虚実妖怪百物語序/破/急 京極夏彦
最近妖怪に興味が湧き、京極夏彦先生の虚実(うそまこと)妖怪百物語を読んだ。今回はその感想を語らせていただく。
あらすじは突如日本に妖怪が現れ、人々は混乱の渦に巻き込まれる。政府が機能しなくなり人々が暴徒化する中、妖怪関係の仕事(作家や漫画家、編集者、学者など)に携わっている人たちがその謎を解き黒幕を突き止めるべく奮闘?するというお話し。
新解釈妖怪大戦争のような話で水木しげるや京極夏彦、夢枕獏などの実在する人物が当人として登場していた。ラストシーンは日本の妖怪版アベンジャーズみたいな展開でありなかなか読み応えがあった。
とは言うものの、内輪ネタが多く???となる場面や長い説明や変な会話のシーンが多く少し置いてかれてしまう場面も多々あった。ファンはそれが面白いと言うことは十分わかるが、一般向けしないのかなぁ、でも京極先生は書いてて楽しいだろうなぁと感じた。
さて、この本を読んでいて面白かった解釈を今回紹介しようと思う。多少ネタバレを含むのでご注意いただきたい。
今回の黒幕はもちろん妖怪なのだが、その妖怪は人間から「余裕」(本書では馬鹿であることとも言われている)を吸い取り養分にする力を持っていた。余裕を吸い取られた人々は次第に疑心暗鬼になり少しでもおかしな事をする人がいると攻撃をするようになる。過激な自警団が暴徒化したり、娯楽がなくなったりと人々の繋がりが悪くなり次第に国が崩壊していくのだ。日本が滅びるのは海外からの攻撃ではなく自滅というのがなんとも恐ろしい。
一方、この黒幕に立ち向かうのは妖怪関係の仕事をしている人たち。何だかひ弱そうですね。実際ひ弱です。何となく集まりますがどこかのんびりしている人たちで国が傾いているのにぼや〜っとしている。(水木しげるや荒俣宏もいる)なぜ、彼らは恐ろしい敵に立ち向かうことができたのか?
ここがなかなか面白いところで、彼らは普段から妖怪という、ぶっちゃけあってもなくてもいい無駄な事を仕事にする人達なのです。無駄な事に興味を持ち、無駄な事に時間をかけて、なんとかおまんまにありついているという、我々常識人からすれば馬鹿なのです。言うなればお馬鹿レベルが高い人といえる。
今回の敵は人から「余裕」=「馬鹿さ」を奪い取り日本を滅ぼそうとしていた。しかし、お馬鹿レベルの高い普段から馬鹿な事をしている人はそれが有り余っているため、逆に敵の弱点だった、という分かるような分からないようななんとも面白い設定なのだが、お馬鹿さが武器になると言うなんとも面白い設定だと思う。
馬鹿さとは揮発油である。効率的である事、合理的である事は大切だ。しかし、それだけではうまくいかない。大切なのは「お馬鹿さ」なのだ。
世の中に無駄は多い。私の仕事である落語も無駄。映画も漫画もテレビもゲームも無駄。妖怪なんてもってのほかだ。じゃぁそんな無駄がなくなったら?それは妖怪のせいだったら?
こういった視点で妖怪の話ができるのはさすが京極夏彦先生というべきか。
最後に印象的だった荒俣宏先生のセリフを書き留める。
まぁ、私みたいに毎日無駄なことしかしてないのも考えものですけどね。
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