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芳生の青春

芳生はいつも目の暗い、だけど物わかりの早い子を選ぶ。もう少し化粧気があれば、もう少し細こかったら結構良いセン行くのになと思いながら声を掛ける。

川崎美咲という子は芳生の思惑にぴったりの子だった。いつも大学ではひとり、席は前の方を取っていて、始業のベルが鳴る頃には教科書を出している。先週彼女が授業後、教授に質問があったのか珍しく教室に残っていたので、ノートをコピーさせてもらったのだった。

芳生は大しておもしろくもない授業を受けた後、丁度別の授業の教室から正門に向かって行くのを見たので追っていき、
あ、この前の。と偶然を装って隣に並んだ。

大体そういう女の子はぼうっとなにか瑣末な事を考えながら歩いているので目の前に現れた快活そうな眩しい若者の出立ちにギョッとする。

その緊張感を徐々に解いていき、彼女を笑わすことが出来たらこちらの勝ちだった。

あとは大体、この前のお礼がしたいと言ってやすいご飯を奢り、急に接近してきた事を訝しむ女の子に実はいつも遠くから見ていたのだが、友達の前だと気があるとバレるのが恥ずかしくてと照れるように無邪気に笑ったり、いつも一緒に絡む派手な女の子達のことを本当はあのグループで自分は浮いていて辛いんだとか、ああいう子たちは現実的な話ばかりで話していると苦しくなると貶したりする。

話が通じるっていうのかななんか、そうしないと心が満たされないっていうかさ。
でも川崎さんと話してるとなんかちょっと久々に楽しいんだ。どこか似ている気がして。

美咲は思う。
私だけが彼の本当の心を知ってしまった。
そして私を見つけてくれた。
私の暗い生活にふわっと春の風のようにあたたかい息が吹き込まれた。
私は今まで雨宿りをしていて誰かが来るのを待っていたのかも知れない。
でも嬉しいけど私は顔には出さないわ私は彼の重荷にはなりたく無い。疲れた彼がゆっくり留まれる宿木のような存在になるんだわ。
その辺のミーハーな子たちみたいに、彼にべたべたしたり嫉妬してメッセージをうざったく送りまくったりそんなことはしない。彼はガラス細工の様に繊細なのだから、彼をがっかりさせる様なことはしたく無い。そう、そう決めた!

芳生はすぐにでもいけるという高揚感と、無防備な美咲への軽蔑心と、自分への嫌悪感に包まれながら思う。
美咲は確かに思慮深くて頭の回転も良く、見た目もそこそこで話していても楽しい。でもバカだ。
暗いやつは自分のことを偉いと思っている。
世界を憎んでいるのに、少しでも優しくされると犬みたいに従順になる。

帰りたいと芳生は思う。
芳生には彼女がいる。
彼女は奈々子という名で、冷たいが、芳生のことをわかっている。
苛々した時には決まって細っこい腕で抱きしめてくれる。奈々子はそれを何とも思わずにやってのける。

目の前の美咲を引っ叩いて、奈々子のところへ帰りたい。奈々子はこんなことをしている芳生の事を気持ち悪がるだろう。冷たい目でじっとこちらを見つめて右の唇だけ上げて笑う。
嫌な女だ。

でも芳生はいま猛烈に帰りたいのだった。

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