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小説「龍馬がやってきた~僕の鉄道維新物語③~」

3 百六十年後の世界


 会議は午後二時から始まった。
「ここ三年間に発生した豪雨のため、九州では三線区、八箇所で土砂崩壊、橋りょうの流失が発生、現在は橋りょう流失があった日田線の田添から夕日間が不通区間となっています。現在、復旧工事を行っていますが、橋脚が流され……そのため、運転再開見込みは来年度の秋となっています」

「北海道ではこの秋に発生した台風二十三号による道南地方の豪雨により根室線で土砂崩壊が多数発生して、現在も不通となっています。そのため……現在、国に対して災害に対する補助金の申請を行っています。バス代行を……バス路線への転換についての各自治体の意見は総じて否定的であり……こちらについても進展がなかなか望めない状態です」

 会議ではまず各社からの災害に関する近況報告が九州、北海道そして最後に四国鉄道での順で行われた。ここ三年間で日本における災害発生については規模も件数も例年以上に顕著な事態が続いている。
 災害発生の原因でもある異常気象については、さすがに地球温暖化の影響と関連付けることを環境問題の専門家が認めざるを得ない状況となっており、マスコミでもエコライフを推奨する気運が高まってきている。
 
 ちなみに課長が心配していた坂本龍馬像の盗難のことについては、冒頭で課長が「桂浜の坂本龍馬先生は、鉄道の災害復旧に対する支援を嘆願するために、今朝から東京へ出張されました。戻るまではしばらくかかりますので、我々はしっかり会議で方針を決めましょう」と冗談交じりに述べたために、会議中に話題が脱線することはなかった。

 会議の出席者は北海道から榎木部長と九楽(くらく)主席、九州からは南郷部長と大久保課長、若手の桐野主席、自分たちの四国からは上司の武市課長と僕、そして主催者として四国鉄道本社から山内取締役も参加している。いずれも鉄道の企画を担当している部署に所属している。
 僕は会場の記録担当として参加しているため、開催風景を一通り撮り終えた後は、会場の末席で待機している。

(なんか退屈な寄合みたいじゃの)

 龍馬さんがぼやいた。その言葉は、まるで僕の気持ちを代弁してくれているようであった。確かに退屈な会議だった。
(おい、岡田君、ニッポンは大変になってるようじゃが、いったい幕末からどれくらいの月日が経ってしもたがじゃ?)
「龍馬さんが近江屋で殺されたのが西暦でいうと1867年ですから、およそ160年ですね。江戸幕府が倒れてから、元号も変わりました。明治、大正、昭和、平成そして今が令和です」

(そんなに経っちょるがか? 今の世の中はいったいどうなっちょるか見てみたいのぉ。のぉ岡田君、今からちくとだけでも土佐の街を見てみたいんじゃがのぉ。)
「えっ、無理ですよ。今、会議中なんですから、これが終わるまではどこにも行けませんよ」
「そぉけ、残念じゃのぉ。せっかく病院に行けと言われたんじゃ、会議を誰かにまかせて外へ行きたいのぉ」

 勝手な人だ。歴史上の偉人ではあるが少しうっとおしく思った。
これまで小説や漫画を含めて、日本の歴史上で奇想天外な考えや行動をするのは龍馬さんただひとりとも思っていた。そして彼が高知出身であることを心から誇りに思っていた。

会議室の末席で下を向きぶつぶつ言っている僕の近くに人影が近づいた。
「岡田君?」
突然の声に驚いて顔を上げると同じ高知支社で働く同期の千葉さんが立っていた。彼女も僕がひとりごとを言っているのを聞いたのだろう。気まずそうな表情をしている。
「ち、千葉さん、どうしたの? 三社会議は担当じゃないでしょ?」
「ええ、でも武市課長からさっき広報部へ電話があって、あなたが崖から落ちたって……頭を打ってるかもしれないから会議の進行を手伝って欲しいって」
「えっ、課長が?」
「で、どうなの? 身体の方は?」
「いや、確かに崖から落ちたことは事実なんだけど……高さもたいしたことなくて。もう、だいじょう……」

その時、思いもかけない言葉を僕の口が発した。
「痛い! 頭が痛い!」
僕の口を使って龍馬さんがしゃべっている。
「どうしたの?」千葉さんが心配し声をかける。
「いや、やっぱりどこか頭を打ったようじゃ! ちと頭が痛くなってきたがじゃ」
「えっ、ちとって? ちょっとってこと? 痛いの? どこが?」
「あの、千葉さん……ちょっと待って」
「えっ?」

彼女から見えないように後ろを向き、小声で龍馬さんと話をする。
「ちょっと龍馬さん、止めてくださいよ。僕の口を使うの」
(岡田君、お願いじゃ。わしは、どいても今の土佐を見たいがじゃ? 会議はあのおなごに代わってもらえばええ。じゃったら、おまんもここを抜けれるがじゃ)
「でも、それじゃ……」
(岡田君、後生じゃき……)
執拗に懇願する歴史上の英雄を、僕はこれ以上断ることはできなかった。
「わかりましたよ。でも夜の懇親会が始まるまでには戻りますからね」
(恩にきる。それで良いきに)

「千葉さん、あの……」
「なに?」
「担当として会議を投げ出していくみたいで、気がひけるんだけど、身体の具合がまだ悪いんで代わってもらってもいいかな? ちょっと病院に行って診てもらってくる」
「えぇ、私はそのために来たのだから全然構わないけど。でも岡田君、身体の具合は本当に大丈夫なの? 誰か一緒について行かなくて大丈夫?」
「あぁ、タクシーを使うから病院にはひとりで行けるよ。心配してくれてありがとう」
「課長には……」
「えぇ、課長は今、会議の進行をされてるから後で私から岡田君が病院に行ったこと伝えておくわ」
「ありがとう、千葉さん。いつかお礼するから。昼飯でもおごるよ」
「そうね。じゃ約束よ。でもランチじゃなくてディナーでもいいわよ」

僕は千葉さんと会場で別れ一階のロビーまで階段を急ぎ足で降りた。途中で龍馬さんから尋ねられた。
(おい、岡田君。あのおなごはおまんの仲間かい?)
「仲間っていうか、会社の同僚ですね。あっ、カンパニィって言った方が龍馬さんは解りやすいですかね?」
(おなごでも、たいしたものだな。堂々としていて)
「龍馬さんもわかります? 彼女、優秀ですよ。龍馬さんの時代とは違って今じゃ女性でも社会でバリバリ活躍してますからね」
(なんじゃ、バリバリって、煎餅でも食べながら働くのがか?)
「あはは、違いますよ……」
(千葉と言うのかぇ? あのおなご)
「えぇ、千葉加奈子って言うんです。そういえば龍馬さんが江戸で剣の修業した千葉道場の娘さんは、確か千葉さなこさんでしたよね。なにか奇遇ですね」
(あぁ、そうじゃな……)
「彼女と恋仲だったってのは本当なんですか?」
(おぅ、お、おんしはほんまに、わしのことをよぅ知っちょるのぉ。なんかやりにくいがぜよ)

龍馬さんが少しだけ慌てたように見えた。
「それだけ龍馬さんの歴史は記録に残ってるんですよ。あと龍馬さんを主人公にした小説もたくさんありますよ」
(そうがか?)
「そうですよ。そんな小説の影響もあって僕は龍馬さんをずっと尊敬しているんですよ。江戸の幕末の風雲児ってね。女性とだって、当時は人前でべたべた出来なかったのに、龍馬さんは手をつないで歩いていたってね」
(おまんの言うことは少し大げさじゃがな。でも、さなさんは、ほんとわしに好意を持ってくれちょったぜよ)
「剣にも長けていたんでしょ」
(そうじゃ、勇猛な剣とは全く違ったおなごらしい面もあっての……)
「なんか龍馬さんが渡した片袖を大事にして一生、龍馬さんのことを婚約者として慕い続けて独身を通したって本で読みましたよ」
「な、なに? そりゃ、ほんまか? あちゃー、わしが態度をはっきりさせんかったのがいかんかったか?」

僕は龍馬さんが死んだ後の千葉さなこのことを詳しく話してあげたが、自分が早死にしたことを後悔しているようだった。
(ところで最後に〝でなーならいいわよ〟と言っちょったが、なんじゃ〝でなー〟というのは?)
「あぁ、ディナーですね。晩めしということですよ」
(じゃ、あのおなごはおまんと晩めしを食べたいと言うちょったのか?)
「えぇ、昼の安いランチより晩飯でご馳走を奢ってもらいたかったんでしょうね」
(ほんまにそれだけか? あのおなごは、おまんのこつを好いとるのじゃなかか?)
この人はまたおかしなことを言うと思った。
(昼ではなく、夜におまんと一緒にいたいと言ったんじゃち思うが。そいが何を意味しちょるか分かるがか? 時代が変わっても男女の営みは変わっちょらんのじゃろ?)
「龍馬さん、変なこと言わないでくださいよ」
(そうかぇ? わしはおなごの気持ちはよく分かるほうじゃち思っちょるんじゃ。お龍とはしっぽり楽しくやったぜよ。鹿児島も二人でずっと旅したこともあるがぜよ)

忘れていた。龍馬さんは女性にもてたということを。この人と一緒に話していると奥手な僕はずっと冷やかされることになりそうだ。僕は話題を変えることにした。
「龍馬さん、そんな話をしてると時間が無くなりますよ。夕方には戻らないといけないんですから」
(そうじゃった。わしは土佐の街がどうなったかを見たいんじゃき。ほら、早う案内しとーせ)
「はい、はい解りましたよ。僕今気づきましたよ。歴史の英雄は実はわがままだったんですね」
(おっ、おまんも言うようになったがじゃなかか?)

                 *

 桂浜から高知の市内までは車で三十分ほどの距離である。僕(ら)は車で市内の〝はりまや橋〟まで向かうことにした。はりまや橋であれば、龍馬さんも知っていると思ったからだ。
ホテルの前で待機しているタクシーを拾う。
「なんじゃ? これは乗り物か?」
「これは自動車と言います。今は馬ではなくてみんな自動車に乗って移動します」と説明しているうちにドアが開いた。
「うぉっ、扉が勝手に開いたがじゃ」
いちいち驚くため、僕の口が声を発する。
「早く乗って、乗って」僕は運転手に土佐市内へ向かうように伝えた。この運転士も〝僕のひとりごと〟を聞きながら不思議そうな顔をしていたが、まもなく車を出発させた。
(これは本当に楽な乗り物じゃな。しかも、たくさん走っちょるぞ。こんな乗り物が江戸の世にもあったら、わしももっと日本をあちこちと簡単に行けたんじゃろぉの)
「龍馬さん、当時は長州やら薩摩には本当に歩いて行ってたんですか?」
(そうじゃ、まぁ、たまには船にも乗ったがの。わしゃ、脚が強かったきに、日本をずっと歩いて回ったがじゃ)

県道34号線を北に向かうと山が見えてきた。
「なんじゃ、あれは? 山に穴が開いとるぜよ。お、お、おぉ……、これは隧道か? とんでもなく長い隧道じゃっ」
「ずいどう、あっ隧道ですね。そうです、でも今はみんなトンネルって呼んでます。今じゃ、機械で山を掘削するんで、どんなに長いトンネルでも掘れるんですよ」
「な、長いって? どれくらいじゃ?」
「そうですね。例えば北海道と青森、北海道と言っても分からないですね。蝦夷地と津軽かな? 海底トンネルでつながっているんです。九州と下関もね」
「ほんまかぇ?」
「嘘じゃありませんよ」
(ほうけ。じゃがわしは土佐を脱藩するときに暗い山道を必死で登ったがじゃ。土佐はまわりを山に囲まれちょるきの。わしも、こんなトンネルがあれば、もっと楽じゃったのぅ)
龍馬さんの言葉は恨み節にもとれるが、逆に現代の文明の進化をひとつひとつ楽しんでいるようにも思えた。

 トンネルを抜けてしばらくすると高知市内に入る。急に市街地となるので高い建物が立ち並び、昔からの幹線であるこの道路の中央には路面電車が走っている。
(大きな建物がずっと続いとるがじゃ。これが今の土佐の街か?)
「はい、特にここら辺はお城に近いんでビル、ビルディングが多い場所ですね」
(おっ、鉄道じゃ。これも見たのは初めてじゃが、聞いたことはあるぞ。やっぱり鉄道はすごい乗り物じゃのぉ。見ろ、あの窓を……たくさんのひとを一度に運んでおるぞ)
自慢げに知識を披露する。せっかくなので途中の電停の近くでタクシーを降りて路面電車に乗り換えた。
(これが鉄道か。話には聞いたが、まさかわしも乗れる日が来るとは思いもよらんかったがじゃ)
「龍馬さんが生きていた時代は、イギリスで蒸気機関車が発明された頃でしたかね」
(そうじゃ、蒸気機関車じゃ。ロコモティブってやつじゃ)
勝先生や河田小龍から学んだ外国の知識を、まだ覚えていたのが嬉しかったのか、ご機嫌な様子だ。
「でも、龍馬さん。この鉄道は、ほら上部に電線が張ってあるのが見えますか? 今は電気で動く電車というのがが主流ですよ。ほら、蒸気機関車から出る煙も見えないでしょ」
(これはちと早とちりをしてしもた。電車か。陸蒸気も進化しちょるんじゃな)
「でもこの四国には走ってないですけど、東京……江戸の今の呼び方ですけど、その東京から京都までは新幹線という鉄道が走ってますけど、二時間ちょっとですよ」
(二時間というのは、時間のこつか? わしの時代ならどれくらいじゃ?)
「あ、ええと……江戸時代の時間だから、一時ですよ。いっときです」
(岡田君、わしがなんも知らんち思うて冗談ばかり言っちゃ困るぞ)
「冗談って……、冗談みたいに聞こえるかもしれませんが、まぎれもなく事実なんですよ。もっと早い鉄道、リニア、これも説明が難しいな……」

 超電導で走行するリニアモーターカーを説明するのは難しいと悩んでいたら、もっと説明しやすいものを見つけた。
「あっ、ちょうど良かった。龍馬さん、右、右」
(右がなんじゃ、ビルディングはさっき見たぞ)
「違いますよ、上です。あのビルの上の空を見てください」
(空……、なんじゃ、よく晴れとるがなにかあるがか?)
しばらく空を見上げていたがよくわからないらしい。答えを教えようかとも思ったが、龍馬さんが必ず気づくと解っていたので、黙っていた。歴史の英雄坂本龍馬が驚くさまを見て見たかった。
「う、うん?」
やっと気づいたようだ。
「お、岡田君、ありゃ、ありゃなんじゃ? 空に何かが、う、うかんどる……あれじゃ」
「あれが飛行機です。ちょうど高知空港から出た便みたいですね」
「空を……と、飛んどるがか?」
「そうですよ。あの細い胴体の中にひとを載せて飛ぶんです。両側に大きな羽みたいなものが見えますよね? あの翼で飛ぶんです」
「こりゃ、たまげたのぉ。どうやって飛ぶんじゃ?」
「僕も専門家じゃないんで、詳しくは説明できないんですけどあの翼を空気が流れて飛行機が浮くんです。あの飛行機でアメリカまで飛んで行けますよ」
「わしゃ、黒船を見た時も仰天したが、今も同じ気分じゃ……。岡田君はすごい時代に生きちょるんじゃのぉ」

 その後も土佐の街を気の向くままに散策した。龍馬さんが感動する度に僕の口から大きな声が発せられるため、周りから注目を浴びることになった。

(岡田君、これだけ見れば十分じゃ。鉄道とか飛行機とか自動車とか乗り物が進化を遂げたのが、よぉ分かった。じゃがの、電車の中に乗っていたひとは皆何をしておったんじゃ? しきりに手鏡みたいなものを見ておったがじゃ。じゃから車内が静かじゃったが、逆に静かすぎて怖かったがじゃ。皆が孤独そうに見えて……だぁれも話ばしちょらんのじゃき)

「あぁ、スマホですね。あれはあれで楽しいことでもあるんですけどね。確かに龍馬さんには理解できないかもしれませんね。僕でも時々、文明が進んでいくにつれて人間味がなくなるように感じるときがありますからね。技術が進歩していけばいくほど、人と人のかかわり方が難しくなるんですよ」 (そうかぇ? なんかそりゃ残念なことに思えるが……)
「そうですね。僕は今は高知で働いてますけど、この土佐はまだ田舎だからましなほうで、東京なんて人が多すぎてなにか人間関係が希薄で…そんな雰囲気が苦手で地元に戻って仕事をしてるんです。 (今の江戸はそんなになっちゅうがか? 確かに江戸の街はひとが多かったが……」
「江戸のころは、みんなが江戸っ子だったんでしょうけど、東京には地方からたくさんのひとが押し寄せるんで、あ、もう関所とかないですからね。自分がどこかに移って暮らしたいと思えば自由に移り住めるんで」
「関所がなくなった? ほなら、もう脱藩はせんでも旅にいけるのかぇ? わしは命がけで脱藩したがじゃぞ!」
「あ。そもそも、もう藩はありませんからね」
「な、なんじゃと~っ!」


                  *

 藩が無くなったということを聞いて龍馬さんはよりショックを受けた。それは自分が死んだと気付いたときよりも落ち込んだように見えた。
(そうかぇ。もう土佐藩はないのかぇ)
「えぇ、廃藩置県といって今ここは高知県という場所です」
(じゃ、もう山内のお家もないのじゃな?)
「はい、各県には県知事といって選挙で選ばれたひとが政治をやってるんです」
(そうか、選挙じゃな。デモクラシィじゃ)
「そうですよ、龍馬さんが考えていた身分の差別がない世の中になったんですよ」
(岡田君、それを聞いて安心したがじゃ! ありがとう)
「そんな……」
(いや、わしは大政奉還で新しい世の中がくればと思っちょった反面、ほんとに正しいことをしちょるのかとも悩んじゃった。じゃが、土佐の郷士として味わったあの苦しい思いが、わしを突き動かしちょった。身分にしばられない世の中をつくるために、わしは脱藩までしたんじゃ。その結果を今日知ることが出来てわしはうれしいがじゃ)
姿は見えなくても龍馬さんが泣いているのが分かった。
 
(じゃが、あの会議はいったいなんだったんじゃ? みんな鉄道が動いちょらんのに、金がないから工事が出来んって……、それに誰も鉄道に乗らんからもう廃線にした方が良いじゃろうって。どうも、納得がいかんかったがじゃ)
「そうですね。さっき電車から道路を走る自動車が多く見えたでしょ。あの自動車は道路によっては鉄道よりも速く走れるんですよ。高速道路というのが日本全国に張り巡らされていて、自動車で長い距離を移動出来るんです。しかも安くね」
(そうがか?)
「家には自動車が何台もあって……馬がたくさんいるような感覚ですかね。家から目的地まで自動車で行くことが出来ますからね。それに比べて鉄道はいちいち駅まで行かないと乗ることが出来ないじゃないですか?」
(確かに自動車は便利そうじゃな)
「自動車があまりにもたくさん増えすぎて地方の鉄道にはひとがあまり乗らなくなったんで経営がうまくいかなくなり問題がたくさんあるんですよ」
(ほうかぇ、いろいろと大変なんじゃな?)

龍馬さんは乗り物に興味があるようでひととおりの交通事情を説明してあげた。
「そうじゃ、そういえば勝先生は? 勝先生はどうなっちゅうか、おまんは知らんか?」
「龍馬さん、大政奉還までは御存知ですよね? 江戸幕府が朝廷に政権を返した後も徳川家に対して戦になる危機となり、西郷隆盛を筆頭に薩摩が江戸に向かってたんです。そうなれば江戸の町は火の海になる。そのことを一番心配したのですが勝先生でした。勝先生は薩摩軍の総大将だった西郷隆盛と話をして戦を起こすことなく江戸城の開城に成功したんです。
(ほうかぇ、そりゃさすがに勝先生じゃのぉ。わしも本当は勝先生宅に出向いたとき、場合によりゃ先生を斬ろうと思っちょたが、斬らなくて良かったがじゃ。勝先生とともに海軍操練所の立ち上げに奔走したき活躍出来たと思ちょっるがじゃ。先生がいなかったらわしは唯の脱藩浪人で一生を終わったじゃろう)
 龍馬さんは勝海舟の話を聞くと安心したようで、恩師のことをしみじみと思い出しているようであった。
(けんども、おまんは歴史をよう知っちょるのぉ)
「僕は大学で歴史を専攻していましたからね。生まれもこの高知なので龍馬さんを尊敬していますし、特に幕末から明治維新の頃が好きですね。そう、西郷隆盛と大久保利道たちが作った政府ですよ。
「そうだ、西郷や一翁さんのことも教えてつかぁさい。桂さんや慶喜公は……」

龍馬さんはそこまで言って黙り込んだ。
(ちくと待ってもらえるか?)
しばらく龍馬さんは無言になり、僕の頭の中からいなくなったかと思うほど静かになったが、その直後に僕の頭は急にクラクラし始めた。額からは脂汗が流れ、もう少しで吐いてしまいそうだ。
「龍馬さん? いったい何を? 何を頭の中でしているんですか?」
(……おう、すまんすまん。じゃが、もうええぞ。おまんの知っちょることはもう解ったき)
「えっ、どういうことですか?」
(わしはおまんの頭の中におるちゅうたき、もしかと思い念じたら、案の定おまんの考えちょうことが全部わかったがじゃ)
「全部って?」
(全部じゃ、たぶん。おまんが考えちょうことが全てわかったちゅうことじゃ。おまんがさっきのおなごのこつを好いちゅうこつもな……)
「り、龍馬さん」
(ほたえな。おまんもわしのことをようけ知っちょるき、これであいこじゃ)
「そんな……」
(でも、なんも心配いらんがじゃ。間違いなくあのおなごもおまんのことを好きじゃ)
僕の頭の中を覗いただけで、僕の行動や考えてることが解るというのだ。まだ信じられないような気持ちだったが、次の龍馬さんの言葉がそれを証明した。
(ほんでも、おまんがまじめに鉄道のこつを考えちょうことも知ってしもた。鉄道フリーパスかぇ、面白いやないか!)
「えっ、それが解るんですか?」
(おう、何故か分からんがおまえの考えが全て分かるがじゃ! おまんは若いのに色々と考えちょうやないか? 気にいったぞ。みんなの前で言ってみりゃ良かやないか?)
「えっ、でも僕なんて会社に入って、まだ三年目の下っ端ですし、発言なんて出来ないですよ」
(ほんでも、鉄道が無くなるのをどうするかっちゅう会議じゃのに、みな会社ではもう無理だから、国とか県から金をどうやって出してもらうかの話しかしちょらんかった連中より、おまんの考えちゅうことの方が面白いきに)
僕は龍馬さんに自分の考えを褒めてもらったことを喜んだ。が、同時に今までに会社内で否定された時のことも思い出して素直には喜べなかった。
「これは会議なんで、この後の懇親会もあるんでその席で話す機会もあるかもしれないです」
(なんじゃ、その懇親会というのは?)
「お酒飲みながらの顔合わせですよ。だいたい会議なんて予定通りの内容をやって、思っている本音は酒の席でみんな話すんで機会があれば僕も話をします」
「酒、酒が飲めるがか?」
よっぽど嬉しかったのか、妙に機嫌が良くなった。
「そうなりゃ、いっときも早くホテルに戻って懇親会に加わるがじゃ!」

第4章へつづく


物語の始まりは桂浜の龍馬像が消えたことから始まります。ぜひ、初めから読んでいただきたいです。

軽く読めるエッセイが好きな方はぜひこちらをお願いします。


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