男と女はオスとメス

性別は生殖から生じる。
生殖のために雌雄がある。

生殖は個体の分裂によって個体数を増やすのではなく、雌雄の交接により個体数を増やす方略。
生殖によって、その種は、単に数の増加だけでなく新しい遺伝子を持った個体を生み出せる。

生殖が性を生み出し、雌雄の性別を生み出す。

人間の男はオス
人間の女はメス

オスはメスを求める

人間の場合
オスに求められるメスはさらにオスに自分を求めさせる工夫を凝らす

その工夫のわかりやすい例は、女の髪、お化粧、服飾。
女は髪を伸ばす。

オスが求めるメスでなくなった女の長い髪は、痛い。だからおばさんを自覚するにつれ女は髪を短くしていく。

おばさんとは、オスに求められなくなったメスを、今を盛りとオスを惹きつけてゐるメスたちが嘲って使ふ呼称。

オスを惹きつけるメスにとって同じやうにオスを惹きつけるメスがゐると、自分の牽引力が相殺されるから、邪魔である。
魅力的なメスの敵は、魅力的なメス。
メスはメスを嘲ることで攻撃する。性欲の溜まったオスの目に魅力的に見えるメスが、実はそんなに魅力的ではないことをオスたちに暴露しようとする。

「もう私もおばさん」と自虐して使ふこともできる。

服飾、すなはち衣服とその装飾品の探求。
男を悩殺するグラマラスな美女ですら、顔を粧ひ、秘所を中心に隠すことによって、すっぴんで素っ裸であるときよりはるかに、深く、持続的に、男の性欲を刺激する姿になる。

実際、男を悩殺するグラマラスな美女の剥き出しの身体をどこか一部でも隠すことで、男の性欲は、剥き出しの身体で刺激される性欲よりも、何十倍何百倍も刺激される。

全裸のときですら、仁王立ちなどしないで内股になり、ビーナスのあの絵のやうに、胸や股間に手をやるはうが男の性欲はより強く刺激される。

あのビーナスが両手両足を広げた瞬間、男の性欲は突き上げられて頂点に達してたちまち墜落してゆく。あとはピストン行為による物理的な刺激で性欲を維持するしかない。
男の性欲を根っこから刺激するビーナスの幻像は消えたからだ。

刺激され、その刺激が続く、さらに倍増するには、女の身体のどこかが男にとって未知でなければならない。

男の性欲とは未知を既知にしないではいられない本能である。この本能が哲学や科学を生み出し、それらを維持し、発展させてゐる。
厳密にいって、哲学者や科学者にオスに自分を求めさせるメスはゐない。武田邦彦氏の推す魔性の女小保方さんは偽科学者である。いきなりわたしの個人的な感想を述べると、武田邦彦氏は女の趣味はわるい。少なくともわたしと趣味が違ふ。


オスはメスを求める。
人間の場合
メスは求められるメスでなくなった後も生きている。

それが女といふ、メスである人間の人生を生み出す。
オスに求められるメスであるうちはメスである女であるが、
メスである人間ではない。

オスに求められるメスである女も、
自分が人間として扱はれてゐない、人間として見られてゐないことに気づいてゐる。
だから、オスに求められるメスである女は、オスに求められるメスとしてお化粧と服飾の工夫に励みつつ、自分をメスとして求める男を嫌悪する。

オスとしての男は、メスである女を人間として見てゐると女に思はせる工夫を凝らす。これが「女を口説く」といふことであり、長くなれば恋愛と呼ばれるゲームとなる。
口説きとしての恋愛は、恋や愛ではなく、交接をするさせるの駆け引きである。

この駆け引きは、オスが交接に飽きると終はる。

オスは1匹のメスとの交接には必ず飽きる。
新しいメスとの駆け引きが始まる。

飽きられたメスは激怒する。
もしくは諦めて、自分を恋多き女と考へて、次のオスを誘ふ。


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