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一目だけでも妻に会うことは叶いませんか

コロナ禍でもいのちは生まれる。
面会、立ち合い分娩を制限する施設がほとんどで、私の勤務する病院も例外ではない。
妊婦さんは一人で陣痛に耐え、母になる。
お産は何が起こるかわからない。
自然分娩を前提に経過をみていても、時に分娩誘発や緊急帝王切開といった医学的介入が必要になることがある。
私の働く施設では、陣痛促進剤を開始する時や、緊急で帝王切開となる際はご家族に来院してもらってお話する決まりになっている。ただ、来院してもらっても、家族が入れるのは説明室までで、妊婦さんとの接触はできない。説明を聞いて、そのままお帰りいただくことになる。
その日も、陣痛が弱く、陣痛促進剤を開始することになった妊婦さんの夫への説明を終えた。お話の最後のことだ。
「あの…」

「一目だけでも妻に会うことは叶いませんか?」

この時代に、こんなにも純粋なフレーズを聞くことになるとは思わなかった。
なんと健気な、純粋な言葉だろうか。

人間としての感情と、医師としての感染管理の立場の狭間で、私の気持ちは揺さぶられる。
どんなに願っても、叶えたいと思っても、今は叶えられない願いが、あるのだ。

その妊婦さんが産後5日目、笑顔で、夫の、赤ちゃんの父親の待つ家に帰って行ったことが私の救いだ。

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