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冷やしココアの行方 【物語】


 思えば険しい道のりだった。
 グラスはカウンターテーブルの上を滑るどころか木目につっかかり、不様にクラッシュ。床に飛び散ったココアとバニラアイスを見たとき、ココア屋マスターはあえて騒がず、ZARDの『負けないで』をかけて自分自身を鼓舞した。

 「いきなり成功するわけない」今度は同じ量の氷水を淹れてグラスをスライディングさせた。
 結果は変わらなかった。

 それでも彼はめげなかった。何がいけない?力加減か?手首のスナップを利かせすぎてしまったか?あるいは…。
 マスターは試行錯誤の末、選び抜いたグラスを採用。「よし、いける!」手応えは確かだ。そこへココアにアイスを盛り付け、本番さながらスライディングさせてみた。
 5つあるカウンターの各席すべてにピタリとグラスが止まったとき、ガッツポーズした彼の手首は腱鞘炎になりかけていた。それでも、涙と汗にまみれた髭面は、眩しいくらいにキラキラと輝いていた。


プロジェクトエーックス…エーックス…エーック…))


 そもそも練習時間がこんなにたっぷりとれたのも、お客が全然来なかったからだ。しかし、今日からは違う!

 猛暑から逃れようと、ココア屋の両隣にあるスタバとマックへ駆け込む人々。しかしどちらも満席だ。外は灼熱のコンクリートジャングル。涼を求め彷徨う人々にとっては、向こうに見える百貨店まで歩くのも地獄だろう。そんなとき、「おや?」と気づく。

 そう、マスターはついにこの日を迎えた。

 あらかじめ、達筆な姉、若山ジュリエットに代筆してもらっておいた貼り紙を扉の外側に貼る。

『冷やしココア はじめました🎐』



「で?今日の売上はどうだったの?」
  マックフルーリー(オレオ)をかき混ぜながら、姉のジュリエットは弟に聞いた。

「わざわざテイクアウトまでして、ここで食べることないだろう…」
 半べそで抗議する弟は50過ぎだが、彼女を前にするとたちまち子供の頃のぼくちゃんに返る。

「だって、満席だったんだもの。それに引きかえ、ここはいつも空いてていいわぁ~」
「ぐうぅ…」
 マスターのぐうの音がかろうじて出た。

「どうせあんたのことだから、冷やしココアのお知らせ貼って満足しちゃったんでしょう?
 貼り紙だけしてあとはお客さんに見つけてもらおうだなんて、それは怠慢だし、傲慢なことよ」
「・・・」
 今度はぐうの音も出ない。

そういえば姉は、バニラアイスのまじないだけでなく、他にもアドバイスをしていたなぁ…。

 翌日、貼り紙のスペースに、【『ガラスの仮面』あります】と書き加えた。
 すると、瞬く間に席はレディ達で埋まり、ものすごい速さで文庫本とコミックが読破されていった。
 時折、「おそろしい子…」「真澄さま…💓」という呟きが彼女らの口からこぼれる。
 ココアも都度おかわりしてくれたので、マスターは心から感謝した。

 さらに、バニラアイスののった冷やしココアの写真も横に貼ってみた。その日の夕方、うれしいことに冬の常連客が戻ってきた。
 立ち寄ってくれたのは、たしか「佃煮つくだにくん」と「帆波ほなみさん」。

「冷やしココアください」「ぼくも同じのを」

つつつーーー…))) ピタッ

「わぁ✨マシマロがアイスになったね!佃煮くん」
「んまい🎵んまいね、帆波さん」

 スピッツのレコードをかけてあげると、ふたりは顔を見合わせ、秘密の微笑みを交わした。
 「交際が順調なようで何より」と、キューピッドの一端を担ったマスターはホッとしたようだ。


 思えば今回も、占い師である姉の言うとおりにして良い変化が起きた。
 若山ジュリエットのあやつる糸を断ち切りたいなどと考えていた自分は生意気だった。マスターは姉の勤務先(駅前百貨店レストラン階の占いコーナー)方向へ手を合わせた。


 マイケル・ジャクソンの『Man In The Mirror』が店内に流れる。とても穏やかな気分だ。グルーヴに身を任せ揺れてみる。

 ミラー…かがみ…鏡の中のマリオネット…
 ん?

 マスターはハッとしてカレンダーを見た。もう6月末だ。

「こうしちゃいられない!応募せにゃあ」

 実はマスター。アイスココアのグラススライディングが成功し、『冷やしココアはじめました』の貼り紙を貼れたあかつきには、お題である『鏡』のショートショートを書いて夏ピリカに参加しようと心に決めていた。

 マスターは思いの丈を小説にぶつけた。密かに温めてきたストーリーが指先からスマホへとほとばしる。ああ、胸が熱い!

〔了〕の文字を打ち、万感の思いで投稿ボタンを押した。

「ふうぅ、やりきった。改革の夏。成長の夏」


 そんなタイミングで、あのいつもの足音が近づいてきた。わがままジュリエットのお出ましだ。鼻歌まじりでなんだかご機嫌なご様子。

「今日は七十二候半夏生に当たる日よ。たこ焼き買ってきたから食べましょう♪」
「🐙たこ焼き?」
「半夏生にはタコを食べるのよ。まあ、私もさっきスーパーでポップ見て知ったんだけど」

 刹那、マスターのこめかみにキーンと予感が走った。

「ちょい待ち…。姉さん、今日って何月何日?」
「はい?」
 どうしちゃったのコイツ?という怪訝そうな表情のジュリエット。しかしマスターの後ろに掛かっているものを見て合点がいった。
「あらやだ、あんたってば。カレンダーが6月のまんまじゃない!今日は7月2日よ!」
「えっ…」
 つかつかと狭いカウンター内に侵入し、姉は親切心からカレンダーの一番上をビリビリと破いて本来の月に直してやった。

「な…な…なんですトットぉぉぉ~!!!」


 マスターの雄叫びがカウンターにこだまする。
 グラススライディングに心血を注いでいた彼は、時が経つのも忘れていた。
 投稿は、夏ピリカの応募締切日をとっくに過ぎていたのだ。

「はふはふ)) ほれ、たこ焼きお食べ」

 何かを察した若山ジュリエットはいつになく優しい声で弟にたこ焼きを勧め、景気づけにアイスココアを頼んだ。
 
つつつーーー)))  ピタッ

 絶望の真っ只中にいるマスターであったが、グラスはきっちり姉の前で停止させた。

「腕を上げたな、弟よ」

 冷やしココアのグラスに浮かぶ“まじないのアイス”には、コーチョレホトットさん(こびと)がちょこんと座っていた。
「冬まで待つんだトット🎅💓」とウインクしてるのをジュリエットは見た。



~ おわり ~



最後まで読んでいただき、ありがとうございました🍀

色々と盛り込みましたが、私のお祭り好きの血と若山ジュリエットの魔女の血が諸々しからしめた回となりました😽🌟

 

 


 

 

 

 

 



 
 

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