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ノイズキャンセラー 第十章

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第十章

 ベガはどうやら、佐藤亜沙美の部屋への侵入に成功したらしい。
 箪笥の引き出しの中に並ぶ下着の写真があがった。パステルカラーのブラが五つほど映っている。画像を拡大して柄をチェックする。花の刺繡がしてある。佐藤亜沙美のイメージそのままの下着だ。つけているところを想像しやすいので、琢磨は満足した。
 クローゼットにかけてある服の写真もある。前に、本人が着ていたベージュの上着と同じものがかかっている。佐藤亜沙美のもので間違いなさそうだ。
 他人の家にばれずに入るには、どんな方法があるだろうか。
 鍵を入手する。一階に住んでいるのであれば、ベランダからも入れるかもしれない。プロの泥棒でない限り、屋上から何かを伝って入れないだろう。
 本人に入れてもらったのだろうか。そこまで親しいのなら、隠し撮りをし、ブログに観察日誌をつける必要がない気がする。
 ブログの内容から推察するに、侵入時に盗聴器をしかけたようだ。
『夜遅くに電話がなって男からだと思ったら、親からだった』と書いてあった。
 ベガが、佐藤亜沙美の彼氏でないことはわかった。
 ブログが更新されると、琢磨はベガにダイレクトメッセージで感想を伝えていた。
『盗聴ですか? 良いですね』
 ベガから『ベッドの近くに設置したから、寝息も聞こえる』と返信があった。
『オナニーしたらわかりそう』
『わかると思う。でもまだ、してくれない』
 佐藤亜沙美はどんなオナニーをするのだろう。単純に指でいじるのか。おもちゃを使うのか。枕を脚に挟んで腰を振り続ける女もいるらしい。佐藤亜沙美の喘ぎ声を聞いてみたいと琢磨は思った。話す声が可愛いのだから、絶対に喘ぎ声も良いに決まっている。考えただけで琢磨は興奮した。
『盗聴の音声録音はできないんですか?』
 ベガは、受信する方の機器で可能だと言った。
『僕も音声が欲しいな』
 ベガからの返信に間があった。
『君が、協力してくれたら、考えてもいいよ』
 琢磨は身構えた。一体何に協力を求められるのだろう。
『君が、教えてくれようとしていたことは、だいたいわかっている』
 佐藤亜沙美からあの噂について聞いたのだろうか。会社の同僚に告白する内容ではない。
『本人が教えてくれたんですか?』
 ベガが肯定した。一体どんな流れで聞き出せると言うのだ。違う情報を引き出した可能性がある。
『どんな内容でしたか?』
『告白されたのを断ったら、嘘の噂を流されたって言ってたよ』
 具体的なところまでは、話していないのかもしれない。しかし、どう考えても異性に打ち明けるような内容ではない。佐藤亜沙美は、ベガの同情を引こうとしているのではないかと勘ぐってしまう。佐藤亜沙美もベガに気がある可能性もある。そうでなければ、同僚とそこまで親しくはならない気がする。
『嘘の噂ではないでしょう』
『君は信じてたんだ。まあ、信じてしまうのもわかる。その方が面白いし』
『ベガさんは彼女の言葉だから信じているんですよね』
『そんな曖昧な根拠じゃないよ』
 ベガは確信を持っている。
『この目で確認した』
『何をですか?』
 琢磨は動揺していた。ベガの聞かされた内容が、琢磨の知っているものと違うのかもしれない。まさか、佐藤亜沙美は具体的な内容を話したのだろうか。
 琢磨は、亜沙美の性格をよく知っているわけではなかった。見た感じは大人しそうだった。意外に、異性と性的な話をあっけらかんとできるタイプだったということか。
 非常階段での処女喪失が嘘だと断言できる証拠は、処女のうちにはあるという膜を確認する以外ない気がした。そもそも、本当にそれはあるのか。無修正の画像を見たことはあるが、膜のついた写真には出会ったことがない。
 琢磨は、ベガが嘘をついていると思った。それでも信じたことにして話をすすめる。
『佐藤さんと、したんですか?』
『してないよ。眠らせて、見ただけ。ちょっと触ったけど』
 どうすれば、そんなことができるのか。琢磨には想像もつかない。少なくとも、佐藤亜沙美が高校時代のひどい噂をベガに話して聞かせたのは事実だろう。
『あそこ、きれいだったよ。思わず写真を撮ってしまった』
 佐藤亜沙美の局部がみてみたい。
『僕も、見たいです』
『それは、さすがにいやだなあ』
 そう簡単ではなかった。
『胸なら、いいよ』
 意外な提案だった。琢磨はすぐに『お願いします』と、打ち込んだ。まだ、文字しか表示されていないパソコンのモニターを凝視していた。股間は、すでに張りつめている。
『画像を用意するからちょっと待ってて』
 ベガは本当にくれる気でいるらしい。琢磨は興奮していた。ズボンの上から性器を揉みながら待った。先から漏れだしたのがわかる。構わずつづけた。息も荒くなってきた。
 ダイレクトメッセージ欄に、裸の女性の画像が一枚張られた。口元から、へその辺りまでが写っている。残念なことに、先端の位置に星形のスタンプが押してある。口元と、あごのほくろで、佐藤亜沙美本人であることはわかった。
『ありがとうございます。佐藤さん、胸、大きい』
 ひとまずお礼と感想を送った。
『スタンプで隠したところもピンクでかわいいよ。感度もいいし』
『感度ですか?』
 眠らせて撮ったのだとは思うが、感度がわかるものなのか疑問だ。
『寝てる間に、ぺろぺろしたら、声を漏らして感じてた』
 ベガが羨ましかった。
『柔らかかったですか』
『もうフワフワ』
 琢磨も、佐藤亜沙美の大きな乳房を、揉んでみたい。
『サイズを教えようか』
『お願いします』
 琢磨は画面を食い入るように見つめている。
『Eだったよ』
 琢磨は、Eがあのくらいなのかと思った。グラビアは、G以上が多い。Eで十分だと琢磨は思った。
『君が、協力してくれたら、スタンプなしの写真をあげてもいいよ』
 琢磨はとにかく見たくなっていた。
『何を、したらいいんですか?』
 琢磨はできることならするつもりでいた。
『あさみんの、嘘の噂を流した犯人のフルネームと、今どこにいるかを教えて』
 名前はわかる。実家の場所もだいたいはわかっている。しかし、今どこにいるかはわからなかった。ベガに少し時間をくれるように頼んだ。スタンプなしの画像はお預けだ。しかし、ちゃんと協力をすれば、さらに見たい物を見せてもらえるかもしれない。
『ベガさんは、佐藤さんを自分だけのものにしたいとかはないんですか?』
 眠らせて写真を撮れるくらいだ。やろうと思えば大概のことができそうだ。
『今のところそういう願望はないかな』
『そうなんですね。僕は、監禁とか憧れちゃうから』
『まあ、他の男にとられそうになったら、考えるかも』
 佐藤亜沙美は、そこそこ可愛い。同僚の中に想いを寄せている男がいるかもしれない。
『僕、結構監禁系の知識あるんで、必要になったら聞いてください』
 佐藤亜沙美を監禁する妄想をして、いろいろとサイトで情報を集めた。
『その時が来たら、お願いするね』
 ベガは言葉遣いがだいぶ砕けている。琢磨の方は、まだ慎重だ。なにせ、連絡ができないようにブロックをされたら困るのは琢磨の方だった。ことを有利にすすめていくつもりでいたのに、いつの間にか立場が入れ替わっていた。
 とにかく琢磨は、佐藤亜沙美の初めての相手として知れ渡っている山中健太郎の居場所を調べることにした。仕方がないので、明日、母親と話をしてみる。同級生の家族の連絡先を知っているかもしれない。地道に手繰り寄せていくしかない。
 気分転換に、琢磨は全国の殺人事件の話題を漁ることにした。少し前に目にした猟奇殺人の噂が気になっていた。あくまでもネット上の噂だが、ここ数年の間に、関西を中心に耳を切り取られた絞殺体がいくつも発見されているらしい。『耳なし芳一事件』と名付けられ、陰謀説など考察があがっていて面白い。闇サイトの存在がまことしやかに囁かれている。今までのサイクルから考えると、もうすぐ次の耳なしの遺体が出るらしい。
 同一犯だとしたら、榊原より多く殺していることになる。
 いつか、この事件を利用するのはどうだろうか。適当に誰かを殺して耳を切り取る。そして、これまでも自分がやったと言えば、楽に榊原をこえられる。そのためには、今までの事件の詳細を知っておかなければと、考えた。 
 実際は、模倣犯があちらこちらにわいているだけかもしれない。テレビでは報道されていないので、実際に起きた事件かも怪しかった。
 噂がいかにいい加減なものか、ベガとのやり取りで思い知った。
 ベガは確実に佐藤亜沙美のそばにいる。それも、相当信頼をされている。琢磨は働いたことがないので、職場の人間関係がどういうものかを知らなかった。
 ベガがどうやって亜沙美の家に入ったか、思いついた。
 会社の飲み会で酔わせて家に送ったのだろう。そのついでに盗聴器をしかけ、裸にむいて写真を撮った。もう一度服を着せて立ち去ったとすれば気づかれない。盗聴器は後日かもしれない。鍵の型を取っておいて、合鍵を作れば可能だ。だとすれば、酔いつぶすところから計画していたことになる。
 ベガはかなり危ない人物だ。きっともっとエスカレートしていく。
 そのうち、佐藤亜沙美はベガに襲われる。琢磨は折を見て、『ハメ撮り』を、持ちかけることにした。
 佐藤亜沙美がまだ処女だとわかったのは、収穫だった。動画で、処女喪失の瞬間を拝めるかもしれない。
 ベガからもらった画像のスタンプの上にポインターを合せた。
 マウスをその場で、左右に小刻みに動かしながら、琢磨はまた、昂った。

#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

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