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フラストレーション

彼の言うことは正しい。 彼と一緒に居ると落ち着くし、私は正しさを手に入れられる。 彼は愛を示してくれる。 彼は私を酷く扱ったりしない。 彼と居る時の自分は好きだし、やはりそれは正しい感情なのだ。 彼は私を修正する。 世の中から白い目で見られる事を阻止する。 みっともなさや情けなさ、悲しさや残酷さから私を守ってくれる。 だから私は彼に生かされていると言えるだろう。 私は彼なしでは壊れてしまう。 ひとはひとりでは生きていけないのだから。 誰かが誰かに生かされているということは

    • 芳生の青春

      芳生はいつも目の暗い、だけど物わかりの早い子を選ぶ。もう少し化粧気があれば、もう少し細こかったら結構良いセン行くのになと思いながら声を掛ける。 川崎美咲という子は芳生の思惑にぴったりの子だった。いつも大学ではひとり、席は前の方を取っていて、始業のベルが鳴る頃には教科書を出している。先週彼女が授業後、教授に質問があったのか珍しく教室に残っていたので、ノートをコピーさせてもらったのだった。 芳生は大しておもしろくもない授業を受けた後、丁度別の授業の教室から正門に向かって行くの

      • 私をオフして

        いやな疲れ方をしている。 疲れているのに眠れない、足は棒のようなのに勝手に足が踊り出す。壊れた自動運転の貨物列車が1両編成で到着します。危ないですので黄色い線から離れてください。などなど。 誰か私の電源をOFFにして。 強制シャットダウンしますか? その場合只今編集中のデータが保存できない場合があります。どうでもいい。パソコンごと叩き割りたいくらいよ。 心の底に排水溝のねばついた汚れが潜んでいるような罪悪感もある。掃除しなくっちゃいけないのは分かっている。 うちの部の斎

        • おまわりさん

          水曜日。 バニラの甘ったるい香りで喉がかすれた。 一度も開けられたことのない窓には蛾の死骸が張り付いている。 天井から蜘蛛の巣みたいな天蓋が吊るしてあって、雑巾みたいに薄っぺらな絨毯がたばこの灰で汚れている。 そこにはベッドじゃなくて真っ赤な椅子がひとつ。 あなたは私を誘導する。 服も着ないではちみつを舐めるの。あなたと一緒に。 椅子と同じ色の赤いカーテンが風もないのに揺れてる。この世ではないのだろう。 私の胸にはぬめった釘が口から心臓に刺さっていて、あなたは私の口

        フラストレーション

          ひろのちゃん

          ひろのちゃんはいい子だった。 ちょっと全体的にふっくらしていたけど真面目な子でテストの点も良かった。 クラスの男の子から圧倒的に人気なタイプでは無かったが、こっそり一緒に帰ったり、ひと気のない昇降口で秘密のやり取りをする男の子がいたと思う。 いわゆる親が好きそうな子でもあった。 いい奥さんになりそう、とかいいお母さんになりそうとか周りの親たちは自分の子供を貶した後に羨ましそうに言った。 ひろのちゃんはそう言われるのはそんなに嬉しくないと言っていた。おばさんたちにウケても仕

          ひろのちゃん

          知らないひと

          あたし奥さんよりあのひとの方が好き。 最近課長があのひとと夜歩いてるの知ってる。 大人の関係って感じで素敵だった。 あのひとは弱い。 定時終わりにうちのオフィスの近くのドラッグストアで口紅を見てた。 あたしが買うような若い子のコーナーでじっとしてスマホ見ながら値段とにらめっこしてる。 あたしは課長が出張の帰りブランド物を奥さんに買って帰るのを知ってる。 うちの課で一番綺麗な女の子にリサーチなんかして抜け目ない。 あのひとは不吉。 どんなに課長が遅くなってもドトールコー

          知らないひと

          N

          あのひとがギターを見ていたから あたしは駆けていった あのひとには友達がいない 真っ黒な襟足が乾いている あのひとのカーキのカーゴパンツ 裾がきれてる あと3日はコインランドリーに行けなくて さっき踏んだ水たまりの泥でぬれている 学校に意味はないけど 行っているんだから あのひとも仕方ないね あたしに欲しいものはない 周りにいるみんなも言ってた あのひとが毎日そこにいるから あたしは駆けていった あのひとは店の前 驚いた顔をしてギターを受け取って あたしの後を追わな