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新聞滅亡へのプロセス(13) 〜兵庫県知事選とメディア2~AI「プロンプト」と「さら問い」

 兵庫県知事選で斎藤元彦前知事が再選されて2週間がたとうとしている。選挙後、既存メディアは選挙期間中の「沈黙」を経て、一斉に報道を再開したが、斎藤知事とPR会社社長の選挙活動を巡り、公職選挙法など法令違反があったのではないかとの指摘がなされ、マスメディアの報道内容は猫の目のように変わっている。

 筆者は選挙当日、午後11時過ぎにNHKが他のテレビ局に比べ遅く流した斎藤前知事再選の当確テロップを横目でみながら、AIソフトのChatGPTと「対話」を続け、深夜1時過ぎに前回ブログをアップした。

 前提には、斎藤前兵庫知事の言動と、立花孝志候補によるYouTube上などでの選挙期間中の「デマ」「偽情報」拡散について、選挙期間中に新聞、テレビなど既存マスメディアが、「ファクトチェック」を含め、本来持つべき機能を果たさず、それが斎藤前知事再選に大きな影響を与えたとの問題意識があった。

ChatGPT回答の誤り

 ことわっておくが、筆者はAIに関する詳しい知識は持ち合わせておらず、アルゴリズムなどのリテラシーはない。ごく一般的な使用者として、ChatGPTを利用してみた。

 ChatGPTとの「対話」は、この質問から始めた。

【筆者からChatGPTへの質問1】日本の大手メディア、新聞、テレビは、候補者がデマや虚偽の事実を選挙戦で宣伝し、対立候補を貶めても、なぜそれを記事にし、報道できないのですか。

 質問1に対する回答は、一見すると多様な項目について説明され説得力があると思わせる内容となっていた。しかし、よく読むと、疑問点もあった。そこで疑問部分の一部に焦点を絞りChatGPTに質問を重ねた。その結果、明らかに事実と異なると確認できる回答が表示されるようになる。

 筆者とChatGPTの詳しいやり取りは、前回ブログ「新聞滅亡へのプロセス(12)」をお読みいただきたい。

【筆者からChatGPTへの質問4】公職選挙法のメディア規制の具体的内容はどうなっていますか。

 この質問に対するChatGPTからの回答には、こうした記述があった。

【ChatGPTの回答】日本の公職選挙法に基づくメディア規制は、選挙運動期間中に公平性や中立性を確保し、選挙の公正性を守るために設けられています。以下にその具体的な内容を説明します。

1. 選挙運動期間中の報道における規制
(1) 候補者間の公平性
• 公職選挙法第148条の4
報道機関は、特定の候補者や政党に偏った報道をすることが実質的に禁止されています。例えば、選挙期間中に一方的に特定の候補者を賛美したり、他候補を攻撃する報道は避けられるべきとされています。

 この記述は、明らかに誤りだ。そこで次の質問をした。

【筆者からChatGPTへの質問5】公職選挙法第148条の4の条文を教えて下さい。

【ChatGPTの回答】

公職選挙法の第148条の4は、条文自体はありません。**「第148条の4」**という形で存在する条文は公職選挙法には含まれていません。

日本の公職選挙法では条文が通し番号で構成されており、「第148条の4」のような付加番号付きの条文は用いられていません。条文番号が具体的に誤っている可能性があります。

もし、選挙報道や選挙運動に関連する規制について知りたい場合は、以下の条文が関連する可能性があります:

関連条文 
1. 公職選挙法第148条
選挙運動期間中の文書図画の頒布や掲示に関する規定。
2. 公職選挙法第230条~第243条
選挙違反行為(虚偽報道や誹謗中傷など)に関する罰則規定。
3. 放送法第4条(直接公職選挙法ではないが関連)
放送事業者の公平性に関する規定。

 より具体的な内容が必要であれば、正確な文脈や関連条文を教えていただければ、詳細をお伝えできます!

「沈黙」生む既存メディアの記者クラブ構造

 これ以上くわしく指摘はしないが、ChatGPTの回答は質問を重ねるごとに事実誤認が出てくる。また、回答に感情が現れているかのような「錯覚」もおぼえた。公職選挙法第148条は(注1)に記す

 ChatGPTから望む回答を得るためには、質問内容を精査し焦点を明確化する技能が必要となる。プロンプト(prompt)とは、ChatGPTに対する命令や質問を意味する言葉だ。これを効果的に繰り返すことにより、精度の高い情報の獲得、あるいはAIの誤情報提供の判別がより可能となる。

 しかし、ChatGPTから「誤情報」が提供された場合、それを「見破る」ためには、当該トピックの専門的な知識を相当程度必要とする、と今回のケースで実感した。広範な分野でこうした知識を身につけるのは、相当むずかしい。

 著者は、前職の経験により、公職選挙法第148条の内容について、ある程度の知識があった。このため4問目の「問いかけ」に対する回答を得て、ChatGPTが事実と異なった記述を提供したのはすぐに分かった。しかし、そこに行きつくまで、2問「追加の問いかけ」を必要とした。

 スマートフォンのホーム画面には検索入力の機能がある。何か分からないことがあると、若年層は、Googleなどに、あっという間に検索をかけて、回答を得る。しかし、そこで選んだサイトの説明をダブルチェックすることは極めて少ない、と筆者は認識している。

 今後、ChatGPTなどのAIは、Google検索と同様、個人ベースでも加速度的に普及していくと想定されている。

 若い世代と会話をすると、よく出てくる言葉に「コスパ(cost performance) 」「タイパ (time performance) 」がある。ChatGPTも無料で提供されるサービスは限られていて、課金モデルに導くための窓口となっている。得られた回答に「追加の問いかけ」をし、ダブルチェックやトリプルチェックに要する労力は「タイパ」意識とは相いれない。

 筆者はChatGPTに質問を重ねながら、「プロンプト」とは新聞記者の言う「さら問い」と同様の概念なのだと思った。

 最近、官邸や省庁の記者会見に加え、YouTube上で記者会見がカットなしの動画を見ることができる機会が増えた。

 その映像を見て感じるのは、記者クラブ記者とフリーランス、SNSニュースサイト記者の質問の仕方のギャップだ。

 大手メディアの記者クラブ構成員たちは、冒頭に割り振られた幹事社の質問をはじめとして、一問一答の「ルール」に従い、ありきたりの質問しかしていないように映る。

 事前に質問内容を官邸や各省庁に渡し、首相、官房長官、各大臣が事前に官僚の用意した「回答」を読み上げるだけとの様子もみられる。記者会見の中継マイクに、記者が一斉にPCに向かいタイプする音が拾われるのを聞くと、「虚しい」気持ちにさえなる。

 そもそも、記者会見で質問もせず、PCに向かいタイプだけをする記者は何のために存在するのだろう。おそらく、所属する部署の上司であるキャップ、デスク用に、記者会見の一問一答の「ベタおこし」情報をあげるのが出席の第一ミッションと認識されているためだろう。

「ギブ」アンド「テイク」で、重要記者会見の内容を別の政治家へ情報提供し、逆に関連情報を得るための「素材」としても使うため、とも指摘される。

 特に政治取材の場では、「記者会見」や「ぶら下がり」でなく、他の密室空間において一対一(サシ)、あるいは限られた記者メンバーのみで、情報元に記者側からも情報を提供し、その見返りに「希少情報」を得る手法は「常道」となっている。

 日本の新聞としては長文の「政局記事」は、有力政治家に張り付いている担当記者から伝えられる断片情報を、政治部担当キャップが集約し、それを一定方向にまとめることで記事を書き、デスクがその記事をチェックするという方法で「作成」されるのが、「全国紙」では一般的だ(筆者ブログ第10回で取り上げた8月15日の首相退陣表明記事も、こうして「作成」されたはずだ)。

 しかし、「サシ」や限られた新聞記者たちの有力政治家への取材は、取材対象からオフレコなどの「規制」がかかり、それを破ると「出入り禁止」などの「制裁」が待っている。また、政治家や高級官僚が、世論や他の政治家たちの「反応」を見るため「情報」を提供し、アドバールーン(観測記事)を書かせるために情報を流す場合もある。

 兵庫知事選期間前には、西播磨元県民局長の告発文書に基づき、斎藤知事に対する「おねだり」「パワハラ」疑惑が既存メディアで大きく報じられた。百条委員会が設置されると、県職員へのアンケート結果や「公益通報者保護法」に対する専門家の意見に基づき、県議会は全員一致で不信任案を可決、斎藤知事は失職した。

 しかし、知事選挙の期間に既存のマスメディア記者は、「沈黙」し、斎藤候補や、同候補を支持し「虚偽情報」の発信元となった立花候補に厳しい質問をすることはなかった。

 YouTubeやX(旧ツイッター)などSNS上では「デマ」や「虚偽情報」が溢れた。一方で、斎藤候補や立花候補の選挙活動に密着し、選挙活動の不適切性について言及するジャーナリストも存在した。そうしたジャーナリストたちもYouTubeやXなどSNSメディアを通じて発信した。

 既存メディアの記者だけが特権的に取材源に取材できる環境を構造的に作り出す記者クラブ制度は、逆に、日本の組織メディア記者が「ミイラ取りがミイラになる」状況を顕在化させている。まして、選挙期間中に、既存メディアが「ファクトチェック」機能を放棄し、「沈黙」すれば、有権者は事実に基づいた情報を元に投票する環境を保障されないことになる。

 県内29市の市長のうち22の首長が選挙戦終盤、『正しい情報が伝わっていない」として、斎藤前知事と競り合っているとされた稲村和美候補への支持を表明する記者会見を行った。

 筆者はYouTubeで、この会見の様子を見たが、NHK記者の質問も含めて、記者の質問内容と姿勢に疑問を持った。斎藤前知事の支持者も他候補の支持者も、兵庫が「一体どうなっているのだろう」と思う他県民にとっても、記者の質問は、納得できるものではないだろうと思った。

「さら問い」こそ必要

 これまで様々な記者会見で、江川紹子をはじめフリーランス記者や海外特派員たちは、少ない質問機会を利用して、記者クラブ所属記者とは異なった視点の質問を投げかけてきた。横田一、Ark Timesの尾形聡彦、一億万冊の佐藤彰はなどのジャーナリストたちは、記者会見や「かこみ」「ぶら下がり」で「さら問い」を繰り返す。

 「さら問い」は、既存メディア記者がジャーナリストであるなら、政治家、官僚などパブリック・フィギアの一方的な主張や宣伝を放置することなく、事実に迫るために不可欠の行為だ。

 東京新聞記者でArk Timesキャスターの望月衣塑子は、自著「新聞記者」の「はじめに」でこう書いた。

 「だれも聞かないなら、私が聞くしかないとも思っている」
 「社会派を気取っているわけでも、自分が置かれた状況に舞い上がっているわけでもない。おかしいと思えば何であろうととことん食い下がる。新聞記者として、警察や権力者が隠したいと思うことを明るみに出すことをテーマとしてきた。そのためには情熱をもって何度も何度も質問をぶつける。そんな当たり前のことをしたいと思う」

 本来「さら問い」「関連質問」というたたみかけの質問のない記者会見は、記者会見の本道を踏み外している。佐藤栄作元首相の最後の記者会見や小沢一郎(新政党代表幹事=当時)、菅義偉の官房長官時代の記者会見など、記者会見の変遷をたどると、政治家と記者クラブ所属記者の関係がはっきりと見えてくる。(注2)

 もちろん、AIに対する「プロンプト」と記者会見の「さら問い」を同列に論じることはできない。 

 しかし、記者会見において、読者、市民を代表して質問しているとの意識が記者にあるのであれば、事実に迫るため「さら問い」は、記者の責務だと筆者は考える。その重要性は記者会見のネット中継や官邸や公官庁での記者会見の行政による配信が行われるようになった現在、「既存マスメディア」の信頼に関わる問題だと指摘したい。

 インターネット、SNS、AIの時代に、「誤情報」、「デマ」の拡散は、残念ながら避けられない。

 こうした事象が世界的潮流となっているのは、アメリカ大統領選挙を見ても明らかだ。対策は何か。それは、子供の頃から、クリティカル・シンキングの思考法を身につけることだと筆者は考える。そのためには、教育の抜本的改革が必要だ。Critical thinking | Definition, History, Criticism, & Skills | Britannica
(翻訳ソフトの精度は日進月歩なので、是非Critical thinkng で試していただきたい)

 何よりもまず、既存マスメディア記者と新聞編集者の多くが、クリティカル・シンキングを一から学ぶ必要があるのではないか。

次回は、兵庫県知事選後の新聞などメディア報道について考えます。

*このブログで掲載する写真は、すべて筆者が通訳案内士、ネーチャーガイドとして各地で撮影した。今回は、石垣島の防波堤テトラポットにいた野良猫。

(注1)

(新聞紙、雑誌の報道及び評論等の自由)第148条 この法律に定めるところの選挙運動の制限に関する規定(第138条の3の規定を除く。)は、新聞紙(これに類する通信類を含む。以下同じ。)又は雑誌が、選挙に関し、報道及び評論を掲載するの自由を妨げるものではない。但し、虚偽の事項を記載し又は事実を歪曲して記載する等表現の自由を濫用して選挙の公正を害してはならない。

 新聞紙又は雑誌の販売を業とする者は、前項に規定する新聞紙又は雑誌を、通常の方法(選挙運動の期間中及び選挙の当日において、定期購読者以外の者に対して頒布する新聞紙又は雑誌については、有償でする場合に限る。)で頒布し又は都道府県の選挙管理委員会の指定する場所に掲示することができる。

 前二項の規定の適用について新聞紙又は雑誌とは、選挙運動の期間中及び選挙の当日に限り、次に掲げるものをいう。ただし、点字新聞紙については、第1号ロの規定(同号ハ及び第2号中第1号ロに係る部分を含む。)は、適用しない。

 次の条件を具備する新聞紙又は雑誌

 新聞紙にあつては毎月三回以上、雑誌にあつては毎月一回以上、号を逐つて定期に有償頒布するものであること。

 第三種郵便物の承認のあるものであること。

 当該選挙の選挙期日の公示又は告示の日前1年(時事に関する事項を掲載する日刊新聞紙にあつては、6月)以来、イ及びロに該当し、引き続き発行するものであること。

 前号に該当する新聞紙又は雑誌を発行する者が発行する新聞紙又は雑誌で同号イ及びロの条件を具備するもの

(新聞紙、雑誌の不法利用等の制限)

第148条の2 何人も、当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて新聞紙又は雑誌の編集その他経営を担当する者に対し金銭、物品その他の財産上の利益の供与、その供与の申込若しくは約束をし又は饗応接待、その申込若しくは約束をして、これに選挙に関する報道及び評論を掲載させることができない。

 新聞紙又は雑誌の編集その他経営を担当する者は、前項の供与、饗応接待を受け若しくは要求し又は前項の申込を承諾して、これに選挙に関する報道及び評論を掲載することができない。

 何人も、当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて新聞紙又は雑誌に対する編集その他経営上の特殊の地位を利用して、これに選挙に関する報道及び評論を掲載し又は掲載させることができない。

公職選挙法第148条に関する日本新聞協会編集委員会の統一見解(要旨)

1966(昭和41)年12月8日
第222回編集委員会

 第148条は、新聞が選挙について報道、評論する自由を大幅に認めている規定である。この報道、評論の自由を個々の記事の具体的扱いにあてはめてみると、従来の選挙訴訟をめぐるいくつかの判例でも明らかなように、はじめから虚偽のこととか、事実を曲げて報道したり、そうしたものに基づいて評論したものでない限り、政党等の主張や政策、候補者の人物、経歴、政見などを報道したり、これを支持したり反対する評論をすることはなんら制限を受けない。そうした報道、評論により、結果として特定の政党や候補者にたまたま利益をもたらしたとしても、それは第148条にいう自由の範囲内に属するもので、別に問題はない。いわば新聞は通常の報道、評論をやっている限り、選挙法上は無制限に近い自由が認められている。したがって、選挙に関する報道、評論で、どのような態度をとるかは、法律上の問題ではなく、新聞の編集政策の問題として決定されるべきものであろう。

 従来、新聞に対して、選挙の公正を確保する趣旨から、ややもすれば積極性を欠いた報道、評論を行ってきたとする批判があった。このことは同条ただし書きにいう「......など表現の自由を濫用して選挙の公正を害してはならない」との規定が、しばしば言論機関によって選挙の公正を害されたとする候補者側の法的根拠に利用されてきたためだと考えられる。

 しかし、このただし書きは、関係官庁の見解あるいは過去の判例によっても明らかなように、一般的な報道、評論を制限するものでないことは自明であり、事実に立脚した自信のある報道、評論が期待されるのである。

選挙予測報道の規制問題に関する日本新聞協会編集委員会の見解

1992(平成4)年6月11日
第505回編集委員会

 選挙に関し、世論の動向を的確に把握し、報道・評論することは、有権者の選挙に関する関心を高め、理解を深めるうえで不可欠であり、このことは報道機関の重要な使命である。これは憲法第21条で保障された言論の自由に基づくものであり、公職選挙法でも、第148条で新聞・雑誌の「報道評論の掲載の自由」を、第151条の3で放送事業者の「選挙放送の番組編集の自由」を確認している。

 最近、政治改革の論議の過程で、選挙予測報道に対して法的規制を加えようとする動きがあるが、これは報道機関の取材報道の自由を大幅に制約するものであり、容認できない。当委員会は、今後、引き続き選挙報道の規制の動きに重大な関心を持って、その推移を注視するものである。

(注2)
「新聞記者」 望月衣塑子 2017年 角川新書
「報道事変 なぜこの国では自由に質問できなくなったか」 南 彰 2019年 朝日新聞出版
「菅義偉とメディア」 秋山信一 2020年 毎日新聞出版
特集 「記者会見とは何か」「椿発言とメディア」 新聞研究 1994年2月号 日本新聞協会


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