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推しが、推しという存在ではなくなってしまった

忙しかったり、辛かったり、色々なことがある慌ただしい毎日の中で、推しがいるって幸せ!

私の場合はいわゆる現実逃避とか疑似恋愛させてくれる存在だった。
毎日毎日こんなに頑張ってるんだからたまには現実逃避も疑似恋愛もさせて欲しい。

音楽が好きで入ったのだが、アーティストなのにSNSをやらないところも、音楽の世界観にどっぷり浸かれてよかった。
円熟味と新鮮味のある作品はもちろん、大げさなことは言わないのに何かしらチャレンジし続ている姿勢、周りに流されないスタンスにも少なからず影響を受けていた。また、ふだん寡黙なのにステージなどでふと垣間見える繊細な優しさに感動を覚えていた。なんて複雑な陰影のある、だからこそ美しいこの世界を紡ぎ出すのかと。

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しかしここ最近、インタビューの中で前面に出し始めた人間性や、お子さんとのあたたかいエピソード、話す内容があまりにも理想的で、達観してて、ふと、気持ちが冷めることが増えてきた。

なんだかあまりにも人間が出来過ぎてて、いわゆる画面の中のコマーシャルに出てくるような明るい家族像で、まだまだ悩んだりもがいたりしている私とは違うなって。

何よりも、作り出す音楽の、陰影のある世界観とは全然違う日常を送ってるんだなって。

なんだか、勝手に裏切られた気持ちになってしまった。

そんな中、昨日読んだ記事で。

「子供が大きくなってきたんで最近は嫁とちょいちょいデートしてますね、笑、○○行ったり、○○行ったり…、笑」というコメントを読んだのが決定的。

わー…。

わざわざメディアで伝えるくらい家庭も上手くいってると。
溢れでる、めちゃくちゃリア充感。

もう疑似恋愛の対象でもいてくれないんだあ。

いや、実際にうまくいっているのはいいのだが、わざわざメディアで嫁と仲良しアピールは無理だ。
嫁と仲良しアピールするような幸せいっぱいな人にはキュンキュン出来ないわ。
というか、私の課金(ファンクラブ会費等)が、直接的にではないにしろ、
嫁とのデートに使われるって何よ。
寂しいけれど卒業だ。

また、もし、「俺の場合売っているのは音楽性だから、嫁とか家庭とか大切にしてるリア充っぷり含めてファンがついてきてくれてる」のなら、むむむ、それは、驕りだと感じてしまう。
そこには、魅力は感じない。 

なんだかんだでわざわざリア充アピールしてくらい幸せなところを妬んでるんだろうな、私が。
今目の前の、自分の現実をつきつけられて。

私はその陰影のある世界観に共感と感銘を覚えていたので、今では音楽そのものが嘘めいて聴こえる。「色々あったけど、めでたし、めでたし。」
めでたし、まで行った人が作り出す世界観…なんだかな。虚構。

あー、これか。

音楽性も見た目も声も世界観も言うことも、囲まれる人や、生きる姿も、その上、プライベートや家庭も…と、あまりにも全てが完璧だ。

完璧というのは素敵だけど、凄いなあ、とは思うけど、それは「好き」とか「推し」とか、ましてやキュンキュンする「疑似恋愛」や「現実逃避」の存在ではなくて。「憧れ」とか「応援したい」とか、「好き」という、「一緒に成長したい」という、感情が動く存在ではなくて。

やはり、感情というのは少しでも共感を感じられるものに動くのかしら。
(それは2次元でも3次元でも)

あまりにも完璧だと、私にとっては現実逃避出来る存在ではなくて、むしろ現実を突きつけてくる存在で。

あまりにも私とは違い過ぎて。

憧れも、愛しさも、

しゅーん、と、冷めてしまったのだ。

もちろんじゅうぶんに編集や切り取りもされているだろう、イメージ戦略もあるだろう、メディア記事の全てを信じる訳ではないけれど。

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今日も会社で会った同僚が、BTSの話を目をキラキラさせて話してくれた。

いいなあ…、あのときめく感じ!

ふだんママでも、たまには乙女になりたいよね。

私もまた、感じたいなあ。

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直接的には大して役にもたたない。為にもならない。なくていいけど、でもあると、周りの景色を一瞬にかえてくれるものが好き。愛おしい。

なくてもいいけど、一度その景色を知ってしまうと、なしにはいられない。

唐揚げのパセリ」

ドラマ「カルテット」

昔カルテットっていうドラマで例えとして出ていて、すごーく共感!
特に食べたりなんかしなくても、パセリがあるか無しかで唐揚げの見え方とか、そして美味しささえも変わってくる。
パセリなしの唐揚げなんて考えられない。

それこそが、唐揚げを…そう、
人生を豊かにしてくれるのではないか。 

推しっていう存在もそうかも知れない。

いなくても全然困らない。

いても、たいていの場合、直接的には何の為にもならない。

でも、いてくれると幸せで、励みになり、頑張れる存在。

今までそんな存在がいてくれたことが幸せだ。

今はまた、それはそれで忙しく、充実した毎日だけど。
またいつか、そんな存在に出会えたら。
うん、それはそれで楽しそう。



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