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「乾杯をもっとおいしく。」上富良野ツアー参戦記


畑の中で飲みました

●人生サイコーの一杯

2024年8月上旬、サッポロビール上富良野ホップ研究圃場(ほじょう)。
気温25℃、道北の夏らしい爽やかな陽気。

はるか頭上までツタが伸びたホップ畑の真っただ中。
カンカンに熾った炭火からの熱気を放つ焼き台の上では、上富良野の特産品として知られる多田精肉店の味付き豚サガリにジリジリと火が通り、タレが焦げる香ばしい匂いが漂ってくる。

おそらくサッポロビールのエライ方であろう男性のスタッフさんが、直々にビールサーバーから「黒ラベル」を注いでくれる。専用アルミカップに注いでもらった樽生をグイグイと喉に流し込む。

冷たくフレッシュな炭酸感と爽快な苦みが、喉から食道へとすべり落ちていくのが感じられる。

「あーあー、これはうまいなあ」

思わず知らず口に出てしまう。
実感がこもりすぎていたのか、近くにいたスタッフさんに笑われてしまう。

これぞ大人の愉悦。至高の瞬間。

あまり大げさに言い募っても感動の陳腐化を招くので、厳に慎みたいところではありますが、心から出ちゃった感想は致し方なし。完全優勝。

そんな人生サイコーシチュエーションで、心置きなくサッポロビールの生を飲みまくるーー今回はそんな日帰りバスツアーに参加してきましたよ、というリポートです。


●きっかけは「SORACHI 1984」

JR札幌駅の構内のスタンドバーでうまいビールが飲める話を先日アップしました。

この時、店内のポスターで見かけたのが、日帰りバスツアー『「乾杯をもっとおいしく。」上富良野ツアー ホップに囲まれた特設会場で名物豚サガリとビールで乾杯!』の募集要項。

別件で上富良野町のホップ畑を取材したことはあるんですが、さすがにその場ではビールは飲めなかったので「これは行かねば!」と即断。ネットで申し込みました。

主催は(株)北海道宝島旅行社というユニークなツアー企画を催行している旅行代理店さんです。

店頭のポスター

募集要項をダイジェストでまとめると、

2023年も大変にご好評をいただきました「乾杯をもっとおいしく。」を追求した、サッポロビール株式会社全面協力のツアーを今年も開催いたします!

原材料にこだわるサッポロビールが長年にわたり、二人三脚で改良を続けてきた上富良野町のホップは栽培開始から100年を越えました。本ツアーでは特別に、このホップ畑の中で、町民熱愛の「豚サガリ」を中心とした焼肉ランチと、サッポロビールの乾杯!お楽しみいただきます。

https://hokkaido-takarajima.com/2024sapporobeertour/

という感じ。

参加料金は、おひとり様12,000円(税込)で、私は8月4日(日)の回に申し込みました。


●心技体を整えて

ここでちょっと雑談を。

私はお酒をおいしいと感じるかどうかは、その時の自分の気力・体力・精神状態に大いに左右されると考えています。

お酒の品質も時間の経過によって変化しますが(鮮度or熟成)、たとえ同じ銘柄でも、ニンゲン側のコンディションによってその味わいは大きく異なるというのが、酒飲みの実態じゃないかな、と常々考えています。

なかにはクサクサした気分を紛らわしたり、溜まった鬱憤を晴らすためだけに酒をかっ食らうタイプの方もいるので、一概には言えませんが(この場合、酒はドラッグ)、経験を積んでくると、心技体のコンディションを整えることで、ある程度、酔いの着地点を予測・コントロールできるようになる気がします。
まあ結局、それでもいろいろとヒドい失敗は繰り返すわけですが。

さて、拙著『ほっかいどう地酒ラベルグラフィティー』では、北海道における日本酒製造の産業史を明治から令和にかけて概観する「北海道の酒造史」というコーナーがありまして、かなり力を入れて調べて書いたので、ぜひお読みいただきたいのですが(スキあらばPR)、実は同じ明治初期、北海道ではビールとワインの製造も開始されています。

違いは、日本酒が民間主体の事業だったのに対し、ビールとワインは北海道開拓使による官営で推し進められたこと。明治9年に札幌で開設された北海道開拓使麦酒醸造所が、後のサッポロビールにつながっていくわけですが、このあたりのビールの歴史もかなりおもしろいので、いずれ深堀りしたいところです。

ということで、現世のヨシナシゴト、しがらみや屈託をいったんそっと端に寄せ(解決はしない)、各種連絡事項を爆速で打ち返し、仕事もできる限り片づけ、朝はウォーキングとラジオ体操に参加し、暴飲暴食を控え、体調をなるべく整えて、無念無想&無想転生を志しつつ、ツアー当日を迎えました。

そうです。
今回は狙って、計画的に、優勝しにいっているのです。
フフフ。


●ホップを学ぶ(座学)

集合場所は緑でモサモサになっている赤レンガの工場跡。★マークが見えますか?

集合は朝の8時30分。
サッポロビールのシンボルマークである赤星が輝くショッピングモール「サッポロファクトリー」(札幌市中央区北2条東4丁目)のレンガ館の前に集合して、バスに乗り込みます。いやーバス旅行なんて、久しぶりだな。道民は自家用車で移動しちゃいますからね。

社内ではサッポロビールの偉い方の挨拶があったりしつつ、8時45分にバスは出発。参加者はざっと25人程度で、座席でもゆったり過ごせました。

最近のバスは快適ですね

札幌市から上富良野町までは、道央自動車道を使って片道2時間10分~2時間30分程度の距離感。
最初の目的地は、上富良野町サッポロビール(株)原料開発研究所(上富良野町本町3丁目5-25)です。

まずは座学。まだ飲みません。

木造で天井が高い趣きのある建物自体が、昭和2(1927)年にホップの乾燥所として建てられたという年代物。そこで研究者の方が直々に、サッポロビールの歴史や上富良野でのポップ栽培の歩みについて、スライドを使いながら説明してくださいました。いやー徐々にマニアックな内容になっていって、気分も高まりますね、いいですね。以下、気になった点をトピックスで。


・サッポロビールは創業以来、大麦とホップの品種改良(育種)を続けてきた。現在の研究拠点はここ上富良野町と群馬県太田市の2カ所。ちなみに国内大手4社の中で、育種を続けているのは同社だけとのこと。

・明治9(1876)年に開拓使麦酒醸造所が創設(この年がサッポロビールの創業年)。この醸造所は開拓使廃止後に→北海道庁→大蔵組商会に払い下げられ、明治20(1887)年には渋沢栄一(出たわね、新一万円札!)を経営陣に迎えて、札幌麦酒会社に。明治26(1893)年に株式会社化し、渋沢栄一が取締役会長に就任。

・ビール特有の苦みや香りの元となるホップ(西洋唐花草)は、アサ科の多年草。醸造に使うのは雌の毬花のみ。

・北海道限定ビール「サッポロクラシック」に使用されているホップは「ファインアロマホップ」だが、北海道産の「フラノマジカル」や「リトルスター」なども時期に応じて採用されている。このほかにも「フラノスペシャル」「フラノビューティ」といった品種がある。競走馬みたいな命名ですね。

・「伝説のホップ SORACHI 1984」に使われているホップ「ソラチエース」については後述。

・大麦は北海道だけでなく本州でも栽培されている。北海道では富良野や網走で栽培。サッポロビールが開発した品種「きたのほし」も採用されている


座学終了後は、いそいそとバスに乗りこみ、すぐ近くにあるサッポロビール上富良野ホップ研究圃場(上富良野町東4線北24号1296-4)に移動しました。


●ホップを学ぶ(実践)

これがホップの毬花。割ると見える黄色い粒がカプセル状になっているルプリンで、潰してこすると、まんまビールの香り! 右上が「フラノマジカル」、下の2点が「ソラチエース」

明治4(1871)年に北海道の岩内で野生のホップが発見され、「もしかして北海道の気候、栽培に適してるんじゃね?」ということになって、大正12(1923)年に上富良野町でホップの試験栽培が開始されました。100周年!

普段は立ち入り禁止のホップ研究圃場に、この日は特別に入ることができました。まずは、長年ホップの品種改良に携わっているフィールドマンの鯉江弘一朗さん(業界の有名人)から説明を受けました。ツタ系なので、天に向かってグングン伸びていっちゃうわけで、畑といっても独特の形状になっています。

研究圃場の様子
タテ構図
ホップの球花はこんな感じで成って(?)います。植物だ(当たり前)
ホップは収穫後、すぐに乾燥して出荷されます(別の取材で生ホップを使って醸造したクラフトビールも飲んだことがあるんですが、それもうまかった!)

そしていよいよ、お待ちかねのランチタイム。

マジで畑の真っただ中にBBQシステムを組んでしまっています。
北海道的野外ジンギスカンの定番スタイルではありますが、「ほんとにここでやっちゃっていいの?」と一瞬不安になるほどのナイスシチュエーションです。

ザ・北海道スタイル

ここで参加者には専用のアルミカップとおにぎり1個が配給され、何となくバラバラと座席について、焼きと飲みをスタート。(冒頭のシーンへ)

飲っております、大人たちが!

ネット販売も大人気という多田精肉店の豚サガリは、味付の「豚吉思汗(とんぎすかん)」、しお味とみそ味の「豚さがり」の3種類。これを豪快にドカッと網上にのせて、炭火の遠赤外線であぶりあげると……これがまた、うまいんだ。ビールに合うんだ。

はい、コレ! しお味も、みそ味も、豚吉思汗も全種おいしくて、甲乙つけがたし

ここからは、飲む、肉をのせる、焼く、飲む、ひっくり返す、飲む、食べる、おかわりをもらいに行く、のループ。参加者はいずれも手練れのビール好きばかりとお見受けしましたが、そこはみなさん大人なので、粛々とスムーズに進行していきます。

ランチタイムは70分。十分満喫できました。

ツアーはこのあと、バスに乗り込んで、上富良野町内の契約農家さんのホップ畑を見学〜フラノマルシェに立ち寄り〜札幌へ、という流れ。ビアガーデンのチケットや「まるごとかみふらの プレミアムビール」などのお土産もいただいて、18時半には札幌に到着しました。日帰り!

こちらは上富良野町内にある協働契約栽培農家の佐藤農場さんのホップ畑。町の中に急に現れます


●「ソラチエース」の話

サッポロビールが独自開発した「ソラチエース」は、昭和59(1984)年に品種登録されたホップです。

ただこの品種、ちょっと変わった経歴をたどっているんですね。

個性的な香りが特徴の「ソラチエース」は当時の日本の市場ニーズに合わないと判断され(主力ビールに採用されたのは「フラノエース」)、新天地を求めてアメリカ・オレゴンへ。そこで現地のホップ農家に見出されると、アメリカやヨーロッパの醸造家から高く評価され、世界的に脚光を浴びることになりました。

(これは私の想像ですが、北米には個性豊かなクラフトビールのブルワリーが多いので、香りや味わいの異なるホップを常々探していたんじゃないかなと。そのアンテナにヒットしたと。クラフトビールっぽい香りだもんなあ)

その流れを受けて、親元のサッポロビールが2019年に「SORACHI 1984」として商品化。いわば逆輸入的に日本国内で発売されたわけです。

ここ10年のクラフトビールのブームが押し広げた、多様な味わいを受け入れる文化に「ソラチエース」の風味がマッチした、という背景があるように思います。
JR札幌駅のスタンドバーで飲んだ一杯もうまかったからなあ。

ちなみに「SORACHI 1984」の缶ビールには「本商品では、アメリカ産に加え、オリジナルの上富良野産ソラチエースも一部使用」とのただし書きが記載されています。100%「ソラチエース」が使われていますが、アメリカ産と上富良野産をミックスして醸造してるよ、ということですね。うむうむ。

参考資料としてイオンで買った「SORACHI 1984」の350ml缶。飲んじゃったけど


●奥が深すぎ、サッポロビール

実はこの後、恵庭市のサッポロビールの工場見学に参加したり、札幌市東区にある「サッポロビール博物館」周辺を訪ねたりと、個人的に取材を続けていたんですが、あまりに範疇が広く、面白い逸話が目白押しでもあるので、果たしてどう書いたものかと、すっかり書きあぐねてしまっておりました。気づけば秋。

「サッポロビール庭園」という駅があるんですね、恵庭市の工場の近くに。下の2枚はサッポロビール博物館のそばで営業するビール園と、「麦とホップを製す連者ビイルとゆふ酒に奈る」という開拓使麦酒醸造所の開業式で飾られた樽のサインの復元

今思えば、ホップ畑の中で飲んだあの一杯、果たしてあれは現実だったのか。

いやお金を払って参加しているので、紛れもない現実ではあるわけですが、思い出すたびになぜだかぼーっとしてしまい、あのタダナラヌ飲みごたえと充足感が、何だかボンヤリと泡のように雲散霧消、どうにも儚く消失していくような思いに駆られてしまって……

ということで、もしこのツアーが来年も催行されるなら、もう一度参加して、確かめたいと思っています。
(ただ、行きたいだけ)

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