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小説「北の街に春風が吹く~ある町の鉄道存廃の話~」第7話-①

・第七話 春風の吹く町


 旧足毛駅は線路が廃止になってからも町が駅舎をリニューアルして観光案内所になっている。利用者が減って廃線が決定されたが、今は自動車で人が多く立ち寄る状況で皮肉的な感じが否めない。

 駅近くの駐車場に車を止めて、道の反対側にある食堂を僕たちは複雑な気持ちで見つめる。『春待食堂』と書かれた大きな看板が店の入り口の上にかかっている。チラシの写真で見たことのある列車で知り合った老夫婦の店だ。

親父は足毛の街に着く前に、会議で示した提案がこの食堂と関係していることを僕たちに教えてくれた。僕と吉田さんも、そのことを聞いた時にこの食堂との奇異な関係を不思議に思った。

道路を渡り、開き戸のドアをあけて中に入る

「いらっしゃいませ」白いエプロンをつけた女性の店員が迎えてくれた。

「三人ですけど」

「空いた席にどうぞ。お水、お持ちしますね」

僕らは道路に面した窓際の席に座った。向かいには旧足毛駅が見えている。

「あぁ、いいにおい。夏でもおでんがあるんだ、ここ」

「いいね、何個か頼もうか」

僕と吉田さんは鍋を覗き込み何を食べようかと迷っている間に親父は店の人に尋ね始めた。

「すいません。こちらのご主人は今日はいらっしゃいませんか?」

「ご主人……ですか?」

「ご夫婦でずっと食堂をされていた方なんですが……」

「ああ、前のお店をやられた方でしょうかね。ちょっと待っててもらえますか」と言って店の奥の方に声をかける。

「すいません。マスター。ここで以前お店をやられていた人を訪ねてお客さんが来られていますが、ちょっとよろしいですか?」

店員が再びテーブルを拭き始めて間もなく、雄二と同じ歳くらいの男が店に現れた。

「はい、なんでしょうか?」

「突然すいません。こちらでずっとお店をされていた年配のご夫婦をご存じありませんか?」

「ああ、黒岩さんご夫婦のことですかね。あいにくですが、お二人は半年前ほどに亡くなられましたよ」

「えっ? 亡くなった」

「ええ。今年になって間もない頃だったかな、先におくさんがご病気で亡くなられたんですが、その後にだんなさんも後を追うように立て続けに……」

「そうですか……少しも知りませんでした」

親父は肩をおとし後悔をしている様子に見える。

「私はここから少し離れた場所で食堂をやっていたんですが、お二人が体調を悪くされてお店を閉めるということを聞いて、私からぜひお店を継がせてもらえないかと相談をさせてもらっていたんです。丁度、その話が決まった直後のことでもあったんです」

 おでんを選びながら、親父がお店の人と話すのを聞いていた僕と吉田さんだったが、途中からふたりの話に割り込んだ。

「お話中、すいません。あの…、ちょっとお尋ねしますが、このチラシはこちらの食堂のものですか?」

僕はポケットからチラシを出して、その店主に見せた。

「ああ、これは前の旦那さんたちが、店をやられていた時に作ったものですね」

「やっぱりそうなんですね」

「私もこの店の常連でもあったので、おでんなどは引き継いでやらせてもらってるんです」

「あの~、お願いがあるのですが」

僕は心のもやもやをはっきりさせたかった。

「亡くなったお二人の写真を、もしお持ちでしたら見せてもらいたいのですが……」

「あ~写真ですか。確か店に飾られていたパネルがあって……、捨てずにどこかにとってあるはずだけどな」

「マスター、私、パネルの場所知ってますよ」

近くで話を聞いていた店員が気を利かせて、店の奥に入っていったかと思うと、大きなパネルを持って戻ってきた。

「このお二人です」

ある程度の予感はあったものの、実際にその色褪せたモノクロのパネルを見て僕たちは声を失った。パネルには、お店の従業員の人たちと一緒に写る老夫婦がいた。

「やっぱり、あの時のご夫婦だ」

 お店の人たちに囲まれて屈託のない笑顔で写っているのは、まぎれもなくあの日、あの列車で話をした二人であった。


つづく             


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