【小説】 Days of being wild
「最近あなたの暮らしはどう?」
もしあなたにまた会えるとしたら、この言葉さえ忘れてしまうかもしれない。声も出られないだろう。でも結局、そんなに知りたくない。あなたに逢いもしたくない。
十一月
ねぇ先生、私のこと、思い出すの?
あの冬、穏やかに運河に流れていた水は私達の囁いた告白を目にしたね。
始まりの夜、覚えているの?
私は鮮やかに覚えている、昨日だったかのように。十一月だった、新しくロックダウンが宣言されたし、また家の中に締め込まれてしまった。私は泣いてばかりいた、あの日々。ルームメイトも24時間家中にいて一人の時間が無くなって、あなたに会える機会も少なくなって、教室に行くように歩きもしなかったので、気が狂いそうだった。
木曜日、五時半の授業の後だった。幸いなことにルームメイトは故郷に戻って私は一人でいた。下振れは、一人でいると余儀なく自己破壊動向に負けてしまったこと。気付かずに、過去の人に思いを致してしまって、やることを瞬き忘れてしまっていた。
そういう訳で、生傷から気を散らすためにすぐに宿題をやって送っていった。せめて天井を眺めるより有益だったんでしょ。宿題は都会と田舎についてのエッセイだった。
せっかくの一人の時間だったから、タランティーノ監督のキルビールを観ることにした。私らしい映画じゃないと分かっている。恐らくあなたが「Before Sunrise」らしい女性に私を認めていたかもしれない。だけど、なぜか丁度あれにしたか、なんか画面で美的な暴力を見たい気分だったから。愛、正気、友好、自分の性格まで盗まれていたので、私の心に絶望と孤独感しかなかった。そして、怒りが来た。あの怒りは青天の霹靂で心を焼き尽くしていた。親しい友達と愛した人に騙されてしまうなんて寂しい気持ちなんだよね。そんなことが自分に起こらないうちにわかることもないと思う。あなた、この気持ちがどれほどわかったっけ?
あの夜、寂しいのは私だけではなかったけどね。
そして、夜遅く「Don’t let me be misunderstood」の調子は部屋の空間を満たしている間に、予期せぬあなたから連絡が来た。
私の文章を読んで、あなたが思ったよりもっとその気持ちがわかっていたと書いてくれた。あなたが私達は会心の友のような感覚があったと書いてくれた。私と同じように、あなたも地元の人に変わり者、流れ者に思われていた、あなたもできるだけ遠くへ飛び出したいと思って、結局飛び出すことができた。私と同じように、あなたも世界の隠れている角まで行きたがっていた。あなたも、幸せを求めていた。
あの夜、午前三時まであなたの書いてくれた文字を何度も読んだ。それ以外のことを考えられなかった。
あの長いメールの終わりに「もし本当に会えたら自分達の経験を語り合えるといいですね。宿題を出すのはびっくりするほど早かったですね、少なくとも、ちゃんと食事を食べましたように。それはとても大切です。今日はお疲れ様でした。」と書いていた。
まだ食べていなかった。そのまま、気付かずに寝入った。
翌日、スーパーであなたに出会った。覚えていないんでしょうね。実は私だけコーンフレークスの棚を見つめていたあなたの姿を見かけ、逃げ出した。あなたが囲まれていたオーラは違うように感じた、私が近付けられなかったかのように。声を掛けたらいいのか?挨拶をしに行ったらいい?どうやってそうしたらいい?といった駆けた思いに跳ね除けられなかったのだ。私が恥ずかしすぎたからかもしれない。でもね、私、なぜこんなに彼のことしか考えていない?と思ってばかりいた。唯一の興味津々たるものに夢中になったほど生活は胸糞が悪いものになってきた。
家に帰りがけに、全体が痛くなった。
十二月
そのまま十一月が終わり、十二月が始まった。十二月の甘くて寒い空気は頭を取り巻いていた。もうすぐクリスマスの冬休みの際に地元に戻りそうだったのでもうつまらない生活はさらにもっとつまらなくなっていった気がしていた。小さい町での生活は大学に行く前にもずっと嫌いだった。しょうがないね。そのヴェネツィアに過ごした時間は人生の最も楽しく、胸躍る期間だった。あなたのおかげでそう言えるかもしれないけど、初めて周りをしっかり見るのに立ち止まった。
そこで、ある水曜日の夜、また出会った。十二月一日、病気がかかったルームメイトのために買っておいたピザを両手で運んでマスクをした私を見てあなたはすぐに見分けてくれたのね。あの夜の会話、まだ心に打刻している。ヴェネツィアの静かな道であなたの声は叫びのように聞こえた。
「おぉ、ここで会えるなんて偶然ですね。」
マスクの下であなたがニッコリしていたと感じられた。秋の夕方がどんなに暗くても、あなたの黒い瞳が町を照らし出すほど光っていた。
私を家までついてきてくれた。その気持ちは数日間心を温めてくれていた。今だと、違う気持ちになってしまったけど。ただ懐かしくなる。
家まで歩いている間に少しお喋り出来て本当に嬉しかったです。
「あのう・・・○○さんの先週のエッセイを読んで○○さんのことがもっと分かった気がします。実は僕、本当にこの話をする機会があるといいなと思ったんですけど、今や目の前でいるのだけど何を言ったらいいか知らなくなっちゃったなあ。」
「そうですか。二人は似た者みたいですよね。××さんは地元で過ごした十代の経験がなんか響き合うようですね。」
「○○さんの場合は知らないのですけど、僕にとって実家は刑務所のように感じたんです。一般的に人の考え、家族の期待、そんな感じです・・・」
「そうなんですか。では、かなり同じ経験でした。人達の考えは中毒性のように感じますね。もう書いたと思うんですけど、異端者の若者としてイタリアの真ん中、山に近く小さい町で生活するのはなんか苦労ですね。」
「わかります。二人はなんか変な人なんですからね。」とあなたは言った。
「変?いいか悪いか知らないですけど。」とくすくす笑った。あなたも笑った。
天使、神様までもあなたの笑いが羨ましいだろう。
「そうなんですね。僕なら、悪いしかない。でも○○さんならいいに違いないですね。」と言った。駄目なお世辞じゃないかと思った。同時に、あの「僕なら、悪いしかない」の意味を知りたくなった。
「あのう、実はあたし着いたんです。私のアパートです。」ドアの前で止まった。
「あぁ、そうですか。僕も近くに住んでますよ、そっちの家。」人差しで赤い表をした家屋を指した。でも家の代わりに、あなたの半分くらい隠れた顔を見た。どんな表情を隠しているの、そのマスク、と思った。
「手伝いましょうか?ピザで。」と聞いてくれた。
「あっ、大丈夫です、ありがとう。ご心配をありがとうございます。」
あなたは目の前で立って私を見つめていた。
「そう。じゃ行きます。また明日。」と速く言って歩き出した。間違ったことを言った気がしたのかな。
「また明日」と返す時間までもなかった。あなたはもう消えてしまった。今のように。
二人はなんか変な人なんですからね。何度も何度も聞き続けていた、何をしていても。聞けば聞くほどあなたで頭がいっぱいになった。
それは、私達の全ての始まりだった?またはもう始まったの?
宿題を送るのはあなたと深い通信のきっかけになったにつれて、あなたのことがいつも頭から離れずにいた。あなたのことを知れば知るほど、その優しい顔をまた見られる日を待ち焦がれていた。だって、パソコンの画面から全くダメだった。だって、その真珠のような瞳にあるあどけないきらめきを見たくなった。だって、先日あなたの言った言葉を思い詰めていた。死ぬほど逢いたくなってきた。
ある日、実家に戻る前にドアを叩いてあなたのところに来て震えていた私の姿は幻想だった?現実だった?「あのう、先日、変な人って・・・どんな意味でしょうか?先日からずっと考えていますが、ただ辞められないんです。どうしてこのバカなことをしているかもわかりません。どうしてここに××さんに聞きに来たのもわかりませんが、もうやっていられないです。では、その意味を教えてください。意味を知りたくてたまらないです。あるいは気が狂いそう・・・です。」と考えずに言った少女は私だった?如何物の記憶か、本当のことか?もし本当のことだったら、そうする勇気をどこで見つけてしまったの?
またそのキラキラの瞳を見て胸が熱くなった。あなたのまよらかな声を聞いた瞬間まで。「待っていた。」
そこで、泣き出した私を抱きしめてくれた。私を待っていたって?
あの部屋、コーヒーの匂いがしていた。
その日あなたは入れたり、涙を乾かしたり、話したり、笑わせたり、キスしたりしてくれた。なぜかな。
ただし、私の最大の難点が這った。これ、突然始まったと同様に、もう突然終わりそうと思い当たった。今回最後までこの甘味を味わいていたいと思っていた。心の中の蕾が枯れるまで。
あなたのしたこと、覚えていないのは一つもない。
実家に帰った時にもあのキスの味を引き続き心に刻んでいた。あなたが何を言ったり語ったりしても胸をときめかしたものだ。コーヒーを飲んだ度にあなたに想いを寄せたものだ。
Cocteau Twinsの夢幻的な曲調に沈んで、あなたのことに思い焦がれて過ごした十二月は雲の上に浮かんだ幻。
一月
「僕、帰国することになってる。」
あの文字を読むよりも難しいことなんてなかった。日本語がわからなかったほうがよかったなあと思った。ウユニに行こう、サン・パウロであなたの大好きな苦いコーヒーを飲みに行こう、南米をバイクで横切ろう、ウィーンを夜中に歩こうなどという甘くて初心な約束が華奢なガラスのように割ってしまった。
あの因果なメールを読んでため息をついて涙が出そうだった。何回も「今回は泣かない、今回は泣かないよ。」と自分に折れ返ったにもかかわらず、涙を止めることができなかった。所詮、漏れてしまった。
いすかの嘴にもう慣れているけど、今回違う因縁だろうと思った。いつか天来の笑顔を見られるようになるかな。
「はぁ。」としか返せなかった。言いたいことが多すぎたのに、言葉が出られなかった。
「ねぇ、なんで日本に帰らなくちゃいけないの?」一回だけこの話をしてみた。生傷の痛みはたまらなかった。二人は並んで海に向かって座っていた。
「やることがある。」
どのぐらい?やることって何?ここではできないの?いつか戻ってくるか?
「わかった。」本当は何もわからなかった。二人は境界線を眺めて沈黙に沈んだ。空は意外と薄明るかった。
私の小さい部屋でもあなたの香りが残ってこそ、あなたのことは忘れもしなかった。試験のために集中出来ないほどあなたの存在のファントムが周りのすべての魂に揺曳していた。その跡はどこもかしこも、取り分け頭の中。取り分け心の中。
「タンゴ面白そうね、いつか踊ってみたい。」
「踊りたい?やってみよう。」とあなたは言った。
「いや、やったことないし、全然できないよ!」と私は笑いだした。
「心配するな!僕も全く苦手だよ、やってみよう!」
「ダメ!」
それから手をつないでくれた。「音楽をかけて。」あなたの目は心に沁み込んだ。
そしてピアソラの「タンゴアパシオナダ」が流れ出した。心の触れ合いは気持ちよかったけど、身体の触れ合いはあまりに強烈で痛快だった。
もっとあなたに触りたかった。永遠にあなたの腕の中でいたかった。私達の踊ったのは本当のタンゴではなく、ミロンガでもなかった。折悪しく巡り合った二人の悲しい紛然たるダンスだけだった。
「あの君の好きな映画の恋人達のようにね。」とあなたは囁いた。「Happy Together」を思い出してくれた。心が溶けたくらい驚いた。
あの日、一番最初に止まって離れたのは誰だったの?
遠くから見ると、海辺で座っていた二人が紙切れのように見えたかもしれない。
「最近、また詩を書き始めた。」
「ん。いいね、日本語か、英語か…?」
「英語。これ。」と言って手紙をあげた。あの手紙、まだ持っているの?あるいはすぐに捨てたの?
「大したことじゃないけど私から遠く読んでね。恥ずかしくて・・・」
「いえいえ、そんなこと言わないで。素敵な詩を詠んだに違いない、本当に嬉しい。ありがとう。」
あの手紙に書いたこと、もう覚えていない。そんなに恥ずかしかったか?
あなたは狂気の楽を教えてくれた。
私達はなんだったんだろうかな。これから、私達はどう変わっていくのか?幸せって、いったい何だろうかな?あなたとタンゴを踊ることだった?幸せは泡沫。
二月
あなたのいる二月はない。あなた、ただ消えた。泡沫のように。あなたも見失った、あなたもなくした。あなたのために心の壁を開いた後、全てが終わった。全てが枯れた。あなたはさようならさえも言わずに行った。私にもさようならを言わせなかった。
もうあなたが死んでいるか、生きているか知らない。せっかくあなたのことを放してしまうように書いている。せめて、あなたのおかげで苦いコーヒーを飲むようになった。
一人であの狂喜の日々を思い出す。
一人で妄想のタンゴを踊る。
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