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鏡 少 女【物語】☕ココア屋マスター作

小泉鏡花は、席替えのとき皆が嫌がる最前列の真ん中、つまり教卓の前をいつも引き受けてくれる。

「うわっ、4番引いちゃった!教卓のところ」
「私は一番後ろ♪」
「小泉さん、取り換えっこしてくれない?」
「…いいよ」
「やった!これでリナと隣の席!ありがとね、小泉さん」

一部始終を見ていた僕と目が合う。慌てて反らそうとしたが、ずっとモヤモヤしていたのでつい話しかけてしまった。

「嫌なら断った方がいいんじゃない?」
「…別に。嫌ではないから…」
「…」

よりによって小泉鏡花の隣。最前列の席になった。彼女とまともに会話する自信がない。大抵、ワンターンで途切れてしまう。でも、クラスの中心的存在の女子とも離れられたのはよかった。

🌻

彼女は休み時間になると読書する。そう見えていたがそれはフェイクで、実は栞の代わりに挟んだ大きめのカードミラーで教室内を観察していた。
それに気づいたときはゾッとした。
見て見ぬふりができず、僕は背後に立って彼女に声をかけた。ミラーの中で目が合う。わ、睨まれた。

「何見てるの?」
「…」
「その本、面白い?それとも…」
「後ろにいる皆を見てるの」
「…!あ、やっぱり覗き?」

心外そうな表情を浮かべる小泉鏡花。でも次の瞬間、スッと本ごと手をあげた。

「え?」
「見てみる?」
「いや、そういう趣味ないから」
「じゃ、後ろに立たないで」

ぼくはすごすごと隣の席に腰を下ろした。

彼女はしばらく鏡の自分を見つめているようだった。次にグンと腕を前に突き出して教室の各所で談笑しているクラスメート達を映し始めた。
一体その行動に何の意味があるのか?椅子を引いて彼女の鏡越しの視界に入る。
一瞬、ムッとされたが、彼女は黙って二人で覗けるようにと、ミラーを僕との間に差し出した。せっかくなので覗かせてもらう。
何の変哲もない日常の風景が映っているだけ。

「どう?」
「どう…って何が?」
「向こう側の世界」
「鏡の中ってこと?」

コクンと頷く小泉鏡花の瞳は真剣そのものだ。

「向こう側の方が素敵だと思わない?」

彼女とこんなに会話が続いたことないから、僕はもう軽くパニクっている。ラリーをしてはいけない相手だった。不思議少女。

「僕、用事思い出した…」

逃げることにした。
彼女はちょっと傷ついた表情をした。僕の胸もズキンと痛む。

🌻


昼休み、屋上に出ると、入道雲が海の上にモコモコわき上がっていた。
コロッケパンにぱくつきながら、今日みたいな暑い日はこんな所に来るべきじゃないと後悔。さっさと食って保健室で時間潰そう。

唯一、出入口の軒下に狭い日陰がある。僕は壁にもたれてパンを口に押し込んだ。

ん?僕の足下を平行四辺形の光がウロチョロ走り回っているぞ。
何じゃこりゃ?
視線を上げて光の出処を探したら、斜め向こうで小泉鏡花がミラーに陽の光を反射させていた。

他に誰もいない。

僕はその光を踏みつけようと足をバタつかせた。
彼女の笑い声を初めて聴いた。
僕ら、ほんと難儀な性格だ。


〔了〕
本文: 1199字


最後まで読んでいただき、ありがとうございました🌻

このお話は、『冷やしココアの行方』のココア屋マスターが、コンテストの応募締切日をとっくに過ぎていたことに気づかず投稿した作品。というていで書きました☕
マボロシ~~✨


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