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『夏休みの宿題』第一夜

8月2日都内、地元の駅からマンションまでの間を這うように歩く。
 「(暑い、暑い、暑すぎる! もう疲れた、今日も働いた、疲れた。だから!早く!家に帰って!ビール!ビールがあああああああ!)」
早歩きで家まで帰る。マンションのエレベーターに乗り込み自分の階を連打した。
 「早く!早くして!暑い!暑すぎるの!早く!」

エレベーターが階につく。エレベーターのガラス越しに自分の部屋の前あたりに人が座り込んでいるのが見えた。
「ん??あれ?なんかいる?!?!」

エレベーターが開いて様子を伺う。
「なんだ?なんだあれ?借金取立てか?ストーカーか?それとも…ああもう何でも来い!私はとにかく家に帰るん!………」

女の子が自分の部屋の前で蹲っていた。そしてこちらを見上げる。
「ええ?だ、だれ??スズナちゃん??」

「こんばんは、沙也子さん」

すべての始まりはこの日からだった。この日を境に夏が動き出した。
夏が動き出したのだ。

「鈴奈ちゃん?どうしたの、こんなところで。」
鈴奈は黙り込んでしまった。浮かない顔をしている。
「黙っていちゃ分からないよ、鈴奈ちゃんどうしたの?」
「黙っていちゃわかんないってみんな言うよね!大人って!なんなの!大事なことは言ってくれないくせに!すぐに黙っていちゃわからないよって言うじゃん!黙っていても分かってよ!」
鈴奈は突然顔を上げて激情した。
「鈴奈ちゃん、そんな大きい声出しちゃ、シーだよって。もう夜なんだし、ここ廊下だし…おうちに帰りなって。」
「あんな家絶対に帰らない!」
沙也子は驚いた。幼い顔が硬い表情をする。
「いやでもまだ鈴奈ちゃん小学生なんだし、もうおうちに帰らなきゃ。」
「家には絶対に帰らないから。あんなところ居るだけで息が苦しくなるよ」
「そんなこと言っても鈴奈ちゃんのお父さんもお母さんも心配しているよ。」

言い終わった後、鈴奈の体に少し力が入ったような気がした。沙也子はハッとした。スズナの両親は……そうだった。鈴奈は黙り、少し涙を浮かべ、口を真一文字に閉じている。3分程沈黙が流れた。
「もう、仕方ないね、とりあえず、中に入って、すずちゃん」

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