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小説「北の街に春風が吹く~ある町の鉄道存廃の話~」第1話ー①


第一話 列車に乗ってでかけよう


「明日のことなんだけど、十時に沼太駅前で待ち合わせでいい?」

 僕は、彼女が提案に賛成してくれるかを心配しながら電話をかけている。だが予想した通り彼女の反応は否定的なものであった。

「えっ、駅って? 明日は車で行くんじゃないの?」

「いや、列車で行こうと思うんだけど……」

自分の声が少しずつ小さくなるのが分かる。逆にスマホのスピーカーから聞こえる吉田さんの声は一気に大きくなる。

「え~っ! どうして? なんか列車で行かないといけない理由があるの?」

「ウーン、それが…、ちょっと…、親父からの頼みもあって。鉄道にぜひ乗ってくれって頼まれたんだ。最近、鉄道が変わったから試しに乗ってみてくれって」

「どういうこと?」

「ごめん、俺もこっちに帰ってきてから、車しか乗ってなかったんで良く分からないんだ。でも、親父がHRのモニター用の定期をくれたんだ。それを使えば、どこまでも乗って良いからって。だから明日はその定期を使ってみたいんだ」

「石井君はその定期で乗るって言うけど、私は……?、私は切符を買わなきゃいけないの?」

 彼女の不満がさらに爆発する。てっきり自分の家まで車で迎えにきてもらえると思っていたのだろう。

「あっ、でも吉田さんの切符代は俺が出すから心配しないでいいよ」

「え、いいの? そんなつもりで言ったんじゃ…」否定はしようとしていたが、切符を買わなくて良いと知ったからか、少しだけ彼女の言葉が穏やかになる。

「というか、親父がスポンサーでお金を出してくれるんだ。だから心配しないで」

「石井くんのお父さんって、確か役場で働いてらしたよね。あの静かな感じの……」

「あ、うん。今、なにか役場で瑠萌線の存続問題について色々とHRともめてたらしいんだけど……、吉田さんと、明日動物園に行くって言ったら、なんか嬉しそうに僕に定期を渡してくれたんだ。どうもうちの家族分作ってくれてるみたい」

「へぇ、なにか理由があるのかな?」

「口数が少ないから、あんまり詳しく説明してくれた訳じゃないんだけど、とにかく列車で行ってほしいって頼まれて……、なんとなく断れなかったんだ」

「分かったわ。お父さんから頼まれたのなら仕方ないよ。いいよ。とにかく明日は沼太駅前で十時に待ち合わせで良いのね?」

「うん、それでお願いします。それで十時二〇分発の列車に乗ろうと思う。時刻表見たら列車も一時間に一本は走るように増えてるみたい」

「へぇ、それは助かるね。じゃ明日ね」

「うん、明日」

彼女がOKしてくれたので一安心したが、僕自身もドライブを楽しみたかったこともあり、複雑な気持ちで電話を切った。

               *

 僕は石井圭介。北海道の空知管内にある沼太町に住む社会人一年生だ。今、電話をしていた相手の吉田さんはこの町の小中学校時代の同級生。高校からは別々の学校に進み、大学はお互いに故郷を離れて、僕は東京、彼女は札幌で四年を過ごした。就職にあたっては、二人とも悩んだけどお互いに地元の発展のために頑張ろうという意志をもって戻ってきた。ひと月ほど前に町の青年会議所が主催する懇親会で久しぶりに再会して、同級生のよしみで一緒に食事をする仲になった。

 たまたま朝日川にある動物園に久しぶりに行ってみたいという話で盛り上がり、僕も最初はドライブを計画していたのだ。本来なら動物園で楽しんで、その後も車で少し遠回りをして、うまくいけば夕食も一緒に。そして……と。男にありがちな都合の良い妄想を夜な夜なしていた。

 ところが、日頃あまり話をしない父親からの突然の頼みのために、妄想ドライブは、すべてぶち壊しとなった。自分では完ぺきな計画だったので、各駅停車の列車で出かけるふたりの姿も想像したくなかった。断りたかった。断れば良かった。でも、断れなかった。

 親父からの頼みであったことも事実だが、それ以上に社会人一年目で購入した車のローン返済のために続く貧乏生活が恨めしかった。奨学金の返済もある。交通費やデート代を出してくれるという親父の狡猾な提案に飛びついてしまった自分が情けなかった。

 金銭的な事情で列車で行くことになったのだが、この彼女とのデートで新しい鉄道そして北海道の未来がスタートすることを、この日の僕はまだ気付いていなかった。

                 *

 つづく

この物語のもととなっている提案があります。ぜひ、読んでいただいて一緒に鉄道の未来について考えていただきたいと思います。

こちらは坂本龍馬が現代によみがえり、四国の鉄道を北海道と九州を巻き込んで再興するお話。ぜひ、一話だけども読んでいただきたいと思います。       


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