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【#dbn二次創作大会】禁酒失敗そのX【即興ファンタジー(本編)】その③

 あらすじでは「ファンガス」という名前で表していましたが、できるだけファンタジーお約束の固有名詞とかカタカナ語とか現世界の度量衡を使わないように書いています。修行!修行!


 どうも、禁酒32日目の私です。


 今回はdbnさんの2次創作、ファンタジー連載の第3話です。怪異とは!?




(前回までのあらすじ:
 心に傷を負い、辺境の閑職極まりない砦へと赴任してきて毎日酒浸りのドバンはある日、州都からの特使を迎える。特使の若武者レイモンサウアーは、昨今起こっている連続行方不明事件の謎を究明するべく、ドバンに調査隊の編成を依頼するのだった。その日の夜、何かに追い立てられるようにして、近隣の住民らが保護を求めて砦にたどり着く……)



リカー・ワールド・ストーリーズ
ローカルエピソード その3
ミッズワーリー砦の戦い
(Local episode 3: The battle of fort Midsworly)

ミッズワーリー砦、黒い風の月 14日、国歴225年


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「どうしたの!?何事?!」
 俄に騒々しくなった砦の空気を察し、前門の小口に走ったドバンはそこで異様な光景を目にした。民衆が十数名、そこかしこに寝転がったり座り込んだりしており、咳き込む者、緩慢な動作でもがく者も見受けられる。明らかに何らかの理由で衰弱している。前門の横にある通用口からは見張りの任についていた四人の兵士たちが代わる代わる民衆を砦内に運び入れているところだった。その様子を見てドバンは青くなった。何を……!?この人たちは有事の際の手順を知らないの!?

「立哨!ななな何をしているの!」
 石垣の上から大声で呼ばわる。あせってうまく言葉が出てこない。
「っかっ、っっ勝手な、ななっなぜ報告しない!かっ勝手なことをしないで!その人たちは!?」
 眼下のヘネシー、バランタイン、ハーパー、ジムは顔を見合わせてやれやれといった風である。
「ご覧の通り、病人を運び込んでいるんでさァ。指揮官殿。どうやらただごとじゃねェみてェなんで」
「まあ事後承諾ってことで、ひとつよろしく頼んますわ。内門を開けてやってくだせえ」
 バランタインとヘネシーの間延びした声を聞くにつけ、ドバンは血の気が引く感覚と頭に血が上る感覚を同時に味わった。そういう問題じゃない!私が言いたいのはそうじゃなくて……

「如何なされた、ドバン殿?」
 離れた所からレイモンサウアーの声が聞こえる。声のした方を見やれば、後門の櫓から騎士レイモンサウアーと従者ハイボル、そして案内役のアスコットが降りてくるところであった。アイレイはあの後、早めに寝ると言って別れたきり姿が見えない。大して広くもない砦である、一行はすぐにドバンの横までやってくると、騎士とその従者は階下の光景に眉を顰めた。

「これは……?」

 レイモンサウアーがハイボルとドバンを交互に見る。
「兵たちが何の防護もしておられぬ様子。ドバン殿、貴殿は事の成り行きを把握しておられるのか?」
 ハイボルに鋭い眼差しを向けられ、ドバンは思わず目を反らす。
 わかってる、わかってるよ。今、それを言おうとしていたところなのに。

「内門に閂をかけよ!」
 ドバンが悲壮な声で叫んだ。
「全員そこから動くんじゃない!民を運び入れるのも止めよ!」

 小口の四人の老兵士たちが何言ってんだコイツといった顔で見上げているのを見て、ドバンは体の力が抜けそうになるのを必死に堪えた。最後まで言わなければわからないのか。

「伝染性の毒か、疫病の恐れが、ある!!全員!!そこから動くな!!」

 それを聞いてようやく兵士たちの顔色が変わった。あわてて、たった今自分たちが運びこんだ民の様子を見る。咳に嘔吐、奇妙な呼吸音、虚ろな目、動かない体。伝染しない毒や病でないと誰が言えよう。バランタインなどは自分ではっきり病人を運んでいると言ったのに、彼も含めて誰も、自分たちも感染するかもしれないということに頭が及んでいなかった。怪我らしい怪我もしていないのにふらふらと助けを求めて来るなど、どだいおかしな話だったのだ。
 ジムは両手を上げて観念したことを示し、ハーパーはよろめいて後退った。ヘネシーは苦笑いしながら片手を顔の前で振ってみせ、バランタインはと言えば苦虫を噛み潰したような顔して何事かつぶやいている。領民保護の際、保護する相手の健康状態を確認するのは手順の初歩の初歩だ。そんなことすら出来ていないことからしても、この砦の兵の練度が如何に足りていないかは明白だった。

 問題はここからだ。誰かが確認しに行かなければならぬ。病気か毒物によるものなのか、それとも別の要因によるものなのかを確認しなければならぬのだ。そしてそれができるのはただの一兵卒ではなく、ある一定水準以上の教育を受けた士官か、山野を走り回り数々の実戦をくぐり抜けて生きた知識を蓄えた、叩き上げの兵士のみである。この場合、ここに居合わせている者の中でそれに該当するのはドバンしかいない。いや、他にいるかもしれないが、今から残りの兵士たちに尋ねて回るわけにもいかない。いっそのこと恥も外聞も捨てて、兵らの中に医師や薬師はおらぬか、と叫んでみようか、とも考えたが、それも特使一行の前だと躊躇われる。自分が恥をかくのはこの際しょうがないが、この実直な若者レイモンサウアーは、そのまっすぐで責任感溢れる気性故に、では自分が、とでも言い出しかねない。そんなことをさせたら後でどのような運命が待ち構えているのか。

 その時である。

 夜闇をつんざくような女の悲鳴が壁外から聞こえ、それまで生気を失っていた民衆の約半分が弾かれたように恐怖に打ち震えた。ある者は逃げ出そうと壁をよじ登ろうとし、ある者は自らの口内に無闇に指を突っ込んで吐瀉を試み、またある者は気狂いの如く我と我が身を掻きむしるのである。小口にいた兵士たちは民の様子を横目で見ながらそれでも奮い立ち、おのおの得物を取って通用口に殺到した。確かに勇猛果敢ではあるのだが、誰一人として門外の警備をしていなかったことにドバンはまたしても落胆を覚えた。

 郭の外壁の上を回り込み、胸壁から下を見下ろしたドバンが目にしたものは、まだ残っていた数人の領民らが散り散りに逃げ惑う光景であった。這ってでも動ける者はまだ良い方で、中には腰を抜かしたのか、それとも何がしかの理由があって動けぬのか、その場にへたりこんで悲鳴を上げ続けるだけの者もいた。兵士らは通用口から次々に躍り出るや、逃げ惑う民に大声で呼びかけたが、恐慌状態の数名は篝火の届かぬ闇の中へ消えた。仕方なしと、その場に残る者に近づいた時、彼らは自分らが出てきた森の奥を指差して口々に絶叫した。
「や……やつらだ!やつらが来た!」
「早く!早くやっつけてよ!」
「ボケっとしてんなよ!早くやれよ!早くやれ!」 
 気も狂わんばかりの金切り声での不躾な要求に舌打ちをすると、バランタインは森の中に目を凝らした。確かに何か動くものがある。ゆっくりとした動きだが、何か……木のような、苔の塊のような物が、こちらに近づいてきている。そいつの身の丈は長身のヘネシーの優に二倍はあり、不格好な頭部と思しきものはぶるぶると震えながら左右に僅かに揺れていた。やがて炎の光の中に現れ出たそいつを見て、兵士らは仰天した。
 毒々しい色がぬらぬらと光る体表、複雑な編み物または牙細工の透かし彫りのような巨大な頭部。目鼻など無いのっぺりした頭はどこが正面なのかもわからない。不格好に膨らんだ腹部からは無数の付属肢が生え、地面に接している所は苔に覆われてよく見えないが、どうやら脚で移動しているのではなく、滑るように移動しているようだった。

「化け物……」
 ジムが声を漏らした。こんな怪物には五十数年の人生でお目にかかったことが無い。ハーパーが驚きの声を上げた。
「おい!こいつ一匹じゃないぞ!向こうにも、あっちにもいる!」
 篝火に照らされた門前に次々と同種異型の化け物が現れるのを睨みつけ、バランタインが吐き捨てた。
「なんだァ……?てめェら……」
 早くやっつけろ、と相変わらず要求し続ける若い女を殴りつけ、ヘネシーはその女の髪を捻じり上げた。
「オイ!教えな、娘っ子。ありゃあいったい何だ。お前らを取って喰うのか。お前らがここに連れてきたのか?」
 口内から血を流し、殴られた痛みとショックで震えながら、女は違う、違う、とだけ呟き、せわしなく息をしたまま何も言わなくなった。
「チッ、クソの役にも立ちやがらねえ。オイ、試しにコイツを投げこんでみようぜ。見たことねえ奴らだが、人を喰うバケモンなら、喜んで喰うだろうよ」
 それを聞いてバランタインは汚い歯を見せて笑った。
「なァる……その様子を見て、じっくり対策を練ろうってんだな?そいつァいい!」

 その様子をドバンは呆然と眺めていた。なんと蛮的な光景なのだろうか。規律も倫理もあったものではない。普段は気のいい老人たちのように見えたが、所詮ははみ出し者の老いぼれを集めた烏合の衆、愚連隊の成れの果てだ。自分にこんな連中の指揮なんて取れるわけがない。何事も起こらずにただお酒に溺れる日々が続くと思っていたのに、なんという災難なのか。

「ドバン殿!ドバン殿!」

 半ば放心しているドバンを我に返らせたのは若き騎士の力強い声である。
「砦が魔物の群れに包囲されつつありますぞ!急ぎ兵たちに指示を!」
 ドバンの頭の中は真っ白だった。何をどう指示したらいいのか、わからない。頭脳が考えることを拒否している。しかし士官学校を優秀な成績で卒業しただけのことはあって、何百回となく繰り返して勉強した戦術の内容はまだ残っており、その記憶が半ば条件反射の如く、ドバンに籠城戦、撤退戦の定石を自動的に採らせ、口を動かした。

「槍兵、突出する敵を各個に撃破!弓兵、城壁上から掃射を開始!」

「ドバン殿。兵がまだ集結しておりませぬぞ」
 従者の伊達男に耳元で優しくそう囁かれては、ドバンが赤面するのも無理からぬことであろう。あわててドバンは首から提げている小さな笛を取り出し、短く二回、長く一回の吹鳴を繰り返した。少ない呼気で高く大きな音を出せる笛は、軍における情報伝達の必需品である。すぐに後門近くの鐘楼から敵襲を知らせる鐘の音が鳴り響き、この音を聞いた残りの兵士たちが集まってくる手筈だった。

「微力ながら、我らも助太刀いたす。ハイボル!」
 初陣に闘志を燃やす若き騎士トリポー・レイモンサウアーが凛として言い放つと、忠実なるハイボルは、御意に、とだけ言い、背負っていた機械弓を降ろして組み立てると、それ専用の短く重い箭をつがえ始めた。それを見てドバンも、近くの狭間に置いてあった弓と矢を手に取った。何の変哲も無い、いやむしろ粗末な造りの量産品だが、文句をつけられるような状況ではない。そもそも普段から武具の整備を怠らなければ、如何にこの砦の装備品が貧弱なのか分かろうというものなのに、それをしなかったのは他ならぬドバン自身なのだ。とはいえ、過ぎたことを悔いても致し方ない。それにドバンは弓の腕には自信があった。勉学も、兵士としての技量も平均以上にあったが、なかんずく秀でていたのが弓術だった。正体不明の化け物との距離は胸壁の上から狙うことを差し引いてもせいぜいが二十歩程である。まして相手は人間の二、三倍に近い体躯を有しているのだ。支給品のくたびれた弓であっても、当てられないわけがない、そう考えると俄然勇気とやる気が湧いてきた。傍らには機械弓への箭の装填を終えたハイボルが構えており、ちらりとドバンの方を見ている。ドバンは勇んで叫んだ。

「弓隊!放てぇー!!!」

 ドバンの矢とハイボルの箭とが、四人がかりで一体の化け物とやりあっている老兵たちの頭上を越え、迫り来る二体目の化け物の濡れ光る胴体に命中する。やった!当たった!小躍りしたい気分をどうやって抑え込んだものとかと思ったのも束の間、ドバンは自分の見通しが甘かったことをすぐに思い知らされた。化け物は射られた傷を全く意に介する様子もなく、前進し続けているではないか。急所を外したに違いない、そう思って二の矢をつがえた時、ハイボルはもう次の箭を放っていた。しかし三本目、四本目の攻撃を受けても化け物は歩みを止めない。焦るドバンを尻目に、その様を見ていたレイモンサウアーが化け物どもに鋭くも冷静な目を向けていた。

「人獣の類ならば斬られたり刺されたりすれば怯むなり痛苦の呻きを上げたりするのが常。そういったものを全く見せないとするならば、此は草木の妖魔に類するものではあるまいか」

 するうち敵襲の報を受けた砦の兵士たちが前門に集まり始め、槍兵たちは我先にと通用口に殺到し、弓兵たちは思い思いの場所に陣取って射撃を始めようとした。まるで統制が取れていない。

「兵士諸君!」

 出し抜けにレイモンサウアーが大喝した。
「あの魔物に刺突や打撃はおそらく効かぬ!ただ斬撃のみにて、動かなくなるまで賽の目に切り刻むのみ!得物を持ち替えよ!槍を矛に、斧にせよ!」
 堂々たるその指示ぶりは、まさしく将の器である。五十余も歳の離れた若者に叱咤されて、老兵たちは各々の武器を取り替えるべく武器庫に走った。行って帰って来るまで、約三分といったところか。レイモンサウアーはやおら壁外に向き直ると、眼下に向かって叫んだ。
「先発隊!抜剣!!!彼奴らの脚を止めよ!」

 ジム、ハーパー、ヘネシー、バランタインの四人はそれを聞いて槍を投げ捨て、おのおのが腰に佩いていた剣を抜いた。この四人とて戦の素人ではない。刺しても叩いても一向に手応えの無い相手に、薄々不審を感じ始めていたところである。
「アシを止めろ、だって?」
 ニヤリと笑ったヘネシーが長い脚を曲げて地に片膝をつき、地面すれすれを力任せに薙ぎ払った。
「どこがアシなんだかわからねえが、よ!頬当てと酒のアテにかけて!」
 見事な太刀筋は化け物の脚部と思しき所をぶつりと小気味よい音と共に半ば以上断ち切り、化け物は左右の均衡を失ってよろめいた。すかさずジムが反対側から斬りつける。両側から斧を入れられた樹木の如く、化け物は地面に倒れ伏したが、腹部の触手をうねうねと動かしているからにはまだ息の根は止まっていないのであろう。バランタインとハーパーがとどめとばかりに大上段から剣を振り下ろすと、ハーパーの剣が弾性ある胴体に弾かれる一方で、バランタインの刃は化け物の頭部をさっくり縦に断ち割った。

「耄碌したか、ハープ。見ろ、こいつァ多分キノコと一緒だァ。輪切りにするよか、真っ二つに裂いてやったほうがお手軽ってもんだぜェ!」
 バランタインの助言は的確だったようで、他の三人がまるでキノコを切り分けるが如くに化け物を斬り刻むと、その死骸からは血も脳漿も流れはせず、ただ僅かな白い埃のようなものが辺りに舞うだけであった。その埃っぽさを砦の上から見ていたドバンは何か引っかかるものを覚えたが、あれだけ乾燥しているようならば火が効くかもしれない、という考えの方に頭を持っていかれてしまい、僅かな懸念を脇に追いやってしまった。ドバンは集結して待機している弓兵たちに向き直って言った。

「火矢だ!あの手の魔物はきっと火に弱いはず!火矢を射掛けて!」

 言われた兵士たちは当惑している。賢明な読者諸君はお気づきであろうが、火矢は放てと言われてすぐに放てるものではない。油と、それを染み込ませて鏃に巻きつける布、火種が必要になるが、緊急招集故に当然そんな用意をしてきているわけではない。まして森に囲まれたこの地形、乾燥したこの季節である。適当に火を放ってうっかり枯れ葉に引火でもしたら、それこそ笑い話では済まぬ大惨事となろう。火のついた魔物が驚いて森の中に逃げこまぬという保証もどこにも無い。

「ドバンちゃんよ、」
 白い眉が目の上まで垂れ下がっている老兵が指揮官にちゃん付けで口を聞いた。
「確かに火は効くかもしれん。じゃが、歩兵だけでなんとかなりそうじゃろ。ここは敢えて火を放つことはあるまいて」
 白眉の兵士、マッカランの後ろにいる、禿頭の兵士が相槌を打った。名はシーバスと言う。
「そうさの。わしらの腕では、どこに飛んでいくかわからんからの。それにほれ、見てみい」

 言われてドバン、再び胸壁の上から戦況を見下ろしてみると、追加の兵士たちが手に手に斧や剣、矛槍などを持って門前に飛び出して行くところだった。ジムとハーパーは新手の兵士たちに化け物との戦い方を指南し、ヘネシーはその長身の恩恵を遺憾なく発揮して上機嫌で化け物を真っ向から唐竹割りにしていた。バランタインは奮戦が過ぎて息切れしたのか、戦線から少し離れて荒い息をついている。辺りは化け物どもが斬り倒される度、篝火に照らされて僅かな白い塵が舞っている様子が見える。息苦しくもなろうというものか。
 倒した魔物の数はすでに六体を数えている。あとどれくらいの数が森の中に潜んでいるかわからぬが、この調子であれば自軍に被害は出さなくて済むかもしれない。

 その時になって、ようやく魔道士のアイレイも胸壁の上にやって来た。ドバンは少し得意気に彼女を迎えて言った。
「遅いよ、アイレイ!」
 まるですっかり、友人に戦果を見てほしい若者の口調である。
「もうほとんど片付いちゃったよ。これじゃ、アイレイの魔法も杖も必要ないね」
「なになに?なにごと?」
 老人のように腰に手を当て杖をつき、眠い目をこすりながら女魔道士は億劫そうに階段を昇る。
「寝ようと思ったら、いきなりカンカンカンカン鳴るからびっくりしちゃった。戦闘態勢?てことはなんぞ襲撃?」
「正体不明の魔物みたい。魔物なんてホントにいるんだね。初めて見たよ。だけど、大したことないね。歩兵だけで片がつきそう」
 その言葉が終わるか終わらぬ内に、胸壁の上にいる弓兵たちがざわつき始めた。
「なんじゃ、皆だらしない。少し動いただけでこのざまかえ」
 老マッカランが指差す方を見やれば、出撃した兵士たちのほとんどが攻撃の手を休め、息を上げていた。
「ほんに、ほんに。日頃の訓練などわしら、とんとしておらんからのう。年寄をいきなり働かせれば、こうなるというものよ。弓兵でほんによかったわい」
 そう言ってカラカラと笑うシーバスの横から様子を覗いたドバンは、何か違和感を感じた。確かに老齢で、しかも訓練らしい訓練もしていない飲んだくれが激しい運動をすれば音を上げるのはわかりきっている。
 しかしこれは何かがおかしい。それだけではない気がする。特に最初から外に出ていた四人の様子がおかしい。ジムとヘネシーは剣をその手から取り落として口を大きく開けて息を荒くし、ハーパーは喉に手を当て激しく咳き込んでいる。バランタインは地に両手両膝を着き、嘔吐を繰り返している。ドバンははたとあることに気がついた。そういえば、あれほど騒いでいた逃げ遅れの避難民たちの叫び声もいつの間にか聞こえなくなっているではないか。押し寄せる不安の中、ドバンは冷たい汗が背中を流れるのを感じながら、門前に無言で転がっている民にゆっくりと視線を移した。

 背を丸めて蹲っている者。天に手を伸ばし、断末魔の表情のまま仰臥している者。我が身を掻きむしる仕草の途中で固まっている者。
 もの言わぬその体はうっすらと霜のような物に覆われている。いや、断じて霜ではあり得ない。ドバンはその様子を見て、かつて陰湿ないじめを受けていた中央勤務の時代に自分への贈り物として包まれた、カビの生えた麦餅を思い出した。

 そこまで考えてようやく、ドバンは逃げこんできた避難民の有様と、今の兵士たちの様子に電撃的なつながりを得て怖気を振るった。何か言うよりも早く、隣にいたはずのアイレイが前に飛び出していって大声で怒鳴り散らした。

「なにしてる!早く撤退しろ!」

 レイモンサウアーもハイボルも驚いた様子でアイレイを見ている。
「毒だ!その白い胞子は毒だ!」
 杖を振り回してなおも叫び続けるアイレイの言葉に一同は凍りついた。
「このままだと全滅する!撤退しろ!!!」


(続く)

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