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‘プレデター’ ゾウリムシ

酵母菌を捕食して、体内で消化しているゾウリムシの写真です。

ゾウリムシの体の中がカラフルなのは、餌となる酵母菌をコンゴーレッド(pH 3.0 以下で青色、pH 5.2 以上で赤色)という、pHの変化で色が変わる色素であらかじめ染色していたからです。

ゾウリムシの食胞に取り込まれた酵母菌は、赤から青へと少しずつ色を変えながら消化されていきます。

理科の観察で定番の単細胞生物ゾウリムシ、今回は捕食者(プレデター)としての側面に注目しました。

以下、ゾウリムシ観察の授業例と覚書です。

授業「'プレデター' ゾウリムシ」

▼ 学年・単元
高校生物基礎・細胞

▼ 目的
単細胞生物であるゾウリムシの細胞小器官を観察し細胞の多様性について学ぼう。

▼ 事前の準備
・餌として与える酵母菌を用意(ドライイースト小匙1程、コンゴーレッド水溶液5mL程、試験管に蒸留水1/3程入れて沸騰させて冷却、ざっくりです)
・Google Driveに動画提出用フォルダを作成し、Google Classroomにリンクして投稿。

▼ 準備
ゾウリムシ、酵母菌(コンゴーレッドで染色したドライイースト)、時計皿、ホールスライドガラス、カバーガラス、パスツールピペット、光学顕微鏡、撮影できるもの

▼方法
1. 時計皿からパスツールピペットでゾウリムシの培養液を吸い取り、ホールスライドガラスの中央の穴に1滴落とす。
2. 酵母菌をパスツールピペットで0.5滴落とし、カバーガラスをかける。
3. 低倍率でゾウリムシを探し、倍率を上げてゾウリムシの内部構造を観察する。
4. ゾウリムシと酵母菌の両方の大きさや特徴のわかるスケッチをかく。
5. ゾウリムシの食胞の動きがわかる動画(1分程度)を提出。

▼結果と考察
結果
・解説つきのスケッチ
・1分程度の動画

考察(例)
・ゾウリムシの食胞の観察結果からどのようなことがわかるだろうか?
・ゾウリムシの食胞以外の構造の観察結果からどのようなことがわかるだろうか?

動画 ゾウリムシの細胞口付近の繊毛よって引き起こされた強い水の流れにより酵母菌が細胞口に取り込まれている。倍率400倍

覚書

▼授業について

ゾウリムシの動きは速いので、通常、動きを止めるために塩化ニッケル(ニッケルイオンが繊毛を構成する微小管の間で働くモータータンパク質ダイニンの活性を抑制することで繊毛運動を阻害)やメチルセルロース(封入する液の粘性を高めて繊毛運動を抑制)を加える。それらの代わりに大量に封入した酵母菌のせいなのか、ゾウリムシの遊泳運動が止まり観察しやすくなる時がある。

十分な餌があるので、食べることに集中しているのだろうか。しかし、気まぐれにまた、動き回る。このゾウリムシの気まぐれ(きっと理由があると思うのだが)が、生徒の観察にはうってつけだ。

急に視野からいなくなるゾウリムシをカーチェイスのように追いかけたり、泳ぎをやめたゾウリムシの食胞や収縮胞などの細胞内の変化を捉えるためにピントや絞りの調節に気を配るようになる。知らぬ間に顕微鏡操作のスキルが上がる。

教科書だけでは、共に真核生物の単細胞生物である酵母菌とゾウリムシのサイズの違いを実感するのは難しい。しかし、捕食者ー被食者として同じ視野で捉えると一目瞭然である。

中学理科では消化・吸収の学習の一環として観察すると、多細胞生物だけでなく、単細胞生物でも「食べて生きる」ことの理解に役立つ。

ゾウリムシの育ての親である実験助手さん曰く「いつもはレタス汁ばかりだから、新しい餌を喜んでいる」助手さんあっての観察である。



▼ゾウリムシについて

1つの細胞で生きることの全てをやりくりするのは大変だ。それゆえに、1つの細胞の中に、さまざまな機能をもつ細胞小器官をもつ。食べるしくみも、うまく泳ぐしくみも、水を吐き出すしくみも兼ね備えていて、私たちをドキドキさせる構造がたくさん観察できる。

収縮胞 
動画のゾウリムシの左上と左下にある収縮胞が盛んに収縮して水を排出している。浸透圧の差により体内に浸透する水を排出していると教科書にはある。

撮影した動画内で細胞口めがけて入っていく酵母菌の流れを見ていると相当量の水が細胞口からも入っていると考えられるため、その意味でも、水の排出というのが重要になるのだろう。


繊毛 
『ゾウの時間 ネズミの時間』によると、水中を泳ぐための力を発生するエンジンが、生き物のサイズによって変わってくるという。大きいものは筋肉を弛緩・収縮させ、ゾウリムシサイズのものは繊毛で水をかき、より小さい精子サイズのものは鞭毛を使う。さらに小さなバクテリアは真核生物の鞭毛とは異なる構造のバクテリア繊毛を回転させて泳ぐという。  

小さなバクテリアの泳ぐ速度は、食物となる水中の物質の拡散速度よりも小さいため、食物の分子がバクテリアまで「泳いで」来てくれる。しかし、ゾウリムシサイズになるとそうもいかないようだ。

拡散の時間と距離との関係を書き直すと

 拡散に要する時間∝(拡散で動く距離)²

となり、動くべき距離が2倍になると時間は4倍。10倍になると100倍、距離が100倍になると時間は1万倍と、極端に時間がかかるようになる。たとえば、1ミリといえば、ゾウリムシの体長の10倍の長さだが、拡散で1ミリ動くには8分もかかる。ゾウリムシが泳げば1秒で行ける。ゾウリムシ程度のサイズでも、もう、ただ口を開けて、拡散で餌が飛び込んでくるのを待ってはいられないのである。  『ゾウの時間 ネズミの時間』本川達雄 より引用

元気に泳ぎ回るには理由があるようだ。さらに、細胞表面の繊毛とは配置の違う細胞口付近の繊毛を巧みに使って水の流れをつくり、口元に食物を運ぶというのもうまくできている。


被食者  
巧みな技で捕食者として振る舞うゾウリムシも、あっけなく被食者となる。ディディニウムに捕食される様をみると、どこの世界も生きていくのは大変だな、と思う。


参考資料

本川達雄(1992)『ゾウの時間ネズミの時間』 中公新書

丸岡禎(2004) 教材としての原生動物(2)―ゾウリムシI  Jpn. J.
Protozool. Vol.37, No.1, 19-30

日本生物物理学会 生物物理アーカイブ
http://www.biophys.jp/video/index.php?key=%E3%82%BE%E3%82%A6%E3%83%AA%E3%83%A0%E3%82%B7&logic=and

原生生物の世界 神戸大学大学院理学研究科生物学専攻  洲崎研究室
http://www.research.kobe-u.ac.jp/fsci-suzaki/microgallery/members/pcaudatum.html

Paola Ramoino, Alberto Diaspro, Marco Fato and Cesare Usai(2011)Imaging of Endocytosis in Paramecium by Confocal Microscopy https://www.intechopen.com/books/molecular-regulation-of-endocytosis/imaging-of-endocytosis-in-paramecium-by-confocal-microscopy

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