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#小説

#1 いきたい場所

#1 いきたい場所

 どこか行きたい場所ある、と聞かれた。まぁ、特に思いつかんなぁ、と気のない返事をした。思えば、あの時言ってしまえばよかったかもしれない。おまえのいる所が、つまり私の行きたい場所であると。どこにも行かなくていい、そこのソファに掛けて、じっと抱き合っていたいのだ。雨の音に紛れて見える幻がある。どこかへ行ってしまったおまえを追う私の影に、しんしんと雨はやさしく雫をおとす。背中に感じるあたたかな温度は、君

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#38 渡し守

#38 渡し守

 白熱電球の微光が、夜の霧を貫いています。ここはひどく寒い。雪にとざされたローカル線末端の駅の待合は、まるで暗闇の大洋に浮かぶ一艘の帆船です。排気ガスを吸い込んだ雪のような、わたしの制帽の下のくすんで醜いグレーの髪がガラス窓に映って、悲しみでもなく、達成感でもないうつろな感情が、しずかに立ちあがってくるようです。待合の石油ストーブの上にかけた薬缶のお湯が、少しずつ気体となって、わたしにわたしが生き

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