好きな本の話

 ときどき、じっくりと本を読みたくなるときがあります。月に1回くらい。
 落ち着いてちゃんと読書をしたい!と思いつつも、なかなか時間がとれなかったり、スマホやパソコンで動画ばっかり観ていると、本に手が伸びなかったりする。
 でも、やっぱり本を読むことは好きで、読んでいないと、「ああ、最近本あんま読んでないな。」ってなります。
 
 僕は、フィクションよりもドキュメンタリーや随筆、哲学、エッセイ、一般向けの科学書なんかが好きで、読む本もそういうものが多いです。筆者の思考を知ることが面白いと感じているのかも。一行一行読みながら、筆者の思いや情熱に深く共感したり、それまでの自分の価値観や考え方が揺さぶられたり、知らなかった世界が開けるような体験ができるような読書は、とてもよいですよね。
 
 というわけで、今回は、自分がこれまで読んできた本の中から、この本は良かった!!という本を何冊か紹介したいと思います。
 

1.『愛するということ』エーリッヒ・フロム著

 個人的名著ナンバーワン。最初に出会った時、こんな素晴らしい本があったのか!!と、ただただ驚愕し、衝撃を受けました。著者のエーリッヒ・フロムは、非常にバランスがとれた感覚の持ち主であるとともに、洞察がとにかく物凄く深い。卓越した人間の観察眼と、それに基づく深い考察、確固たる信念も感じさせられます。
人を愛するとはどういうことか。「愛」について、この本以上に真理を突いた言説はないのではないかと感じます。また、それ以上に「どう生きるべきか」「人として成長するとはどういうことか」といったことまで含まれており、本当に深い。
 一行一行の重みがとにかく圧倒的で、例えば、「尊重とは、その人が唯一無二の存在であることを、知ることである」「」…みたいな、そんなことがサラッと書いてあります。一行ごとによくよく意味を考え、自分や身の回りの様々な人間関係、実体験や社会経験と照らし合わせたりしながら、「なるほどなぁ…」「そういうことなのか…!」と、逐一首肯させられ、あるいは身に沁みる思いをさせられます。深く考えれば考えるほど、その文章からフロムの知性や熟慮、鋭い洞察が垣間見えてきます。
 母性愛・異性愛、自己愛と利己主義の関係や、現代文明のもたらす愛への弊害、ナルシシズム等、ことの本質に迫る問題に深く深く切り込んで説いていく。その一文一文が凄すぎるんです。

 「利己的な人には自分しか見えない。彼は、自分の役に立つかどうかという観点から一切を判断する。そういう人は根本的に愛することができない。」
 「今日の人間の幸福は「楽しい」ということだ。楽しいとは、何でも「手に入れ」、消費することだ。商品、映像、料理、酒、タバコ、人間、講義、本、映画などを、人々はかたっぱしから呑みこみ、消費する。世界は私たちの消費欲を満たすための一つの大きな物体だ。大きなリンゴ、大きな酒瓶、大きな乳房なのだ。私たちはその乳房にしゃぶりつき、限りない期待を抱き、希望を失わず、それでいて永遠に失望している。いまや私たちの性格は、交換と消費に適応している。物質的なものだけでなく精神的なものまでもが、交換と消費の対象になっている。」「必然的に、愛をめぐる状況も、現代人のそうした社会的性格に呼応している。」
 
 しかし、これだけ深い内容であるにもかかわらず、本自体は分厚くなく、文章もそこまで読みにくくはない(読みやすくはないですが。)。手に取りやすいところがまたよいです。
 愛についてのフロムの叡智が記されたこの本には、計り知れない価値があると思います。
 
 

2.『虹の解体』リチャード・ドーキンス著

 個人的に好きな本ナンバーワン。
 リチャード・ドーキンスは動物行動学者・進化生物学者で、『利己的な遺伝子』で世界的に有名になりました。僕がドーキンスと出会ったのは2014年頃、『進化の存在証明』という本を読んで夢中になり、そのあとは『利己的な遺伝子』『神は妄想である』『盲目の時計職人』など、ドーキンス先生の本を何冊か読みました。特に、進化論について色々な具体例を挙げながら明快なロジックでそれがゆるぎない事実であることを説明してゆく様は圧倒的です。
 そんなドーキンス博士の著書の中でも、この『虹の解体』は、科学における好奇心を喚起することを目的として書かれた本であり、科学の視点で世界を知ることが、いかに素晴らしいことかということを書かれています。
タイトルは「ニュートンがプリズム分光を発見したせいで、虹を単なる分光学的な現象に還元してしまったため、虹のもつ神秘的で詩的な美しさが失われてしまった」というジョン・キーツの言説に対するものです。これに対し、ドーキンスは、本当の科学こそ詩的な畏敬の念(センス・オブ・ワンダー)をもたらすのだと説きます。プリズム分光から導かれ、それに連綿と続いた科学の発展と発見が、この世界がどういう世界なのかをだんだんと解明してきており、そうやってこの世界の真の姿を知ることができるということは素晴らしいことなのだ!というドーキンスの主張が、その科学の発展の歴史とともに書かれています。
 特に、本書前半にある第三章の、ニュートンのプリズム分光から、スペクトル、赤方偏移、そしてビッグバン宇宙論までを、一段一段着実に、明快に解説する部分は、「ああ、この宇宙はそういうふうに解明されてきたんだ!そういうことだったのか!」と感動させられて、本当に素晴らしいです。
またドーキンス博士は、「神と戦う科学者」という異名があるほどですが、迷信や宗教の不合理性について喝破し、バッサリと切り捨てています。このあたり、自分と価値観が非常に近いというか、自分が今まで思っていたことが明確に文章化されていて、読んでいて気持ちよかった。例えば、「星占いに熱中するより、本当の星の営みや宇宙の壮大さを知ったほうが断然深いし面白いよね」というスタンスです。
 そして、そんな科学に対するドーキンス先生のモチベーションは、「人生は貴重なんだから、この世界を知ろうよ!」ということがあります。本書から引用します。
 『何百万年の眠りを経て私たちは、豊饒なる大地、輝くばかりの色彩、そして躍動する生命に満ち溢れた惑星をまのあたりにした。そして何十年か後には、再びまなこを閉じる日が来る。ならば、この世界を理解し、私たちがいかにしてここに生を受けたのかを究明する営みが、高貴で有意義な生の使い方にならぬはずがない。…(中略)…知性を持って生まれた以上、目をさまし、世界を発見し、自分がこの世の一部であることを確かめることをせずして何だというのか。』
 僕が本書で一番好きな文章です。まさにドーキンス先生の科学に対する情熱の原点はこの文章に集約されていると言わんばかりで、科学者としての矜持が感じられます。
 (僕がキノコ図鑑なんかを眺める時間なんかも、この世界を知るという意味において非常に有意義なわけです。)
 2001年が初版なので、最新の知見は載っておらず、科学本としては時代遅れな印象もありますが、その知性と情熱は全く輝きを失っていないと思います。


3.『だからあなたも生き抜いて』大平光代

 個人的泣いた本ナンバーワン。
 ここにきてまさかの「講談社青い鳥文庫」です。全ての漢字にルビが振ってある小学生でも読める本というか、子供向けに書かれた本ですが、その内容は非常に濃いです。
 この本は、弁護士の大平光代さんの半生を書いた自伝なのですが、その大平さんの半生というのが本当に壮絶です。元々明るくて元気で、祖母が大好きな女の子だった筆者は、中学の転校をきっかけに壮絶ないじめに遭い、一度は河川敷で割腹自殺を図ります。一命をとりとめたはいいものの、それからどんどん素行不良となって、悪い仲間ともつるむようになり、しまいには極道の妻になってしまうのですが、とある人との再会をきっかけに心を入れ替え、心機一転します。その後は、小学生の漢字や算数などから自分で勉強をし直し、高卒認定を取って、それから宅建、司法書士の受験を経て、最後に司法試験に挑戦し、見事に合格することになります。
 いじめに遭っているときの悲惨な思い、誰にも苦しみに気付いてもらえず、親友だと思っていた子にも裏切られたときのこと、悲痛な思いとあらんばかりの恨みを込めて自らの腹を刺したときの状況などが克明に描かれており、心が締め付けられる思いです。
 また、家族にも自分の苦しみを理解されずに不良になっていく様や、その不良グループ内での様子、居心地は良かったけど軽薄な人間関係であったことなど、実体験をした人間にしか書けない文章で書かれていて、非常にリアルです。素行不良でありつつも、どこかで誰かに助けてほしいと願っていた感情もよく書かれており、これまた胸に刺さります。
 そして、本当に自分のことを考えてくれる恩人に出会い、それから更生して、ゼロから死に物狂いで勉強することになります。
 やっと自分のことを真剣に考えてくれる人に出会った時の喜びや、やり直そうという決意、小中学生用のドリルなんかを買って試行錯誤しながら勉強を始め、必死にもがきながらも前進していくその様に、僕は読んでいて本当に胸が熱くなり、何度も涙腺が崩壊しました。
 なんというか、世に泣かせる映画や小説なんてのは数多くあれど、やっぱり実話だと重みが全然違うというか。本人はこれを書くのも凄く勇気がいることだったんだろうなと思ったり。始めから終わりまで、本人にしか書けない生の感情に溢れていて、その時その時の辛さ苦しさから喜びまでが物凄く伝わってきます。
 関係ないですが、この本を知るずっと前、大学1年の時の英語の授業でこの大平さんのことが取り上げられたのですが、その時に「いじめられて不良になって極道の妻にもなった女性が、漢字や算数から勉強しなおして弁護士になった」という事実に非常に衝撃を受け、「自分は彼女より恵まれた環境にあるんだから、自分も頑張れば弁護士になれるのでは?と考え、今の仕事につながる道を選んだ1つのきっかけになりました。その意味では、僕の人生に影響を与えた人です。


 とりあえず、今回はここまで。
 また続きを書くかもしれません。
 

この記事が参加している募集

人生を変えた一冊

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?