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初恋、旧街道と水曜日

ふと思い出した、初恋のはなし。

旧街道を20分かけて歩く登下校。昔は宿場町として賑わったらしい風情ある軒並みは、小学5年生の僕にとってはただ、古い家がずーっと並んでいるだけのつまらない通学路でした。

でも唯一、水曜日の帰り道だけは特別でした。

* * * * *

僕が通う小学校は、全校生徒38人、同級生がたった8人という、いわゆる過疎地域の学校でした。全員の顔と名前はもちろん、親兄弟も知っているような狭いコミュニティ。
登下校は5つの通学団に分かれて行い、6年生を筆頭にみんなで決まった時間に集まって登校し、帰りもみんなで帰ります。

ただ、水曜日は5・6年生だけ授業が長く、他の学年の子は先に帰ります。僕の通学団にはたまたま6年生がいなかったので、水曜日だけはいつも1人で帰ることに。

話し相手もいない、つまらない通学路。

学校を出るときに蹴り始めた石を、溝や池に落とさずどこまで持って帰れるか、そんな遊びをずっとしていました。

* * * * *

ある日、学校中を騒がす事件が起きました。僕の学年になんと、転校生がやってきたのです。

名前はちかちゃん。背が少し高くて、髪は肩にかからないくらい。くしゃっとした笑顔でよく笑う明るい女の子でした。毎年新しく入ってくる1年生ですら大体は誰かの弟か妹という世界です、転校生はビッグニュース。ちかちゃんはすぐに人気者になりました。みんなから「ちーちゃん」と呼ばれ、愛され、いつも輪の中心にいる、そんな女の子でした。

ちーちゃんの家は、旧街道を途中で右に曲がった先の、坂の上にありました。
別の通学団だったちーちゃんとはクラスで会うだけ。しかも僕は輪の中心にいるようなタイプではなく、こっそり塾に通ってたおかげで勉強が出来て、そのことでなんとか自分の立ち位置を保てていたような、ちーちゃんとは正反対の男の子。
人気者のちーちゃんは当然、サッカーが出来て流行りの曲を知っている男の子たちが声をかけ、僕はあたかも輪の中にいるように、彼らの会話に合わせて笑っているだけでした。

* * * * *

そんな僕とちーちゃんの唯一の接点が、水曜日の帰り道でした。ずっと1人で帰っていた僕は、たまたま途中まで道が一緒というだけで、ちーちゃんと2人で帰ることに。
普段は口数の少ない僕も、通学路に関しては大先輩。寄り道しないと行けない神社、つくしがたくさん取れる空き地、高確率でカニがいる溝、人知れず上達した石けり遊び、冬になると家の近くの水車が凍ってつららができること。
驚く姿が嬉しくて、僕はなるべく時間をかけて、家への別れ道まで帰りました。

ムラ社会という環境のせいか、もしくはただ僕の成長が遅かったのか、当時の僕にとって誰かと「付き合う」なんてことは、遠いオトナの世界の話しでした。だからちーちゃんとどうなりたい、何をしたいといった具体的なものは何にもなくて、ただただ毎週の水曜日が楽しみで仕方なかったことを良く覚えています。
これが初恋だったんだと、今では思います。

* * * * *

ある日の帰り道、ちーちゃんから好きな人はいるのかと聞かれました。僕はどきどきしながら、「いる」、と答えました。

髪は長いか短いか、「短い」、
背は高いか低いか、「高い」、
校門を出て右に帰るか左に帰るか、「右」、
下の名前は何文字か、「2文字」、

全校生徒38人、正解に辿り着くのは時間の問題です。僕は慌てて、好きな人はいるのかと、同じ質問をしました。
「いる」、とちーちゃんは答えました。

髪は長いか短いか、「短い」、
背は高いか低いか、「ふつう」、
校門を出て右に帰るか左に帰るか、「内緒」、
下の名前は何文字か、「3文字」、

38人とはいえ、絶妙に絞りきれない返答。人に聞いておいてずるい、という感情よりも、その条件に自分が当てはまっていることにほっとすると同時に、誰なのか知りたいという気持ちが募ります。


僕が頭の中で必死に候補者をリストアップしていると、ちーちゃんがこう提案をしてきました。

「好きな人を紙に書いて、それを交換して、別れ道を過ぎてから読もうよ」

好きな人が誰なのかばれてしまう、そんな思いよりも、ちーちゃんの好きな人が誰だか知りたい、その思いが勝り、僕はこの提案をのむことに。
ノートを破り、そこに2文字の名前を書いて小さく折りたたみました。

その紙を交換した後は、何か追加で質問をした気もするし、絶対に秘密にしてねと頼んだ気もします。いつもは辿り着きたくない別れ道が、今日ばかりは早く来てほしい、そんな気持ちだったように思います。



* * * * *



僕は、その紙を開けませんでした。
あれだけ知りたかったのに、小さく「ちか」と書いた紙を渡してまで手に入れたのに、別れ道を過ぎると後悔が止まらなくなり、そして何よりそこに書かれているはずの3文字を見るのがこわくて、
僕はその紙を開きませんでした。

* * * * *

次の日も、その後の水曜日も、ちーちゃんはなんにも言ってきませんでした。
好きな人の話しをすることもなく、かといって変に距離を置かれるわけでもなく、以前とおんなじように寄り道をして、くしゃっとした笑顔でよく笑って、学校ではサッカーの上手い男の子たちと楽しそうに話していました。



今もしも、あの頃に戻れて、あの紙を開いて、
そこに僕の名前が書かれていたとしたら、
僕たちはどうなっていたんだろうと、そう思う時があります。
2人で凍った水車につららを見に行ったかもしれないし、もしかすると一緒に帰らなくなっていたかもしれない。
今日は書けなかった、中学でのあの出来事は、もしかすると起きなかったかもしれない。
そう思うと、なんだかちょっとせつない、淡い空のような気持ちになります。



長いのに最後まで読んでくれてありがとうございます。ぜひ皆さんの初恋の話しも聞かせてください。


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