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読書レビュー:黒田製作所物語─技術に終わりはない─

今回は、私がnote街での父とも兄とも思う福島太郎さんの著作「黒田製作所物語─技術に終わりはない─」をレビューしていきます。


まず、最終的な感想を簡潔に述べさせていただきます。

 NHKの朝ドラ化推奨ですよ!太郎さん!!

 戦中、戦後の世代から、令和を生きる私たちの世代まで、時にぶつかりあい、時に自然の脅威に打ちのめされながらも、子に、弟子に、大切に受け継がれてきた思い。読んだ後、何の関係もないはずの私まで、果てのない大空を見上げながら「極みは何処いずこであろうかのう……」とつぶやきたくなる、そんな作品でした。何がこの読後感を生むのか。そこをこれから読み解いていきましょう。


■どのような作品か

 敗色濃厚となった日本、空襲を受けて焼け野原となった福島県は郡山を舞台とし、戦地から帰還した一人の男・黒田虎一の、古い溶接機一台を手に再出発する冒頭から、人の縁、地域の縁、仕事とは、技術とは、ともに発展・成長していくとは、という内容を包括して進んでゆく物語です。

 この物語には、我欲で動く者や、私腹を肥やそうという欲深い者は出てきません。登場するのは、利他の精神にあふれた人たちばかりです。だからといって、悲惨な自己犠牲があるわけではありません。本文中にも書かれていますけれども、登場する人物たちはそれを楽しみ、「ワーク・ライフ・バランス」ならぬ「ワーク・イズ・ライフ」を体現し、それが周りにもいい影響を与え、好循環を生んでゆくのですね。

 

■誰かの役に立つために、腕をふるう

 裸一貫で満州から引き上げてきたも同然の黒田虎一に、仕事を斡旋してくれたのはかつて勤めていた工場の上司でした。斡旋したといっても、その上司自身、工場が空襲で焼失してしまったので進退など何もわからない状態なのです。雇うわけにもいかない虎一に、雑役夫のような仕事をさせます。私的にはここが重要なポイントその1!
 その仕事はただの雑役ではなく、虎一の未来を左右するかもしれない重要な意味をいくつも持っていました。これは、斡旋する側に、仕事をする側がどんなことが得意なのか、将来どんな方向に進みたいのか、進んだらいいのか、そのためには何をさせるのが正解なのか、先見力がないとできないことですし、仕事をする側も、請け負った仕事がどんなものであってもそこに未来へつながる付加価値を見出す努力が必要となります。
 虎一はみごとにその仕事が持つ付加価値に気づき、このことへの感謝を忘れず、自らも「誰かの役に立つために、腕をふるう」ことを人生の是としていきます。


■貪欲なる意欲

 物語の中で、自分が利益を得ることに少々疎い、というよりも無欲に近い虎一ですが、その彼が唯一捨てられない「欲」があります。それは、「意欲」。仕事に対する「貪欲」さとも言えるでしょう。ひるがえって我が身を見たとき、はたして虎一のような貪欲なる意欲をもって、私は私の人生に対峙しているだろうか?ただいたずらに、無為な日々を過ごしていないだろうか?という自問をしたとき、残念ながらとてもそうとは言えないことに気づかされました。
 自分をとりまく環境の、なんと誘惑の多いことか。それとも、まだ私の決意が甘いのか。生きるための小金を稼ぐために仕事をすればするほど、創作にかける時間は少なくなる。お仕事で疲労困憊すれば、PCに向かってもすぐに眠くなってしまう。「稼ぐ、働く、楽しむ、楽しませる、そして、生きていく」という、やりたいことにまい進する虎一のような生活は遠いです。きっと、神様は、あれもこれもと欲張るものには微笑んではくれないのかもしれませんね。


■承継、そして変革

 おそらく、職人と名の付く人や、長くその道に勤め上げた人を抱えている企業なら、その人たちが陥りやすい頑固ゆえの適応力の低さ──作中では「老舗病」と描写されているものに心当たりのある人は多くいらっしゃるのではないでしょうか。
 いかに優れた技術を保有していようとも、それが時代の方向性にそぐわなくなったとき、時代の変革によって重要度が変化したとき、それを受け入れられずに川の流れをせき止める岩のような存在になってしまう社員はどこにでもいることと思われます。これを放置しておくと川の流れは完全にせきとめられ、企業の水たる従業員の信頼は涸れはてて、化石のような岩だけが残り、それがそのまま企業の墓標となってしまいます。
 虎一の跡を継いで社長となった娘の美希はこれに対し、情報発信や資格取得、競技会への参加、職場見学やインターンの受け入れなどを中心とした改革を行っていくのですが、ここには作者の「こう、あれかし」という願いのようなものを感じました。この物語のいちばんの魅力は、フィクションと銘打っていながら日本全国の中小企業で見られるようなリアリティを感じさせることにありますが、この改革を発案、推進して、しかも成功させた企業ははたしてどれほどあるのでしょうか。おりからの新型コロナウイルスの流行を受け、体力のない中小企業は次々と消滅の憂き目を見ています。私はここに、作者の「どうかこの危難に柔軟に対応して、生き残ってほしい」というエールを感じました。


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■気になった点

・誤字が多い
 この一言につきます。上質なかまぼこをもぐもぐおいしくたべているときに、いきなり小骨が出てくるようなもの。100Pほどの文章で7か所もあるのはさすがに看過できません。美希なのか未希なのかどっちなんだ、と。
 この、誤字脱字に関しては、そこまで目くじらを立てないという方もいらっしゃるかもしれませんけれども、私は急速に読む気を失うんですよね。その人の作品に対する本気度を疑いはじめ、最悪の場合、途中で文字通り本やタブレット、スマホを投げだすことすらあります。この作品の場合、作者の本気度は本物なので、この振り上げたくぎバットの振り下ろしどころがわからないのも困りものです。
 私自身も覚えがありますが、自分の作品は自分では何度読み返しても誤字脱字に気づかないことが多いので、校正をなりわいとする人に依頼してみるのも手ではないでしょうか。


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■終わりに

 東関東大震災を機に、大打撃を受けた黒田製作所は、崩れ去ったものを元通りにするのではなく、新しい挑戦「ステンレス」の工場を一から作り上げる決断をします。がれきの中、立ち上がり、日本一の工場をつくろうと声を上げる。日本一とはなんなのか。大きさではない、最新鋭の設備でもない。黒田製作所が誇りとする技術ですらない。

 それは、「誰かの役に立つために、腕をふるう」という、黒田虎一から受け継がれた、黒田製作所の理念。ほんとうに大切なものは目に見えないんだよ、という有名な一文を借りて作者が表現するのは、「真剣に、ひたむきに生きた人間の人生は、それを目にした人に新たな火をともす。その精神を長く後世につなげてほしい」という願いだったのではないでしょうか。


「技術に終わりはない。そして人の夢に終わりはない。」


 それを受け継ぐものがいるかぎり……



 そうそう、風の噂では、「日本一 きれいな ステンレス」を製造する工場が、どこかにあるらしいですよ。

 本書を読み終わったあとに検索してみると、物語が色を帯びて、あなたの目の前に生き生きと飛び出してくるかもしれません。


 真摯なる言葉の魔術師、福島太郎の仕上げを、とくとごろうじろ。



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 今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 それでは、ごきげんよう。


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福島太郎さんの今までの著書



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