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UNTITLED REVIEW|単純化の果てに

人間関係のもち方に関する知見を得た。きっかけは社内会議の中で、とあるゼネラルマネージャーが使った「アサーション」という耳慣れないワードへの見識を深めようと買った本だった。今回その言葉に関する書籍を全部で三冊読んだが、その中でも本書は研修やトレーニングの基礎テキストとして使用されるだけあって、内容の詳しさや網羅性において最もすぐれていた。なお、いずれの本もアサーションという言葉を初めて日本に紹介した臨床心理士の平木典子さんが執筆している。

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ビジネスの場で重視されるのは効率や成果だ。故に、権威や権力がある者は立場や役職の違い、あるいは知識の差などを利した言動に陥りがちである。逆の立場にある者は自分の気持ちや考えを表現することを控え、できるだけ波風を立てずにその場を収めようとする。著者の平木氏は、たとえそこに立場や役職の違いがあるとしても、支配的あるいは従属的な関係は人と人とのやり取りにおいて健全な状態ではないとし、もっと率直かつ素直に自分の気持ちをその場にふさわしい方法で表現して、それを互いに聴き合う《自他尊重のコミュニケーション》を意識すべきだと説く。

もちろん自身の発言や提案に対して相手が必ずしも同意してくれるとは限らないし、相手が傷つく場合だってある。それらの問題についても、どういった心の持ちようでいることがアサーティブな考え方といえるのかを本書は教えてくれる。人間関係に思い悩むとき、これまでいくつもの心理学や仏教の教えに根ざした本を頼ったが、得心に至ることはほとんどなかった。そういった意味では本書は腑に落ちる言葉が多かったし、若い頃からの数々のアグレッシブな言動に対しては大いに反省すべきだろうと感じた。

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この本の初出は今から三十年前。だが最新の改訂によって、ますます単純化されていく現代のコミュニケーションへの懸念も書き加えられていたりするから、四半世紀以上も前に書かれた本であることを微塵も感じさせない。むしろ、本書の時代を越えた普遍性に驚かされる。これほどの良書を対象者の限られる研修やトレーニングのためのテキストの位置に留めておくのはもったいない。私見ではあるが、人間関係に悩む世の中の人々の指南書としてこの本がもっと注目されてもいいのになと思う。


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