米澤穂信:顔を平手打ちするよ!と言ってぶん殴ってくる作家

 私は米澤穂信のファンです。きっかけは『リカーリング』でした。秋もふける新宿御苑でさて読書でも、と開いた本が止まらない止まらない。お昼過ぎから閉園時間までずーっと同じベンチに座って読み通しました。自販機で買ったホットココアの数はたぶん5本くらい。物語の結末と暗くなった新宿御苑は見事にマッチしており背筋が寒くなったのはいい思い出です。

 そこから堰を切ったように米澤作品を読み漁りました。氷菓シリーズや小市民シリーズ、ベルーフシリーズなどなど。彼の作品の読み進めていくうちに分かってきたことがあります。さならがぼやけていたものが輪郭を帯びてくるように。米澤穂信は毒饅頭作家です。

 彼の作品で広く世に知られているのは氷菓シリーズでしょう。「わたし、気になります!」が口癖で好奇心旺盛な女子高生"千反田える"と謎解きが得意な男子高生"折木奉太郎"が日常の謎を解いていく物語です。この2人以外にもキャラの立つ人物が複数登場し会話を中心に展開される構成は、たとえば中学生のときにあった朝の読書時間にぴったりな、軽い気持ちで読むのに適しているのです。見かけはね。

 氷菓シリーズで私が気に入っているキャラクターが"福部里志"です。自らを「データベース」と称し謎解きが得意な折木にヒントを提供する役割を担います。饒舌で飄々としてる彼ですが、時折見せる闇がなかなかに深い。本当は探偵になりたかったんです、福部は。知識を十分に有していて折木と同じものを見て、それでもなお結論が導き出せない。要素を持っていながらにして最後の最後、論理で繋げることができない。でもそれを易々とできてしまう男が近くにいました。折木奉太郎です。折木を見て福部は、自己をデータベースと位置付けることにしました。

 主語の大きい話はなるべく避けたいのですが、人間誰しも自らが主人公ではないと悟る時がきます。自分はあくまでも広い世の中の構成員に過ぎない。福部は強い子です。自分が主人公ではない挫折感を味わいながら、なんとか自分のアイデンティティを確保したくてデータベースを選びました。(学生の間は折木のようなタイプに憧れるかもしれないけれど、社会に出たら間違いなく福部の方がかっこいいと思われるぞ!)

 思わず感情を吐露してしまいました。とにもかくにも、です。福部のエピソードが表すアイデンティティの喪失という重たいテーマをコミカルなキャラクターと出来事に包み込んで提供してきやがるのが米澤穂信という作家なのです。なんか今日の調子悪いなー、憂鬱な気分だなー、って思っていたら原因は朝読んだ氷菓だった、みたいな。毒あるのに美味しいから食べてしまう。氷菓だけにかぎらずこうした作品はいっぱいあります。例えば小市民シリーズ。ここでの説明は省きますがぜひ読んでみてください。可愛い女の子の残忍性はハマるひとにはハマるでしょう。『ボトルネック』の結末もなかなかにしびれました。

 「顔を平手打ちされると思って歯を食いしばったら、顔をぶん殴ってくる」作家、米澤穂信の作品は面白いものが多いのでこの機会にぜひ読んでねというお話と、くれぐれも朝読書の時間には読まないように、というお話でした!お読みいただきありがとうございました。


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