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まずは現状を把握することから【覚悟と義務 突き付けられた薬剤師たち】玉田慎二著

質疑応答で著者本人に宣言した通り、
購入して読みました。
詳細はこちらからです。

「薬剤師より業界に詳しい記者」という印象。
特に調剤報酬の改定などに関わる
厚生労働省の内部事情について、
「こんな内在的論理で動いているんだ」と
発見が多かったです。

一緒に働いていた薬剤師の中で、
政府の動きに関心がある人は
ほとんどいませんでした。
強いて言うなら、経営者側が
調剤報酬の改定に左右されるという印象です。

タイトルが「覚悟と義務」とあるので、「ダメ出しされるのか」と内心ヒヤヒヤしてました。

しかし、その心配とは裏腹に、
薬剤師の置かれた状況を
客観的に見るきっかけになりました

トピックは9個ありますが、
特に気になったもの3つをあげたいと思います。


・その1.後発品問題

水虫の薬に睡眠薬が混じっていたため、
死亡事例まで出ました。

「そんなことあり得るのか」と驚くしかありませんでした。他のメーカーも自主的に調べたら、規定以外の製造方法で作っていたことが判明。

私が実務実習に行ってた頃は、後発医薬品を広め始めた頃でした。
「値段は安く効能は同じ」と聞いていたのもあり、それを信じてました。

多くの現場の薬剤師の方も同じことをおっしゃってましたが、「何を信じたらいいんだろうか」と衝撃を受けました。

この一件が引き金になり、
今でも医薬品の供給状態が不安定です。
一部のお薬は入手ができなくなっています。

本書内では、東京薬剤師会の薬剤師へアンケートを取っています。その中である意見が共感できました。

「信頼できるメーカーが分からない。現役製造、過程、品質管理などを明確に示してほしい。販売会社名だけでなく、どこが作っているか明示して欲しい」

覚悟と義務 突き付けられた薬剤師たち p41

私もその通りだと思います。
さらに薬価の決め方に疑問を感じてます。

「製薬メーカー儲けてるんでしょ?」と
印象が強いですが、
どんなに効率よく作っても
材料費など製造コストはゼロになりません。

一部の古くからある薬は作れば作るほど、
赤字になるような金額と聞いたことがあります。

この事実に気づいたのは、
簿記の勉強をしたのがきっかけです。

工業簿記で
材料費、労務費、経費の概念を理解してから
「製造コストを無視するほどの薬価になったらメーカーは作らなくなるんじゃないか」と危惧。
残念ながら現実のものとなりました。

安定供給の観点からも、
最低薬価も設けてほしいものです。

薬剤師会所属の国会議員が2名います。
その方のTwitterで薬価について
審議されていたことを知りました。
この現状が少しでも良くなることを願います。

・その2.敷地内薬局

この事例を見て、山口周さんの『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』を思い出しました。

確かに敷地内薬局が解禁した時は
ルール上問題はなかったでしょう。
しかし、医薬分業の原則に戻ったら
「原則に反するから、それなりにペナルティが課せられても不思議ではない」と予想しました。

実際、現実になりました。
後出しジャンケンで
調剤報酬の内容が厳しくなりました。

調剤報酬に「調剤基本料」があります。
どのくらいの患者さんが来るか、
後発医薬品の使用状況によっても変わります。
その要件に「不動産の賃貸借契約があるかどうか」も追加されました。

こちらの内容を聞いて、「薬局の会社所有してる土地や建物を病院に貸すこと」を想定していました。
まさかこの用件が、敷地内薬局に対するペナルティとは考えもしませんでした。

なぜ敷地内薬局が増えたかというと、
双方にメリットがありました。

病院としては敷地内の薬局に魅力は感じるが、
今更院内に戻すのは魅力を感じません。
土地の一部を提供する代わりに
高額の契約料や賃料を得ました。
病院としてはほとんど元手はいらず、
そのまま収益につながります。

薬局も薬局で、集客に有利です。
複数の薬局があって、特に差がなければ、
一番近いところに行くでしょう。
患者さんが来やすくなるのが最大のメリットと感じました。

・その3.スイッチ緊急避妊薬

個人的には、10月の卒後講座でこちらの内容を聞きたかったです。

この件についてはTwitter上で話題になってます。
そこでは、市民団体に該当する人たちの意見をよく目にしました。

「諸外国では低コストで入手しやすいのに、日本ではわざわざ産婦人科に行かないといけない。しかも最低万単位のお金がかかる。これが若い世代だったら払えないだろう。しかも中絶するにも信じられないくらいお金がかかる。避妊の教育もしないし、情報も得づらい。緊急避妊薬のアクセスも悪すぎる、中絶もハードルが高い。日本はとにかく産んでくれれば後はどうでもいいっていう国」

ざっくりまとめると、こんな感じです。
自分も女性なので、
この人たちの主張は共感できます。

しかし、今回は「薬剤師の目線」として
見てみたいと思います。

薬剤師会は当初「零売」を考えていたそうです。
私は名前は聞いたことはあるけど、イマイチよく分かりませんでした。

零売とは、医療用医薬品の中の処方箋薬「以外の医薬品」を、薬剤師がその都度分割して販売する手法だ。
処方箋薬以外の医薬品は文字通り、医師の処方がなくても薬剤師が販売できる。行政通知上は「原則」すべての医療用医薬品は処方箋に基づくとされているものの「やむを得ず販売を行わざるを得ない場合」には、薬局薬剤師の裁量で医師の関与がなくても販売が可能だ。もちろん、「必要最小限の数量」や「販売記録の作成」「調剤室での分割」「広告の禁止」「添付文書の配布」などが求められる。

覚悟と義務 突き付けられた薬剤師たち p145


ただし、市民団体やドラッグストア業界などは
より簡便な市販薬化を望んでいるため、
こうした関係者の理解を得ることができるかが、
今後のポイントと指摘。

さらに緊急避妊薬「レボノルゲストレル錠」は
処方箋薬のため、零売するためには、
指定解除しなければなりません。

当初、Twitterの薬剤師アカウントの方が、
零売について触れていたのは、
こういう背景があったからだと知りました。

最終的にはある資料が仇となって、
医師会代表や医師委員が資料の精査を要求。
時間切れで先行き不透明の状態に
逆戻りしてしまいました。

医師会や医師が
「今まで通りの状態を望んでいるんじゃないのか。最初から市販化の議論に応じるつもりもないのではないか」と見て感じたくらいです。
市販化に伴う彼らの不安を、薬剤師会や市民団体は解消できず議論が進まなかったように見えました。

この章の最後の玉田氏と担当課長のやり取りが
興味深かったです。

どうして決まらなかったのか、
この章を読むだけでも価値があると思います。

・感想

「薬剤師にもかかわらず、ルールを作ってる側のことを知らなかった」と気づきました。
講義を聞いていた時も「もっと聞きたい。気になる!」っていう気分でした。

まずは薬剤師の置かれてる状況を、
私も含めて薬剤師や業界の人たちが、把握することから始めないといけないと思いました。
覚悟と義務を持つ以前の段階です。

玉田氏は講演の最後に「これを聞いてる人の中から薬剤師会の会長が出てきてほしい」とおっしゃってました。そこまで辿り着くのは、並大抵のことではありません。

せめて、薬局や薬剤師を取り巻く業界が良くなるように動いている人を応援する側でいたいです。

以上、ちえでした。
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