見出し画像

なぜ病院に行った後、わざわざ薬局に行かないといけないの?【医薬分業の光と影】玉田慎二著

「なぜ病院に行って、わざわざ薬局に行かなきゃいけないの?」
「病院で薬をもらえたら楽なのに」

そう思ったことはありませんか。

私が病院に行くときのほとんどは、
体調が悪いときです。
病院で長時間待たされ、「早く家に帰りたい」と思います。

しかも薬局もタイミングが悪ければ
30分以上待つこともあります。
「もういいよ」と心が折れそうです。

「どうしてわざわざ不便な仕組みにしたのか」
そう思ったのは私だけでしょうか。

その経緯を調べるとなんと1974年まで遡ります。
私はまだ生まれていません。

約30年、医療医薬業界の取材を続けた著者が、
医薬分業を巡る行政、各団体や業界の裏側を明かしました。


・そもそも医薬分業って何?

私は、職業柄、
当たり前のようにこの言葉を使って来たので
深く考えたことがありませんでした。

本書では以下のように定義されています。

医薬分業とは、医師が患者に選択した医療用医薬品を処方せんに記し、患者は薬局やドラッグストアで処方せんに基づいた調剤を薬剤師から受ける。医師と薬剤師が医薬品選択に関して、ダブルチェックするというシステムだ。

医薬分業の光と影 p2

医薬分業の意義は、薬剤師がチェックすることで患者を守ることです。

処方内容が患者に合っているか、副作用や他のお薬との飲み合わせが問題ないかなどを確認します。
場合によっては医師に問い合わせて、処方提案まで踏み込みます。

私が薬局で働いていた時、
実際に医師に問い合わせて、
処方内容が変わったことがあります。

子どもの患者さんでお薬の量が体重に対して
合わなかったため確認したり、
「錠剤は飲めないから粉に変えてほしい」と言われて、薬と量を提案して変えてもらったりすることがありました。

「医師だって私たちと同じ人間である。間違えることもある」
そう考えると、このダブルチェックの機能は素晴らしい仕組みだと思いました。

しかし、医薬分業の制度は完全ではないと感じました。

・政策誘導で進んだ医薬分業

医薬分業の重要なキーワードは「政策誘導」だ。この国の分業は、薬剤師が医師から医薬品を奪い取ったものではない。患者が進んで薬剤師を選んだ訳でもない。行政が医療機関に対して、院外処方せんの発行を促す政策をあれこれと実施し、処方せんを街の薬局へと導いたのだ。

医薬分業の光と影 p62

行政が促す形で進んできました。
そのスタートは1974年で「分業元年」と呼ばれます。

医師の技術料の中の「処方せん料」を
大きく増やしました。

しかし、分業はなかなか進みませんでした。
10%に達するまでに13年かかりました。

その転機になったのは1992年。
医療用医薬品の薬価※の決め方が変わりました。

※医療用医薬品の価格は国で決められている。

今は大分薬価差※は少なくなりましたが、
以前は薬価差で利益を上げていた病院が少なくありませんでした。

※薬価差については、こちらで解説されています。


薬を出すだけで利益を上げられるので、院外に処方せんを出したがらなかったという経緯があります。

薬価の決め方を変えたことで、薬価差、つまり利益が少なくなりました。
旨味がなくなったのもあり、院外処方が加速。

1992年に14.1%だったのが、
10年後の2002年には48.8%までに増えました。
2018年の時点では74.0%です。

※著書p63のグラフより引用。2018年まで掲載。

・医薬分業へのバッシング

1992年から分業率が増えていきましたが、
一方で問題が起こっていました。

2015年から17年の間に、
薬歴を書いていないのに点数を取っていたり、
無資格者が調剤をしていたり、
偽ハーボニー事件※が起こったりと
不祥事が相次ぎました。

※偽ハーボニー事件
C型肝炎の治療薬である「ハーボニー配合錠」の偽造品が出回り、奈良県の薬局から患者に調剤された事件。

厚生労働省ホームページより(PDF)

当時のニュースをよく覚えています。
不祥事が出た当初は感じていた怒りも
ニュースが続くと怒りを通り越して
無言になりました。

薬剤師の目線から見ても
「医薬分業は機能をしているんだろうか」と
疑問に思わざるをいませんでした。

・したたかな日本医師会

現在も通じる医師会の腹の底は、どこまで行っても、分業は医師の「支配下にある」という考えに立っている。

医薬分業の光と影 p270

一連の医療行政の情報を追いかけていると、
結局はここに行き着くと感じます。
とてもしたたかな組織と感じます。

更に以下の文章を読んで、
「緊急避妊薬が薬局販売しないのも、
生活習慣病の薬が市販化に至らないのも、
こういうことか」と納得しました。

日医側もクスリを手放してしまった事態が、組織力低下につながったのだと気付いたかもしれない。

医薬分業の光と影  p275

組織力の維持のために、
薬剤師にできることまで
医師が抱え込むのは勝手です。
しかし、現場の医師たちの負担について考えているのか疑問に思わざるを得ません。

特に救急医療、産婦人科、小児科、外科などの
激務な診療科は、今後成り立たなくなるかもしれないと危惧されています。

社会保障費が膨れ上がっている状況も問題ですが、
薬剤師や看護師など
他の医療従事者ができることまで、
医師が抱え込むのはどうなのかと感じます。

今年の4月から、医師にも「時間外労働の上限規制」が始まります。
診療時間を短くするか、他の医療従事者にできる仕事は任せるか。
考える時期に来ていると思います。

・感想

専門的な内容のはずですが、
軽快な語り口調で書かれていたため、読み物として楽しめました。

厚労省官僚、薬剤師会、業界関係者とのエピソードが興味深かったです。

登場した関係者の中で
特に印象に残っているのは、
佐谷圭一日本薬剤師会元会長についてです。
(1998〜2002年在任)

私が薬学部に入った頃には既にありましたが、
「薬歴」を始めた人です。

まだ院外処方せんが来る前から、市販薬の販売歴を個人毎につけたのが始まりです。
「ただ売るだけではつまらない」という理由から始めたそうです。

「薬剤師の世界に、こんな先人がいたのか」と
希望を感じました。

自ら率先して、仕事を見つけるという姿勢を見習いたいと思いました。

長文にも関わらず、
最後までお付き合いいただき、
ありがとうございます。

以上、ちえでした。
プロフィールはこちらです。
他のSNSはこちらです。


この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?