見極める力を養う
真に相手のことを想ってのことなのか、
自分が善き人でありたいがためなのか、
不義理な人になりたくないからなのか、
真剣に向き合わなければわからない。
私はこれまでこの課題で何度も痛い目にあい、
傷つけられたと思っていた傷も自分の在り方からきているものだなんて最初は認めたくなかった。
でも認めるということを続けていく内に、
被害者意識をもつのではなく、
自分が成長するということを選択していく内に、
見極められるようになっていった。
これは誰のためにやろうとしていることなのか
真に相手にとってためになることは何なのか
11月、楽しいことやうれしいことがたくさん続き、あらゆる方面で喜びと感謝があふれる中、実はとっても悲しいことも起きた。
しかしこれまでの学びを活かし、見極めて行動できた自分を誇りに思う。
真に相手のためになることは
真に自分のためになることと合致する
逆も然り
言うのは簡単。
実際に腑に落とし、
実践するのは時にはとてもむずかしい。
なんでこんなこと起こるの〜〜〜
と心が嘆いた瞬間、瞬時にわかった。
自分の成長を味わうため。
それでもちゃんと内観はしました。(ここ大事!)
わかってるけど「つらい、悲しい」を、
そして悲しいの下に隠れてた「怒り」を、
落ち着くまで感じてあげました。
魂は心を通して
『喜怒哀楽』全部を味わいつくしたい。
それはこの世に生まれてきたからこそ
できること。
感情自体に良いわるいはない。
感じちゃいけない感情なんてない。
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