『今道友信 わが哲学を語る』(かまくら春秋社、2010年)を読んで。

 古典を読むことの大切さはよく耳にすることと思う。しかし、どの古典をどう読もうかというとなかなか良い道案内に出会うことは難しい。本書は古典を読むことの必要を様々な場面で説いていた今道友信氏による古典入門といってもよい本である。数々のエッセイでアリストテレスやダンテを読むことの尊さを伝える今道氏であるが、一般向けの本でもなかなか敷居が高いと思われる読者は多いかもしれない。本書は14回に及ぶ講義を纏めたものであるため、非常に読みやすい。一つ一つの講義で取り上げられる古典の読解を通して、それまでに書かれた著者の論考の理解をより豊かにしてくれる本であり、著者自身の古典を読むことの喜びが伝わってくる本である。
 国際的な美学者としての今道氏の仕事については浩瀚な学術書を紐解かなければならないが、著者の仕事では『美について』と『愛について』がよく知られており、プラトンのエロースを起点とした憧れをめぐる省察は広く受け入れられてきた。その考察の道行きで触れられる中国古典の奥行きをたびたび感じさせられていた。本書はその源泉を一つ一つ取り上げて読者に提示してくれるものなのである。本書において、第一章では芸術をめぐる省察が行われ、第二章では哲学の古典が取り上げられ、第三章では現代の省察として倫理学が取り上げられる。洋の東西を代表する、旧約聖書、ギリシア悲劇、和歌、プラトン、タレース、孔子、荘子といった古典がテクストとともに読者に提示される。その紹介は短い時間で伝えようとする工夫に満ちたもので、学説が暫定的なものであることをもうかがわせ、一人ひとりが直に古典に触れていくことを促すのである。その過去のテクストとの対話を通して、現代にそれをどう生かすかということを巡って徳についての考察へと至り、エコエティカの役割が明らかにされる。
 今道氏の仕事に親しみのある方は、本書が今道氏の著作の集大成であることに気が付かれるであろう。しかもそれが生き生きとした問いかけを通して明らかにされることから、他の今道氏の著作への案内ともなっているのである。その書名が『今道友信 わが哲学を語る』である所以と言える。他の著作では哲学的思索を促すような凝縮された文体で書かれる著者であるが、本書では著者が生涯を通して読んできた古典についての柔らかな語りかけを通してストレートに読者に古典を読み解くことの知的躍動を感じさせるものとなっている。本書の生き生きとした読解を通して古典が古典たる所以を読者は見出すことであろう。


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