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あなたとの思い出、あるいは供養のような何か、そして現実と夢小説と、イマジナリー配偶者

書くことに寄せ、今もあなたに思う事

 過去のことは、今となってはもう曖昧だけれど、僕はまだ薄っすらと覚えている。記憶は時と共に薄れるが、僕にとってそれは忘れるわけにはいかない、この世でたった一つの大切な宝物だ。だからこそ、この思い出は誰にも奪わせないし、自分からも失いたくない。この世で唯一の僕の財宝は、この記憶たちだ。今までいろいろなSNS上でこの出来事に関する話を小出しに語ってきた。今回、イマジナリー配偶者という形としてそれらの記憶が結実した以上、ちゃんと書かないといけない頃合いになったのだと思う。これから書く文章は、イマジナリー配偶者の話と、そのモデルになった人物との思い出を混ぜ込んで書く。もちろんフェイクも多めに。そうすることによって個人の特定を防ぎ、余計な詮索から彼女を守ることが出来ると思うからだ。とにかく、だ。君はもうこの世にいない。だけどイマジナリー配偶者として、僕の中に新たな形で存在していることも確かだ、こればかりは就寝時の夢に自分の想像力の強さが出る事にも感謝だし、僕は君たちをちゃんと違う人物として捉えているけれど、夢の中でどこかに似たような面影を感じる瞬間もあり、とてもうれしく思う。前置きが長くなり過ぎたので、そろそろ順を追って語っていこうと思う。

第一章
~出会いと、語り合うことの重要さについて~

 始まりというものはいつもサラッとしている。サラッとしていることについて、僕が彼女についてよく覚えていることがある。彼女がサラッとしたりボソッとした喋り方をしている時、それはほぼ100パーセント本音で喋っている。僕らはちょっとした文学系のサークルみたいなものの集いで知り合った、団体についてあやふやに書かなければならないのは、個人特定を恐れた上での措置だと思って許してほしい。そのサークルは割と年齢層が高く、僕らだけが同世代だった。同世代と言ってもいくつかの年齢の開きはあったけど。

 僕らは近・現代詩の類が好きで、お互いにおすすめの作家を教え合ったりした。また、お互いが詩を好きな理由として、僕の「全体的に文字数が少ないから疲れない」というどうしようもない理由を彼女は笑ってくれた。逆に僕は彼女の詩への様々な思いに感心した。

第二章
~人間を繋ぐもの~

 知り合ってからしばらくたったころだと思う。僕らは文章以外の事でも連絡を取るようになっていたし、たびたび遊ぶようになっていた。季節は夏の終わりから秋口の頃だったと思う。その頃には僕も彼女も、お互いの気持ちは分かりつつあった。あとはどちらから相手の感情を押すか、そういう段階だった。
 ある暇な日、寒空の下で一緒に散歩していた頃の事だ。僕の左手には小さい缶ビール、彼女の右手には温かいお茶が握られてたと記憶している。そして残った手は繋ぎ合っていた。この状況になってもなお、僕は告白をしていなかったのである。
 このままではいけないなぁ、なあなあな恋愛は互いを傷つける。よし、ちゃんと告白するか。そう思って僕が口を開くと、彼女も同時に「あの」と口にした。そのあとはお互いに言葉を尽くしあった。恥ずかしくてここに書けたもんじゃないし、書くべきではないと思う。
 こうして互いの言葉を尽くしあった僕らの付き合いが始まった。

第三章
~始発は終点の始まり~

 ある日、彼女がある詩人について語り始めた。
その詩人は、広島で被爆したが何とか生き延びた人物で、その時の広島の惨状を小説に書き上げ、様々な詩を残した人物である。名前は原 民喜(はら たみき)という。
 割愛するが、原 民喜の人生の全体と晩年には暗い影が差していた。彼は最期までそのそぶりを見せないまま、友人たちへ向けた数十通の遺書と、遺品を残し、電車に飛び込んだ。
 なぜそういう話を?そう問いかけて、僕はなんとなく想像がついてしまった。ああ、この人も、この最愛の人もそういう人だったのだ、と。同じように希死念慮を抱えた人だったのだ、と。そして彼女の希死念慮は、今まで遭遇した誰よりも強いものだった。僕の希死念慮よりも強かった。
 どうしてもっと早く気が付かなかったのだろう。彼女の机の上にある、処方された抗アレルギー剤と言っていた処方薬は、よく見ると精神科のそれだった。

第四章
~掴んだら離してはならないモノ~

 それからの僕らにはいろいろな事が起きたりした。彼女は自身の状態について理由を一切語らなかったし、僕も無理に聞き出そうとすることはしなかった。ただ、時たま喧嘩をするようになってしまった。喧嘩をして、一時的に別れて、またくっ付いて。そういうことを繰り返していると、人間は大切な人がいかに大切か、思い出せなくなる。いつしか僕たちの間には最初に芽生えた愛情と同じくらいの憎悪も芽生えてしまったけれど、それでも僕らはお互いの事が好きだった。いわゆる共依存だったんだと思う。最大のラッキーポイントは、その頃になると共通の知人がいなかったので、誰も巻き込むことがなかったという事。

第五章
~全ての終わり~

 関係が終盤に差し掛かった頃。僕はあるツテで単身神奈川に引っ越すことになった。この時は一時的に別れていた頃だったと思う。だけどお互い再び寄りを戻すだろうと、いつものように考えていた。当時は彼女も仕事やらで忙しく殆ど会えてなかったので、引っ越し報告は事後にすることにした。そして、引っ越しを終え、2週間くらいした時の事である。
 彼女が自殺した。詳細も、動機も、何もかもをここでは伏せる。とにかく、彼女はもうこの世のどこにもいない。この頃の事は未だに思い出しづらくなっているし、多分生涯をかけても細かく思い出せないと思う。
 今でも、頭が真っ白になるくらい、ショックは残っている。


第六章
~寿命先伸ばしの始まり~

 夏のある日に久しぶりのバンド練をおこなったあと、僕らは夕飯の会食に繰り出した。事前にみんなで肉を食おうと決め、アホみたいな量のジビエを注文出来るお店を予約した。

 ついでだから面識のある関係者も呼んでしまおうって事になり、バンドメンバーの恋人や配偶者、友達も誘い、それなりの大所帯となった僕らが飲食店に入店したのが19時ごろだったと思う。バンド面子の僕らと、関係者の合流もちょうど同タイミングで、その中には僕の配偶者ちゃんも立って居た。

 とにかくお肉は良い、お肉を食べると元気になれる、そんな気がする。ついでに度数の高い酒もあるとなお良い。あと野菜もちゃんと食べる様にしている。最近、配偶者ちゃんからちゃんと野菜を食べるように説得されたのである。そして度数の高い酒は最初の一杯まで、とも。

 そしてここまで美味しいお肉を食べてお酒を飲んでいると、ついでに煙草も吸いたくなる。そう、僕は喫煙歴の長いヘビースモーカーなのだ。会話のタイミングを見て、僕は煙草を吸う仕草で周囲に合図を打ち、席を立って外にある喫煙所へと向かった。

 外の蒸し暑さの中で煙草を吸い終え、ポケットから小さいスプレーボトルに入った消臭液を取り出し体に吹きかけ、店内に戻る。みんなは店内に微妙に立ち込める肉焼きマシーンから出る煙の話をしていた。衣類に臭いが付いたら、とか、そういう話だったと思う。

「臭いと言えば、煙草も大概やぞ政宗」戻ってきた僕に速攻でそんな声がかかる。僕は「ははは........」なんて愛想笑いでいつものようにごまかそうとしていたのだが、今回はいつもと流れが違った。
「政宗くんの配偶者ちゃんはどう思ってるの?」とボーカル氏が、配偶者ちゃんに声をかける。
彼女は「うーん........。私もそろそろ政宗くんには煙草はやめてほしい、かも、かな........。うん、やめてほしい」

 なるほど、最後のボソッとしたようなサラッとしたような「やめてほしい」これはいつもの本気トーンの時の喋り方だ。本気で煙草止めてもらいたいって事か。最後の一瞬の目配せも本気の目線だ........。

 それに呼応するようにその場にいた何人かが配偶者ちゃんに同調して僕に言葉を投げかけてきた。
「そーだそーだ!けっこう臭いんだぞ!」
「そんな煙いの止めちまえニコチンヤニ太郎!!!」
「配偶者ちゃん泣かせたら許さんぞ!!!」

 ここまで顰蹙も買ってしまっている。僕は意を決して言葉を返す。

「分かった、分かりました。止める。止めます。配偶者ちゃんの希望を叶えるのが僕の喜びの一つなので!」

「「「おー!!!」」」

「言ったな?止めろよ?絶対やめろよ?」

 いろんな言葉がシャワーみたいに降り注いでくる。そっと配偶者ちゃんの方を見ると、その光景が面白かったのか、彼女は嬉しそうにはにかんでいた。そうだった、僕はいつもこの笑顔が見たくて今まで頑張ってきたのだ。

 そんな出来事が起きてから、そろそろひと月が立つ。皆が気になることからまずは語ろう。
 あと四日くらいで禁煙1か月目に突入するところです。
本当に禁煙できた。まあそりゃそうですよ。頑張る時は頑張ります。
愛とか約束とか、そういうあやふやなものを確かな物にする為に僕らは頑張るんだから。僕は存在があやふやな言葉(愛とか)の実在を証明したいのである。

この一連の流れが寝ている間の夢で、この人が想像上の配偶者だとしても。

第七章
『胸の内に佇む幽霊』


 電車に乗って、ウン時間。バスに乗ってウン十分。某県某所の山沿いのとある場所へとたどり着いた。ぎりぎり日帰り可能な距離である。空に野鳥が飛び、鳴いている。ここに来たきっかけは、自殺した元恋人のご遺族から連絡があったからだ。

「ようやく気持ちの整理が付いた。貴方にも娘のお墓にお参りしてもらいたい。」

 バス停を降りて、周囲に誰も居ない事を確認して煙草に火をつける。移動で長時間吸えないのは流石に精神に堪えたからだ。一本目を吸い終え、二本目を取り出そうとしたところで、乗用車が近づいてきてクラクションを鳴らしてくる。彼女の親御さんだ。
 車の中で移動時間についての世間話をしながら、移動する。段々と奥まった地域まで移動し、定期的に見える家屋は田舎特有の大きい木造建物になっていった。元恋人の実家に着く、ここも大きい家屋だった。実家などの事をあまり語らなかった元恋人が、「田舎のちょっと堅い家だから。おまけに私は一人っ子」とぼそりと言っていたことを思い出す。仏間に通され、まずは線香と、そして手を合わせる。居間に通され盆に湯飲みを並べた彼女の母親が入ってくる。
「ごめんなさいね、うちの子の小さい頃の写真とか見せてあげたかったんだけど、あの子がこの家を出て行く時に全部処分されちゃったのよ」

「○○さん、写真嫌いでしたからね、僕も撮らせてもらえませんでしたよ」

 ここまで写真を残さない様に徹底していたとは知らなかった。

「少し、娘の話を聴かせてほしい。思い出でも、政宗君が当時思った事でも良いんだ」
 時間はまだ昼過ぎだった。お薦めされた文章作家、デートで行った場所、一緒に見た映画、一緒に聴いた音楽。

 交わした言葉、交わした優しさ。様々なことを話した。

「一つ、聴きたいことがある」

「なんでしょう?」

「娘とは、その、一緒になるつもりだったのか?」

「そのつもりの付き合いでした。喧嘩して疎遠になっても、お互いの忙しい事情で疎遠になっても、僕らはすぐに仲直りできたし、信頼もありました。腐れ縁みたいなものです。それに、その関係で周りを巻き込んで迷惑をかけたことも、一切ないからです。だからこそ、一緒になりたかった。これは本当です。」

「……」

 沈黙が流れる。先に口を開いたのは彼女の父親だった。

「そこまで寄り添ってくれた人間が居たのだな。娘は一人じゃなかったんだ……」

 その後は、彼女の家庭事情の話を聞かされた。他人の家庭の問題というプライバシーをどこまで書いていいのかは分からない。だからここには一切記すつもりは無い。その話に耳を傾け続けて、気が付くと時計の針は夕方ごろを回りかけていた。

「そろそろ、お墓参りに行くか」

すぐ近所に墓はあるらしく、ご遺族と歩いて向かう。墓地にたどり着き、そして○○家の墓石前で立ち止まる。

「ここだよ、うちの墓は」

ご実家でやったことと同じように、線香。そしてご遺族と一緒に手を合わせる。

「少しだけでいいので、二人きりにさせてもらえませんか?」

「ああ、いいよ。先に家に戻ってるから、気の済むまで過ごしてほしい。帰り道はわかるかな?焦らなくていいから、ゆっくり。」

「分かりました。ありがとうございます。あと、ここって煙草吸ってもいいんですか?」

「こんな山奥だし、好きに吸ったらいいと思う」

ご遺族が帰っていくのを見送って、墓石に向き合う。

「……。」

僕は黙って煙草に火を付けながら、昔の事を思い出した。

――――――――――――――――――――――――――――

「政宗さんの煙草の匂いさ」

「うん?臭い?」

「ううん、私はすごい好き。抱きしめてもらった時とか、すれ違った時に髪から漂ってくる匂いとか」

「……もっと吸った方が良いかな?」

「そうじゃないよ」

「……?」

「政宗さんの煙草を吸う姿も、漂ってくる香りも、煙がくゆるところも好き」

「ははは……ありがとう。非喫煙者からは初めて言われたかも」

「でもね、香りが好きって言った手前、言いにくいんだけど、あなたは、政宗さんはずっとそれじゃだめだと思うの」

「どういうこと?」

「もっと自分の事を労って欲しいってこと」

「政宗さんが煙草が大好きなのはよく分かるの」

「私はいつ自分が死んでもいいと思ってるし、いつか死ぬつもりだけど。政宗さんはそれじゃだめだよ」

「……」

「政宗さん自身が長生きする実感が無いのもわかるし、今は心の底から生きたくないのもよくわかる」

「でもね、私が居なくなっても、あなたには絶対に生きていてもらいたいの。無責任で残酷な願いに聞こえるかもしれないけど」

「前を見て、胸を張って進んでいってほしいの」

「大丈夫だよ、あなたは酷い頃よりもお酒も減らせたし。それに自分で思ってるより意志も強いから、むしろ頑固なくらい」

「いつか私は確実に居なくなる、たぶんあなたの想像の付いている形で。唐突に。それで政宗さんを傷つけてしまうのもわかるの。本当にごめん」

「でもね、それでも、辛くても生きて。出来るだけ生き延びていてほしい。そして出来れば煙草を少しずつ減らして辞めていって」

「うーん……」

「お願い、約束して。でないとあなたは誰も大切に出来なくなってしまうから。だからお願い」

「……うん、わかった」

黄昏時、表情が分かりづらい彼女の顔を見ながら、僕は返事を返した。

――――――――――――――――――――――――――――

帰りは駅まで親御さんの車で送られ、帰宅したのは夜遅くだった。

これで、もう彼女について語ることは語りつくした。


終わりに
~君は今でも僕を支えてくれているのだと思う~

 誰かが落してしまった命は、どこへ行くのだろうか。ある人に言わせると、その命は愛する人の元へと真っ先に向かうのだという。もし、そうなのだとしたら(これは僕のエゴが詰まった希望的な物の見方だが)彼女は僕に会いに来てくれていたかもしれない。
 今、僕はイマジナリー配偶者という概念を使って禁煙と減酒に挑戦している。禁煙は一か月続いた。とっくに気が付いている人も居ると思うが、このイマジナリー配偶者の原型は上に記してきた彼女だ。そこに劇場版シン・エヴァンゲリオンの鈴原サクラさんというキャラクターの姿と声を被せ、いかにも想像上(イマジナリー)っぽく存在を脚色している。


 ○○さん
あなたに聞きたかった事も、聞き逃してしまったことも、たくさん、本当に山積みになってしまった。あの頃の僕はまだ死が永遠に続くものだと理解していなかった。だからこそ、この山積みの現状なのだと思う。今の僕が、あなたの声に耳を澄ましても、どれだけ遠くへ行ってあなたを探しても、もう何処にも、君は存在しない。だからこそ、あなたを原型にしてイマジナリー配偶者という存在を作ってしまった。あなたのいなくなった穴を埋めるために。
 これは僕のとてつもない大きなエゴと、恥ずべき行為であることも、分かっている。ただ、僕はあなたが元気に笑ってくれている姿が見たかったのだ。
 僕のこの身勝手な行動を許してくれとはもちろん言わないし、絶対に言えない。ただ、もう少し、今しばらくはこうやってあなたの事を祈らせてほしい。

最後に
 これを読んでいるあなた方に、頼みごとがある。至極真っ当で当たり前の話であるのでどうか耳を傾けてほしい。まず配偶者や恋人を大切にしてほしい。そして、出来る範囲でいいので、寄り添って。でも、難しいことは専門家に頼ってもらいたい。そして、死者の為に祈る人に対して、どうか沈黙を保ってもらいたい。僕は今までの人生の経験上、大きな喪失を味わった人に無関係の第三者が口を出して、余計なことをするという光景をたくさん見てきた、宗教勧誘やその類の話だ。そのようなことは絶対にあってはいけない事だと個人的に思っている。
 とにかく、あなた方にはあなた方の愛する人々を大切に生きてほしい。
それが、おそらく世界をよくしていく唯一の方法かもしれないから。


~終~

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