何が幸せで何が不幸なのか
アーモンドを読んだ。
ちょっとブームに遅れたが、ブックオフで220円だったので買った。
韓国文学はフィフティーピープル以来だ。
大枠の感想として、月並みではあるが感動した。
大衆に人気があるということはそれだけ、わかりやすく普遍なことだと思っていた。たしかにありきたりなのかもしれない。しかし、それこそが重要なのだと思う。
たくさんのコンテンツが溢れかえり、コンテンツが個別化される中で、ターゲットに対して尖らせることが大事になっているような中で、今の私には刺さった。
共感する力がないことは果たして不幸なのか。
共感する力に長けていることは幸せなのか。
そんなことは誰にもわからないのであろう。
幸せな部分もあるかもしれないし、不幸な部分もあるかもしれない。
でもそれでいいのではないか。
それが人生なのではないだろうか。
これからの人生、自分に降りかかる幸も、不幸も、喜びも、哀しさも、怒りも、楽しさも、悔しさも、辛さも、快も、不快も、愛しさも
全て自分が感じることができる分を感じていたい。
と思った。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?