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エッセイ「鉄道員の子育て日記 ①プラレール」

 どんな仕事にも、ある種のトラブルがつきものである。
我が輩は鉄道の土木工事を施工管理する現業区で仕事をしている。在来の線路と駅を道路と立体交差する、いわゆる高架化というものだが、その工事の担当である。
 今日は、朝から事務所で現場の施工会社との打合せである。現地の地形と、設計図が合わない所があるという。昨日、現地の測量をしていた時に図面とあわないところがあることに気がついて、慌てて連絡をしてきたのだ。工期が差し迫っているので、朝一番の打合せをお願いしたいというものだった。
 朝一から、難しい問題は聞きたくないものである。

 本社の担当者に連絡をとり、設計を行ったコンサル会社にも問い合わせる。残念なことに、単純な理由から現地の地形が合っていないことが判った。どんな仕事でもそうだが、限られた時間の中で成果を出さねばならない。正式に設計をやり直す時間はとれない。ここは、状況にあわせた形での変更とする。構造物が一時的な仮設物ということで、やむを得ずという判断である。それでも最小限の計算は必要となる。

 次に追加となる費用の点や、列車の安全に対し検討した結果を現場の長に確認を取る。「本社の了承が必要かどうか」ということも頭によぎるが、ここは現場長の裁量でいくことを決め、施工業者にはその日のうちに『GO』の指示を出すことが出来た。
 限られた工期の中で、列車や作業員の安全を第一に考えながら進める現場での業務は、とても緊張感の張り詰めた仕事である。冬場の夜間作業など、つらい時もある。しかし、工事の完了を迎え最後の線路切替工事を一晩で行い、一番列車が新しい線路を走るのを、自分の目で見守った時はとても充実した気持ちになれる。ここまでの苦労が全て報われるのである。安堵の気持ちとともに疲れも増してきて、早朝から眠りにつくのである。
 
 「はぁ~~っ!」
 大きなあくびをすると、すぐに布団を抜け出した。まだ七時前。休日の朝は、必要もないのに何故か早く目が覚める。平日は、ぎりぎりの時間まで寝て不機嫌そうに起きている我が輩を知っているかみさんがあきれている。自分でも確かに不思議だが、「まぁいいか。今日は休みだ。」
 早く起きても別に何をするわけでもない。無意味に時間が経ち遅めの朝食をとる。しかも、外はあいにくの雨。小さな子どもがふたりいるので、連れて外出するにはとても不利な条件だ。今日はもう、どこにも出かけないことを察知したのだろうか、もうすぐ五歳になろうとする息子が一緒にプラレールで遊ぼうと催促する。
 男の子は、本当に電車が好きだ。三歳になる前から電車のビデオや機関車トーマスを好きになり、その名前を片っ端から覚えていくようになった。名前どころか、新幹線の車体の横に入っているラインを部分的に見るだけで、簡単に言い当てることに気付かされた時には驚かされたものだ。親の欲目もあり「この子は天才か?」とも思ったこともある。しかし、何の事はない。子どもは興味のあることだけにしか能力を発揮しないことを、親はしばらくすると皆知ることになるのである。

「わかった、わかった、一緒に線路つくろう」
 重い腰をあげて、徐々に増えてしまったレールの散らかった子供部屋へと向かった。『お父さんも子どもの時に遊んでいたプラレール』というコピーで大々的に宣伝を繰り返すこのおもちゃは、今日までにおとなの我が輩も驚くほどの進化をとげている。線路は立体的に組立てるものから、リモコン操作が出来るものもあるし、車両の種類も700系新幹線などの最新型列車から機関車トーマス、ポケモンなどのキャラクターものまで実に様々だ。中にはおしゃべりをするトーマス機関車もある。
 父親が「線路をつくる仕事をしている」と単純に、また幼いなりに理解している息子は、プラレールの線路をつくる時は必ず、我が輩に相談してくる。
「ここから曲げて行くと、あそこにつながるだろ」とか「まっすぐなレールを二本持って来て」と、へたすると実際の仕事よりも的確に息子に指示をする。
 仕事でも、家の中でも線路を造る作業をしていることを冷静に考えると、とても不思議な感覚になる。おもちゃであろうと、自分が作ったレールの上を列車が通って行くのをみるのは、とてもわくわくするものである。ましてや、おもちゃのプラレールはレールの端にある凸と凹の溝をはめれば良いだけの構造なのである。土木関係以外の読者の方には悪いが、専門用語で言わせてもらうと、『とってもすばらしいプレキャスト工法』ということになり、作るのがとても簡単なのである。


 しかし、どんな遊びにもトラブルはつきものである。
 息子が「レールがつながらない」という。あと少しで線路がつながるとこなのにレールが足りなくなってしまったのだ。残念ながら我が家には、厳しい目で家計を取り仕切る女性財務大臣がいて、無駄な支出、つまり我が輩が不必要にレールの買足しをしないように見張っているのである。不要と思われる公共工事を限りなく続ける我が国の大臣として採用してもらうよう、推薦したいくらいだ。

「残念だけど、ちょっと小さくしよう」と線路の計画を変更する。これが本物なら用地買収から、地元の利害がからんで問題は泥沼化するところだが、家の中の出来事なので難なく解決出来た。
 今度は橋の上を走っていた機関車トーマスの仲間の〝力持ちゴードン〟が、突然脱線して橋の下に落ちる。これも財政的な問題に関わることだが、橋を支えるまともな部品を買わずに、おもちゃのブロックなどで代用しているので、しばらくすると壊れるのである。「やっぱり日頃の検査と補修が大事だな」と構造物を造る事よりも、今後については維持管理の重要性を再認識する。これもセロテープを使って、なんとか持ちこたえるように補強した。
 しかし、あまりにメンテする箇所が増えて来ると「この列車動かないんだけど、壊れちゃったのかな?」と言う息子に対し、つい面倒になり「それは車両故障だよ。お父さんには治せないよ。マコちゃんのお父さんに頼んだら」と同じ社宅に住む車両担当のお父さんに丸投げしそうになる。これでは、完全なセクト主義に陥ることにもなってしまう。

 鉄道最大の天敵〝自然災害〟だけは部屋の中だから大丈夫かと思えば、そうは問屋が卸さない。最近二歳の誕生日を迎え、「兄妹の性格が逆だったら」と、たまに感じるオテンバ娘が部屋に乱入して来た。ゴジラのようにズンズンと迫り、近所でも「仲良しの兄妹ですねー」と評判で、とっても大好きなはずのにいちゃんがつなげた線路をわしづかみにすると頭の上まで持ち上げて、あっという間に寸断する。これは大型台風以上の災害である。「ダメーッ!!」と幼児特有のカン高い声をにいちゃんがあげて、今日もまた兄妹喧嘩が延々と始まるのである。

仕事でも家庭でも、楽をして過ごすことはなかなか出来そうもない。


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鉄道は子供にとってとても大切な乗り物です。しかし今、地方のローカル線は存続の危機にあります。鉄道は大量輸送が可能な交通機関でエネルギー的にも、これからの地球に欠かせない交通機関です。どうすれば線路を守り、維持いや再興できるのかを考えた以下の作品も、ぜひ読んで頂きたいです。
未来に子供たちに鉄道を残せますように!


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