影響力の武器
・影響力の武器
人間の行動の多くは自動的で紋切り型です。
私たちは、とてつもなく複雑な環境に住んでいます。
これに対処するためには、思考の近道を用いることが必要なのです。
判断のヒューリスティックと名づけられているこれらの簡便法は、ちょうど「高価なもの=良質なもの」というルールと同じように作用します。
このおかげで多くの場面で単純な思考で物事に対処できるようになるのですが、時にはそのせいで高くつく過ちを犯す危険もあります。
本書で特に重要になるのは、どのような場合に、他人から言われたことを信じたり、それに従ったりするべきかが分かるヒューリスティックです。
状況の中にある一片の情報に機械的に反応してしまう傾向は、私たちがこれまでに自動的反応、あるいは「カッチ・サー」反応と呼んできたものにあたります。
これとは対照的に、全ての情報を十分に分析した上で反応する傾向はコントロールされた反応と呼ばれています。
数多くの実験的研究によると、情報を注意深く分析しようとする欲求と能力がある場合、人はコントロールされたやり方でそれらの情報を処理することが多く、そうでない場合には、もっと簡単なカッチ・サーというやり方を使いがちになります。
・返報性
これは「他人がこちらに何らかの恩恵を施したら、自分は似たような形でそのお返しをしなくてはならない」というルールで、その味が甘くても苦くても、必ずや私たちのところに戻ってくるのです。
返報性のルールによって、恩恵を受けた人は要求を受け入れやすくなるのは当然です。
そして、返報性のルールさらに大きな特徴があります。
「恩恵を与えた人への好感度と要求を受け入れる割合の相関関係が全くない。」
「余計なお世話をされた場合でも、恩義の感情が生まれてくるようにできている。」
「小さな親切でかなり大きな恩返しをする義務感を相手に生じさせることができる。」
つまり、客にちょっとしたプレゼントやオマケを渡しさえすれば、売れる見込みのなかった商品やサービスを売ることができると、商売人の間では知られるようになっています。
たとえば、スーパーで「特に好意のあるわけではない店員」から買い物客が試食品をいきなり渡され、「お腹がすいている訳でもないのに食べてみるように勧められます。」
それで、試食した品をそれほど気に入っていなくても、その製品を「無料で試食した以上に買ってしまう」ことになります。
返報性は「譲歩」でも相手に要求を受け入れさせやすくなります。
たとえば、あなたがある要求を私に受け入れさせたいとする。
まず確実に拒否されるような大きな要求を私に出します。
私がそれを拒否した後、それよりも小さな、あなたが元々受け入れて欲しいと思っていた要求を出すのです。
これらの要求を上手に組み合わせて提出できれば、私は二番目の要求を自分に対する譲歩だと考え、こちらも譲歩しなければという気になり、二番目の要求を受け入れるでしょう。
防衛法として、最初の厚意や犠牲の申し出をいつも断るのは、頭で考えるほど簡単にはいきません。
なぜなら、それが本心から出たものなのか、あるいは私たちを食い物にしようという企みの第一段階なのかを見分けるのが難しいのです。
ですから、やみくもに拒否するというやり方は、あまりお勧めできません。
もう一つの対処法はもっと有望です。
人が親切をしてくれるというなら、「先々自分がお返しをする義務を負うことは心に留めておいて、それをありがたく頂戴しておけばよい」のです。
けれども、最初の親切が、私たちを刺激して、より大きなお返しを得ようとするために特別に仕組まれた策略だと判断したときには、話は全く違ってきます。
その時は状況を定義し直すのです。
たとえば、消火器、防火に関する情報、危険個所の点検を、贈り物ではなく、販売の手だと考え直すだけで、勧誘を断るもの、あるいは、受け入れるもの、あなたの自由になります。
・一貫性(コミットメント)
これは、「自分がすでにしてしまったことと一貫していたい。そして他者から一貫していると見られたい」という欲求です。
この一貫性の性質を利用してすれば、私があなたにコミットメントをさせる(立場を明確にさせたり、公言させたりする)ことができたら、あなたの自動的な一貫性を、そのコミットメントと一致させるお膳立てが整ったことになります。
たとえば、寄付依頼の電話をかける場合、まずは相手の気分や体調を尋ねます。
「●●様こんにちは。今夜のご気分はいかがですか?」
このような丁寧で中身の挨拶は、礼儀正しくかつ中身のない返答、「うまくいっています。」などを引き出そうそしているのです。
この返事をした途端、援助させることがとても簡単になります。
「それはよかったです。本日お電話を差し上げたのは、●●で被害を受けた人達を支援する募金に協力いただけないかと思いまして。。」
行動を含むコミットメントをしてしまうと、自己イメージに一貫性を保たせようとする圧力が、自分の内側からも外側からもかかります。
自己イメージや将来の行動を変化させるのに最も効果的なのは、「何らかの行動を含み」、「人前で行われ」、「努力を要する」コミットメントのようです。
しかし、効果的なコミットメントには、もう一つ、今あげた三つを合わせたよりも重要な要素があります。
社会科学者によれば、人は「自分が外部からの強い圧力なし」に、ある行動を選択を行ったと考えるときに、「その行為の責任が自分にある」と認めるようになります。
つまり、何かを本心からやらせようと思うなら、決して魅力的な褒美(報酬など)で釣ったり、強く脅してはいけないということが言えるでしょう。
これらの防衛方法は一つしかありません。
それは、一貫性は基本的にはよいもので、不可欠でさえあるけれども、なかには馬鹿げていて、コントロールしにくい、避けるべき種類の一貫性も存在すると意識することです。
そして、自分が馬鹿げた一貫性を保つように振舞っている疑いがあるときは、「今知っていることはそのままにして時間を遡ることができるとしたら、私は同じ選択をしただろうか」という、質問を自分自身にします。
たとえば、自分が採用した社員をクビにするか迷っているとき、この質問を自分にします。
そしてその答えこそ、一貫性を抜きにした「合理的な答え」です。
・社会的証明
この原理が特に適用されるのは、一般的に、自分自身に確信が持てないとき、状況の意味が不透明あるいは曖昧なとき、そして不確かさが蔓延しているときに、私たちは他者の行動を正しいものと期待し、またそれを受け入れるようです。
こうした特徴は、この原理の強みであると同時に弱点でもあります。
バーテンダーは、よく、店を開ける前に何枚かのドル紙幣をチップ入れに混ぜておきます。
教会の受付も、しばしば同じ理由で募金箱に前もってお金を入れておきます。
こうすることでお金がよく入るようになります。
研究者もまた、社会証明の原理に基づいたお届くべき結果を得たこともありました。
たとえば、犬を怖がる三歳から五歳の子供たちを選び、その子たちに、小さな男の子(ポイントは類似性)が犬と楽しそうに遊んでいる様子を一日に二十分見せました。
たったこれだけのことなのですが、犬を怖がっていた子供たちの反応に顕著な変化が生じました。
自ら進んで犬を可愛がり撫でまわすようになったのです。
ニューヨークで殺人事件があり、殺害されるまで三十八人もの人が見ていたのに、誰も行動しなかったという点が強調されてきました。
しかし心理学者は、それだけの多くの観察者が「いたので」、誰も助けなかったのだと考えたのです。
その理由は少なくとも二つあります。
第一の理由は、助けられそうな人が他に何人かいれば、一人ひとりの個人的な責任は少なくなるからというものです。
「たぶん、誰かが助けるか、助けを呼ぶかするだろう。もう、そうしているかもしれないな。」
第二の理由は、もっと心理学的に興味深いものです。
多くの場合、緊急事態というのは、それが緊急事態だとはっきりわかるものではありません。
隣の部屋が騒がしいのは、警察を呼ばなければならないような暴行が行われているかもしれませんし、特別派手にやり合っている夫婦喧嘩なのかもしれません。
このような不確実さがあるときには、周囲を見まわして、他の人々の行動の中に手がかりを求めるのが、自然な傾向です。
これこそが集合的無知の状態なのです。
「そのとき人は、誰も関心を払っていないのだから、悪い事は何も起こっていないのだ、と判断してしまう。だが、その間にも誰か一見落ち着いて見える他者の姿から影響を受けていなかった。一人が反応を起こすまで、危険の度合いは高まり続けるのである。」
ここまで見てきた研究結果に基づいてアドバイスをするなら、もし自分の体調が悪くなり、助けを求める場合、大声で助けを求めるのではなく群衆から一人の人間を分離しなさい、ということになります。
その人だけを見つめ、まっすぐに指をさし「あなた、そう、そこのジャケットを着ている方です。助けて下さい。」
こう言うだけで、あらゆる不確かさを取り除け、援助する責任が自分自身にあるのだと理解します。
防衛方法として、「社会的証明による自動操縦装置を完全に信用してはいけない」ということです。
したがって、ときどき装置を点検し、状況の中にある他の証拠、客観的な事実、自分が以前に体験したこと、自分自身の判断にそぐわない反応をしていないかどうか、確かめなくてはいけません。
・好意
一般的に言って、私たちが最も頼みごとを聞いてあげたいと思うのは、相手をよく知っていて、しかもその人に好意を持っている場合です。
しかし、営業マンたちは、利用できる既成の友人関係がないときでさえ、極めて直接的な承諾の戦略を利用することによって、好意の絆を利用し、利益を得ようとします。
では、どのようにして他人から好意を獲得できるのかをみていきましょう。
①外観の魅力
これまでの研究によると、私たちには、外見の良い人は才能、親切心、誠実さ、知性といった望ましい特徴を持っていると自動的に考えてしまう傾向があります。
②類似性
私たちは自分に似ている人を好みます。
たとえば、頼みごとをする側が類似性を操作して、好意と承諾を得るもう一つの方法は、似たよった経歴や趣味を強調することです。
似たもの同士ですね。と近づいてくる相手には特に注意するようにしましょう。
③お世辞
誰かが自分のことを好きだという情報には、お返しとしての好意と自発的な承諾を生み出す、魔法のような効果があります。
防衛方法は、好意を高める方法が数限りなくあるからこそ、好意のルールを利用する丸め込みの専門家に対する防衛法のリストは短いものでなければなりません。
そして何よりもタイミングが大事です。
好意を形成する要因が私たちに働きかけてくる前にその作用を認識し、防止しようと努めるよりも、なすがままにさせておく方がいいかもしれません。
承諾誘導の専門家への不当な行為を生みだしうる事象ではなく、不当な好意が生み出されたという事実の方に注意を向けるべきなのです。
「その人に対して、予想以上に早く、しかも強い好意を抱いてしまったという感情です。」
ひとたびその感情に気づけば、何らかの戦術が用いられていることがわかり、必要な対策が取れます。
心の中で好意を抱いている人と、要求(商品など)を分けて考えるのです。
・権威
人は権威者の命令にはとにかく従おうとします。
権威と認められた人からの情報は、ある状況でそのように行動すべきかを決定するための思考の近道を提供してくれるからです。
従う相手が経営者やリーダーに変わりこそしますが、同じような理由で服従することは利益をもたらします。
私たちの生活の一場面から、権威者の圧力が明白で強力な例をあげてみましょう。
医療です。
おそらく、ある症状に対する医師の判断は、その意志よりも高い地位にいる医者でなければ、覆すことができません。
その結果、医師の命令に対する自動的な服従という伝統が、医療従事者のあいだで長く培われてきました。
ここに、困った問題が生じる可能性があります。
医療ミスの多くは患者を担当している「ボス」つまり担当医に対する盲目的な服従に原因があるからです。
なぜなら、「いかなるケースでも、患者や看護師、薬剤師、担当医以外の医師たちは、処方箋に疑問をもつことはない」のです。
権威者に対して自動的に反応する場合、その実態にではなく権威の単なるシンボルに反応してしまう傾向がある。
①肩書
②服装
③装飾品
防衛方法として、次の二つの点について自問するのが、権威の命令に従うべきか否かを決める上で、非常に役立つでしょう。
「この権威者は本当に専門家だろうか」
たとえ服装が示していたように、その男性が実際の世界では権威ある人物だったとしても、当然その人の行動や考えがすべて正解であるわけではない。
「この専門家は、どの程度誠実なのだろうか」
私たちがいうことを聞くと、専門家にどのくらいの利益が入るのか、ちょっと考えることによって、不適切で自動的な影響力に対抗する安全弁が一つ増えます。
・希少性
人はあるものが失われてしまうと考えるときの方が、同じくらいの価値のものが手に入ることを考えるときよりも、強く刺激されます。
そもそも人の脳自体が、私たちを損失から守るために進化してきたからです。
物事の価値を決める際、希少性の原理がこれほど強力に働いているのなら、承諾誘導の専門家たちも当然、彼らなりに同じような操作を行おうとするでしょう。
①数量限定
たいていの場合、手に入れにくいものは、簡単に手に入るものより良いものだということを私たちは知っています。
だからこそ、入手しやすさを手掛かりにして、商品の品質を迅速かつ正確に判断できるのです。
②時間制限
手に入れる機会が減少するとき、私たちは自由を失います。
そして人は、すでにもっている自由を失うことが、どうにも我慢できません。
したがって、希少性の増大、あるいは何か別の理由によって、ある対象にそれまでよりも接しにくくなったときも、その状態に反発し、以前よりもその対象が欲しくなり、より熱心に入手しようとするようになります。
希少性の圧力に対し、適切な警戒心を抱くのは簡単ですが、その警戒心に従って行動するのははるかに難しいことです。
希少性に対する私たちの典型的な反応が思考力を妨げてしまう、という点にまず問題があります。
とくに、直接競争に巻き込まれているような場合、頭に血が上り、視野は狭まり、感情が激しく湧き出てきます。
そんなときの防衛方法として、あるものに関して希少性の圧力に直面したときは、「なぜその品が欲しいか」という問いに必ず直面します。
希少性の高いものを所有することで社会的、経済的、心理的な利得を得られるからだというのが答えなら、それはそれで結構です。
しかし、所有する目的だけのために、ある物が欲しくなることはほとんどありません。
たいていは、「利用価値がある」から欲しくなるのです。
そしてそのような場合には、希少性の高いものは、それが手に入りにくいからといって、その分美味しかったり、感じがよかったり、音がよかったり、乗り心地がよかったりするわけではない、ということを決して忘れてはいけません。
『まとめ』
影響力の武器とは、動かされている方は、動かされていることにすら気づいていない。
これらは六つの基本的なカテゴリーに分類できる。
①返報性
②一貫性
③社会的証明
④好意
⑤権威
⑥希少性
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