を訴追するのに協力するとは思えない。ガザにいるハマスの指導者が拘束される可能性はあるが、これまた国際裁判に掛けられるとは思えない。あまりにも政治的過ぎるからだ。それよりもイスラエル軍との戦闘で殺害される可能性の方が高い。

 パレスチナ紛争の高度に政治的な性質を考えれば、当事者が人道に対する罪で裁かれる可能性は低いだろう。紛争が激化すれば当事者は頑なになるし、紛争が和解に向かえば「寝た子を起こすな」となるはずだ。

 これまでの国際裁判の共通項を洗い出すと、どうにも国際裁判は終結済みの紛争を扱うことはできても、現在進行系の紛争を裁くことは難しいようだ。仮に勝敗が明白だったとしても、紛争が継続していれば、当事者は友好国に亡命したり、支持者に匿われたり、和平交渉で地位が保障されたりする。日本とドイツの指導者が裁かれたのは両国の無条件降伏で紛争が完全に消滅し、冷戦体制という新たな世界へと変わったからだった。冷戦体制下で行われた残虐行為が裁かれたのも、冷戦が終結してからだった。金正恩が裁判に掛けられたとしても、それは北朝鮮が崩壊して中国がアメリカとの協調関係を保っていた場合に限られるだろう。アサドも似たようなものだ。

 イスラエルとハマスの場合も同様に、パレスチナ紛争が解決するまでは、あまりにも政治性が高すぎて人道に対する罪の訴追はされないはずだ。仮にネタニヤフがこれからラファで虐殺を行ったとしても、イスラエルがそのことでネタニヤフを引き渡すことはないし、海外渡航が難しくなるだけだ。ハマスのテロリストも今までフォーマルな裁判で裁かれることはなく、全てパレスチナ紛争の政治交渉の枠内で扱われてきた。国際刑事裁判所の側もパレスチナ紛争に首を突っ込んで火傷をしたくはないはずだ。国際機関にとってもこれほど厄介な紛争はない。

 というわけで、2023年のイスラエル・ハマス戦争の当事者が刑事訴追される可能性は皆無である。仮にあったとしても遠い未来のことだ。その頃には現在74歳のネタニヤフは死ぬか裁判不能になっているだろうから、一生安泰だ。それでも国際刑事裁判所がこうした動きを見せるのは抑止効果はあるだろう。イスラエルは国際的孤立を何より恐れており、アメリカ国内でイスラエル叩きが行われる根拠を排除したいだろうから、一定の制約がかかるかもしれない。

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