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ノイズキャンセラー 第七章

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第七章

 琢磨のSNSのアカウント名は『オーバーナイト』だ。榊原夜斗を超えるという意味をもたせている。
 琢磨はSNSのダイレクトメッセージ機能をつかって佐藤亜沙美のストーカー『ベガ』に接触した。更新を楽しみにしていることを伝えた後、『あさみんって、佐藤亜沙美さんですよね』と、付け加えた。
 メッセージに既読はついたが、その日は返信はなかった。その代わりに、ブログの記事がすべて非公開にされた。琢磨は焦った。刺激したことでベガがブログをやめてしまうと、佐藤亜沙美の情報が入ってこなくなる。しかし、ブログ自体は削除されていないので、何らかの修正を加えている可能性がある。しばらく様子を見るしかなかった。
 記事は数日後、顔にモザイクがかけられた写真に差し替えられて、再公開された。これまでの写真はすでにダウンロード済みだったが、今後はモザイクがかかったものしか手に入らない。残念だが、ブログが続くだけよかった。
 そして、やっとベガから返信が来た。琢磨がどういう意図で近づいてきたかを測りかねたのだろう。
『あさみんとはどういう関係ですか?』と、探りをいれてきた。
 琢磨は、迷わずありのままを伝えた。すると、『高校の同級生なら、卒業アルバムの写真を見せてほしい』と言われた。琢磨は、卒業できなかったので、アルバムは持っていない。実家に置いていて手元にない設定にした。
 ベガが一番困るのはきっと、佐藤亜沙美本人にブログの存在をばらされることだと予想し、『ブログのことは本人には言わないので安心してください』と伝えた。
 ベガは次に出身地を訊いてきた。琢磨は『舞鶴ですよ』と、すぐに返した。
 お互いDMを開いているので、チャットと同じ状態になっている。答えればすぐ質問が来る。
『話しかけてきた目的は?』 
『情報提供ですね』
『なんの情報?』
 琢磨はこの段階でどこまで言うかを迷った。
『まあ、おいおいで』
 わざわざ癇に障りそうな言い回しを選んだ。画面を見ながらベガはどんな表情をしているのだろうか。こちらの目的がわからず、苛立っているかもしれない。
『佐藤亜沙美さん可愛いですよね。とくに声が』
 琢磨は、唯一残っている佐藤亜沙美の印象を伝えた。
『そう、すごく可愛い』
 すぐに返信が来た。
『羨ましいな。ベガさんはそばにいるんですよね。お互い地元を離れてるので、もう会えないんですよね』
『同窓会は?』
『佐藤亜沙美さんは、絶対に来ないです。理由があるから』
 琢磨にも出席できない理由があるが、そこは伏せておく。
『どんな理由ですか?』
『それは、おいおいで』
 実際は佐藤亜沙美の情報を、ほとんど持っていない。琢磨は話題を変えることにした。
『彼女の地元の話、しましょうか』
 ベガが乗ってきた。なんとなくだが、ベガは佐藤亜沙美の同僚だと感じた。仲が良いようなので、同期入社かもしれない。告白して付き合おうという発想がないようなので、ベガはきっと、自信を持てない容姿をしている。
 地元の祭りや、有名な施設と、北海道行きのフェリーの話をした。
 琢磨は、いくつか学校行事の情報を提供しようと記憶をたどる。琢磨も、三年の夏休み前までは、普通に高校生活を送っていた。佐藤亜沙美とは、二年生の頃、同じクラスだった。修学旅行の移動中に何かエピソードはなかっただろうか。バスの席は近かった気がする。あくまでも気がするだけで、曖昧な記憶だ。琢磨は、佐藤亜沙美の処女喪失のエピソードを聞くまで、ほとんど興味を持っていなかった。三年の時はクラスが違ったので、廊下ですれ違う程度だった。夏服に変わった時に、意外に胸が大きいことに気づいたのを覚えている。
 琢磨は、佐藤亜沙美がいつも髪を二つにわけて結っていたことを思い出した。
『おさげ髪っていうんですかね。ツインテールより低い位置で髪を結んでるやつ。彼女、いつもそれでした』
『似合いそう』
 ベガの食いつきが良かった。制服のデザインについては、色や柄を言うとすぐ学校が特定されてしまうので、タイプの情報を与えた。佐藤亜沙美とベガとの関係が近いなら自分で訊くだろう。簡単には教えないという意思表示だ。
 そろそろ自分の質問にも答えてもらえそうだと琢磨は思った。
『ベガさんは、佐藤さんと同じ職場なんですか?』
 しばらく返信がなかった。いきなり踏み込み過ぎたかと公開していると『どうして?』と、訊かれた。
『いや、なんとなく、彼女の近くにいる人ならいいなあと思ってて』
 近くにいるのはわかりきっている。
『彼女、高校時代にかなり辛い経験があるから、きっとまだ引きずってると思うんです』
 唯一のネタをちらつかせた。
『どんな?』
 ベガは気になって仕方ないはずだ。
『まだ、教えられません。ベガさんが、佐藤さんを救える人物かを見極められたら、お話します』
 琢磨はどんな仕事をしているかを、訊いてみた。
『接客業』
 人と接する仕事についているのなら、ベガにはそれなりにコミュニケーション能力がありそうだ。
『この後、用事があるので、失礼します。ブログの更新、楽しみにしてますよ』
 琢磨は、いったんベガとの会話を終わらせた。
 ブログを読み直して、今後の計画を立てることにした。ゆっくり情報を引き出していく。
 琢磨はゲーム感覚だった。佐藤亜沙美の卑猥な画像を手に入れる。それが、クリア条件だ。
 ベガのブログの写真をみるに、佐藤亜沙美は結構楽しげな生活を送っている。高校で、同級生の好奇の目にさらされた。自分と同じように、引きこもりになっておかしくなかったはずなのに、佐藤亜沙美は高校に通い続け卒業をした。今はどこかで就職をしている。
 琢磨は佐藤亜沙美を許せなかった。
 佐藤亜沙美は自分と同じように堕ちるべき人間だ。罰を与えなければと琢磨を思った。
 琢磨はひらめいた。
「監禁させよう」
 ストーカーが喜びそうな罰だ。
 琢磨は監禁グッズについてインターネットで検索した。 
 声を出されてはすぐばれるので猿轡は必須だ。手錠だけでなく足枷もビジュアルが良い。貞操帯も面白い。全裸で首輪をつけ、しっぽのついたアナルキャップをするのはどうだろう。
 佐藤亜沙美がベガに飼われる。良い響きだと琢磨は思った。
 琢磨は臭いのない世界にいた。
 自身から放たれる異臭は、自分で嗅ぐことができない。
 ベガのブログからダウンロードしておいた写真をモニターに映し出した。
 エロ漫画で『アヘ顔』と呼ばれる、白目を向いてよだれをたらし快楽に溺れる顔を思い浮かべる。
 高校の非常階段で処女を捧げるような女には、快楽堕ちが相応しい。
 琢磨は、佐藤亜沙美の写真を凝視しながら、手で性器をこすり上げる。
 もうすぐだ。そう思いながら、琢磨はきつく目を閉じる。軽く体を震わせながら、歪んだ性の象徴を迸らせた。


#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

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