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青天の霹靂52(16進法3)

中川の警護に付いた冬眞は、夜中川の部屋で話す。
「お前も辛いな」
「ええ、でも、僕は今幸せ何です」
本当に嬉しそうに笑う。
「僕は京極さんに忠誠を誓えて」
「忠誠ね。俺には分からんね」
正直に中川は言う。
「そうでしょうね。普通は?」
冬眞は頷く。
「なぜ忠誠を誓うことが幸せなんだ?」
「これは、僕だけだと思いますけど、忠誠を尽くすことで、京極さんのご両親を守れなかったという僕の両親のリベンジができるわけですから。僕がリベンジしたいと言ったら京極さんに、凄い笑われましたけどね。その機会を京極さんは下さいました。こんな名誉なことはありません」
本当に幸せそうに言う。
でも、それを聞いて中川は、何だか物悲しくなった。
将来ある若者が過去の両親の失敗をリベンジしようと躍起になるなんて。
どうして過去の為に今を生きる者がそこまでしなきゃならないんだと。
今を生きている者は、そんなに過去に縛られなきゃいけないものかねと、中川は思うのだった。
でも、神崎が自分でそう決めていることが分かる。
これは、他人がどう言っても無駄だと中川は、悟る。
「まぁ、頑張れよ」
「はい。僕より先生の方が大丈夫ですか?」
「正直言ってキツイ。こんなこと生徒だったお前に話すべきじゃないんだろうが?」
「いいえ、話して下さい。僕はもう、卒業しましたから。話せるとこまでで、結構ですから。そうしないと、全世界が壊れてしまいます」
冬眞がそう言うと、中川はぽつりぽつりと語り出した。
「自信をなくしたよ。教師になり、その理想があったはずなんだけどな」
そう言って、中川は天井を見る。
「それを同じ教師に潰され、生徒の親に潰されて、もうなった時の熱い思いはなくなったよ。それを、誰かのせいにする気はないが、確かになった時は、こうしたいと言う熱い思いがあったはずなんだけどな」
遠い過去を思い出すように、中川は言う。
「それは、思い出せませんか?」
「そうだな。難しいな」
「そうですか? 君(きみ)に事(つか)えてしばしばすれば、ここに辱(はずかし)められる、朋友にしばしばすれば、ここに疏(うと)んぜらる」
冬眞が唐突に言った言葉に中川は、頭に?マークを浮かべ、
「それはなんだ?」
「ああ、申し訳ありません。最近、夏海さんが三國志にハマっていて、その前が孔子で、僕もそれに毒されまして。どちらの言葉だったかな? えっと、確か、せっかくの進言も、あまりくどいと主君から馬鹿にされる。友情からする忠告も、あまりくどいと煙たがられる。だから、あまり進言するなと説いたものです。先生の熱い想いで進言しても、生徒にはうるさいとしか聞こえない。同僚の方も同じデス。相手のことを思い忠告しても、やはりうるさいとしか映らない。それなら、孔子曰く『言うよりも己の行動で示せ』ってね」
「俺も学生の時、孔子に嵌ったな」
「先生もですか? 廉夏さんと同じレベルですね。廉夏さんは今、孔子に填(ハ)まりまくっていますよ」
「そうか。でも、孔子は良い事を言っているよ。かくゆう俺も心情にしている言葉がある」
「なんですか?」
「確か、『仕事は自分で探して、創り出すものだ。与えられた仕事だけをやるのは、雑兵だ』だったかな?」
「案外、先生ってシビやですね」
「まぁな、でもやはり孔子は良い事を言う。行動でしめせか?」
「ええ、時間はかかりますが、出ずれそれに、ついて来る人が現れます。それを信じて今は耐えるときだと思って行動して下さい」
「ああ、お前のように分かってくれる者もいるしな」
嬉しそうに笑う。
冬眞は照れたように、「もう寝ましょう。それから、廉夏にはさっきのことは内緒ということで」と言い中川を笑わせた。
「分かったよ、ヒミツだな。さて、もう寝るか?」
「ええ、お休みなさい」
そして、二人の夜は急速に更けて行った。
翌朝、廉夏から中川宅に電話があった。
「良かった。まだいた。先生、鮎川拓也(アユカワタクヤ)って、生徒、覚えてない?」
「ああ、確か3年前の卒業生だな。あいつがどうした?」
「彼、どんな人だった?」
「どちらかと言うと、大人しい子だったな? 京極とは正反対だ。彼がどうした?」
「なんか、今、気になるフレーズがあったけど」
「気のせいだろう」
「そう言うことにしといてあげる。彼ね。2週間前、南にコテンパに振られているの。その際、先生の名前が出ているわ。ま、南には他意はなかったんでしょうけど」
「どう言うことだ?」
「南ったら、告られたときに、『私、中川先生みたいな人がタイプなの。彼方、全然違うじゃない。だから、無理』そう言って、彼を振ったらしいの。南らしいけど、それで振られた男の憎しみは当然、先生に行くよね。迷惑な振り方。振るなら、他の人を巻き込まない振り方して欲しいわ」
「そんなことが」と、それを聞き中川は黙る。
そうやって振られた男の気持ちを思うと同情もするってもんだ。
それに、廉夏は容赦がなかった。
「小さい男よね。ね、そう思わない? 中川先生に冬眞」
それに、二人は苦笑いする。
そして、同情する。
これは,男と女の差かもしれない。
その話を聞き、男は同情するのに対し、女は切り捨てる。
そこが、男と女の違いかもしれないなと、そう思う中川だった。
「そうか」
「その人、先生にとってどんな生徒に位置付けられているの?」
廉夏が不思議そうに聞けば、中川は、不思議そうに聞く。
「どんな位置付けとは?」
「その子は先生の中でただ、大人しいだけの青年?」
「う~ん、大人しかったけど、そこしれぬ闇を持ってたように思う。昔、あいつが生徒指導の先生ともめている時庇ったことがある」
「じゃあ、感謝されるよね」
廉夏は思ったことを言う。
「いや、それが奴には堪らなく屈辱だったんだと思う」
「分からないな」
廉夏は首を傾げるが、冬眞には彼の気持ちが分かったようだ。
「分かります。庇われることこそが、屈辱以外の何物でも無かったんですね」
「ああ。俺がそれに気付いたのは、あいつが卒業してからだ」
「でも、それって逆恨みだよね」
「たぶん、自分が庇護されるべき存在なんだと思い知らされた。男なら屈辱を感じますね」
「ああ、あいつもその時たぶん感じたんだと思う。それは、自分で立とうと思っていた者なら、尚更、屈辱かもしれないな。そこには、感謝なんかはないんだ。ただ、怒りだけだろう」
「どうして? まだ、庇護されるべきでしょ? そんなに早く大人にならなくてもいいのに。それ、廉兄が聞いたら、怒るよ。廉兄は学生時代を満喫出来なかったから」
「ここでは、廉さんのことは考えないようにしましょう。その人に認めてもらいたいと言う子供の思いがあるからでしょうね。内川先生は心当たりありませんか?」
そう言われて、冬眞の言葉にハッとする。
「そう言えば、1年生の頃、やたらと懐いて来たな。忘れてたよ」
「そうでしょ?」
冬眞は面白そうに笑う。
「その彼は、先生に助けられるんじゃなく。たぶん、彼は共に戦えると認めて欲しかったんでしょうね。それが、先生に庇われた上に、好きな子に先生を理由に振られてキレたんでしょうね?」
冬眞は可笑しそうに笑う。
「それでは、大人だと認められませんよね。自業自得です。年齢何か関係ありません。大人な人は年齢なんかで決まる訳じゃない」
「それには賛成だ。京極は泣き虫だったが、ある意味大人だったもんな」
先生も可笑しそうに笑う。
それに、廉夏はブスッとキレる。
「ある意味って何? それって、どう言う意味。大人ってこと子供ってこと?」
「さぁ、中川はどう思う?」
意味深に聞く。
「そうですね。僕は京極さんを綿菓子のような人だと思いますよ」
冬眞の言葉に、中川は首を傾げる。
で、その意を聞く。
「その例えは?」
「軽いんですが、軽いからと調子に乗って食べていると、喉が渇いて仕方ない。どうしても、水に手を伸ばさずには、いられない。でも、その水がとても高く普通の人には、手が出せないって感じですかね」
「なんだそりゃ?」
「えっ、だから普通の人には手が出せないものってことですよ。下手に手を出すと火傷ですめば良い方ですね」
「何よそれ?」
怒ったように廉夏が言えば、冬眞は補足する。
「それだけ、廉夏さんが良い女と言うことです」
冬眞の補足に廉夏は嬉しそうに頷くと、これからのことを打ち合わせする。
「そう言えば、先生噂で犯人と思われてるの知ってる?」
「ああ、そうらしいな」
中川は顔をしかめて、どうでも良いように言う。
「先生それ聞いて、どう思った?」
廉夏に聞かれて、中川は不思議そうな顔をする。
「どうとは?」
「なんか、犯人とか言われてムカつくとか? もしくは、死にたいとか?」
「別に思わないな」
「良かった。この噂を流した人の思わくは、たぶん、先生を自殺に追い込むことだと思う」
「俺はそんなことで、追い込まれたりしないけどな。犯人の思惑は外れたな」
「でも、これで諦めてくれれば良いけど。ねぇ、これからどうする? それを話したいから、どっかで待ち合わせしましょう?」
電話から聞こえて来た声はなぜか楽しそうなものだった。
冬眞は呆れ気味に言う。
「なんだか、楽しそうですね?」
「べ、別に、面白そうなんて思ってないわよ」
と、上擦った声で言う。
明らかに、何だか楽しそうだ。
違うと言うだけ、可笑しいだろう。

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