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フレンド・リクエスト(2)

ひきこもっていたある日、SNSで全く面識のない方から突然、友達申請と同時に「私の従妹がひきこもりなんです」と相談メッセージを受けた。そのときの返信内容。

まえがき

 SNSにアカウントを登録するとき、大抵、職業などを入力します。もう長らくひきこもっている僕には、適当なものがなかったので入力せずに放っておくと、SNSサービスは「職業を入力してプロフィールを完成させてみましょう!」なんていかにも親切そうに促してきます。ログインのたびにこんなメッセージが表示されてはかなわんと思い、あるとき「ひきこもり」と入力したところ、メッセージはもう表れなくなり、気が清々しました。

 それからしばらく経った、年の瀬も押し迫ったある朝のこと。
 PCを起動して、SNSサイトにログインすると、友達申請アイコンとメッセンジャーアイコンが赤く光っている。
 ひきこもっていると、友達申請やメッセージが来ることなんて滅多にありません。

 このときの友達申請とメッセージの主は、Fさんという直接面識のない方でした。

 僕はSNSとはいえ、基本的に面識のある方としかつながらないことにしています。ときどき共通の友達を介して、全く知らない方から友達申請を受けることもありますが、そんな場合でも、メッセージ内容とその方の公開情報をかなり吟味させていただいた上で承認します。承認しないこともあります。

 メッセージにはこんなことが書かれていました。
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F:てつろうさん、はじめまして、Fと申します。
突然ですが、てつろうさんに相談があります。

私は大学院生で、今、冬休みで実家に帰省しているところなのですが、今日、久しぶりに会った伯父から突然、従妹について相談を受けました。

私と年も近く仲が良かったその従妹は、大学進学で親元を離れ独り暮らしをしているのですが、どうやらある科目を落としてから精神的に不安定になったそうで、ここのところとうとう自室に引きこもって大学にも行かなくなり、この冬は実家にも帰ってこないそうです。そんな従妹について「もしアドバイスがあれば、お願いします。」と伯父から言われました。

私はその場でなんと言ったらいいかわからず、当惑して帰ってきたのですが、ひょっとしたらひきこもりの経験のあるてつろうさんなら、何かいい考えをお持ちかもしれないと思い、いきなりですがメッセージさせていただきました。

私はひきこもりが悪いことだとは思いません。
従妹の場合、自分と向き合う時間が必要なのかなとも思います。私が何をしても、何か言っても、余計辛くなる気がしています。
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 メッセージを読んで、どうしてFさんは僕のことを知ったのだろうと、いぶかしく思った僕は、Fさんのプロフィールを確認することにしました。
すると、実はFさんと僕は年齢こそ違え、同じ大学出身で、そのため共通の知人も多いことがわかりました。ひきこもりについて変な投稿をする僕のことも、どうやらその知人経由で知ったのかもしれません。
Fさんが怪しいユーザーではなさそうなので、まずはFさんの友達申請を承認することにしました。

 それから、Fさんのタイムラインに目を通すと、Fさんは大学院で宇宙工学を専門に研究をしていて、年若い割には海外の大学で研究するなど華々しい経歴の持ち主であることもわかりました。

「確かにFさんの言う通りだ」

 僕はPC越しに窓を見上げながら、しばらくボーっとしていましたが、ふと思い立って、指に任せて返信を立て続けに打っていました。

以下、そのときの返信です。

Fさんへの返信

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てつろう(以下、て):

Fさん、メッセージありがとうございます。

実は、僕もFさんと同じ大学に通っていました。20年前、何をとち狂ってしまってか、天文学に進学してしまったのですが、もともとは宇宙工学志望でした。Fさんのタイムラインを見て、「こんなところに、自分のかつての夢を実現してくれようとしている人がいる、それも自分の大学の後輩で!!」と嬉しくなってしまいました。Fさんの投稿、これからも楽しみにしています。

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て:
ところで、ご相談いただいた件ですが、伯父さん自身、そして伯父さんから相談されたFさんの戸惑い、想像できます。Fさんが従妹のひきこもりについて考えていることも、確かにそのとおりだと思います。詳しいことも知らずに話しても、何か役に立つかわかりませんが、少し僕の話をしますね。


僕が自分自身のことを、精神障害者だとか、ひきこもりだとか、SNSで投稿したり、直接会って打ち明けたりすると、人によっていろいろな反応があります。いろいろ気遣って言葉をかけてくれたり、手を差し伸べようとしてくれたり、あるいは無視したり、あるいは陰で僕のことを噂したり、・・・、そういった外面的な反応が様々なだけでなく、内面的な反応も様々です。たとえば、ひきこもりの僕と無難に接しているようで、心のうちでは僕のことを価値のない人間だと見下していたり、あるいはひきこもりの僕ためにいろいろ気遣ってくれているようで、実はその同情の底に「自分が同じ境遇になるなんて、まっぴらゴメン」というような疎ましく思う気持ちがあったり、・・・、と内面の反応も人それぞれです。(もちろん、外面的には目立った反応を示さなくても、どんな人にも尊厳があることを知っていて、こんな僕にも敬意を払ってくれる人もいます。)

誰かがひきこもっていて、その人の周りがそれに戸惑っていると、ひきこもり当人が関係者の戸惑いの原因のように見えますが、実は、その関係者の戸惑いはそれぞれの内面的な反応で、その反応の原因は、それぞれの人自身の中にあるんだと思います。つまり、ひきこもり当人が抱えている問題と、その関係者それぞれが抱えている問題は、別物なんですよね。ただ「誰かひきこもりの人がいる」という事象が共通しているだけで、それが原因でもなんでもないんです。

という視点で、伯父さんの言葉を振り返ると、従妹のひきこもりに困惑してアドバイスを求めているのは、従妹自身ではなく、伯父さんではないでしょうか?Fさんと伯父さんとの関係によりますが、まずは伯父さんにFさんがどう寄り添えるか考えてみて、Fさんができること、してあげたいことをしたらいいと思います。(もちろん従妹から何か求められているのなら、それに従ってFさんができること、してあげたいことをしたらいいと思います。)


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て:

ところで、ひきこもりについて、おそらくFさんには経験がないでしょうから、少し僕の体験を話しますね。
僕らの外側には広い宇宙が広がっていますが、僕らの内側、各個人の内側にも宇宙が広がっています。
ひきこもりは外面的にはどこにも行かず、何もしていないように見えますが、自分の内側の宇宙を探検する「宇宙探検家」なんです。
無重力や数G、空気の薄い状態といった通常の宇宙飛行士が体験することどころか、ワームホールをくぐり抜けたり、ブラックホールでのスウィングバイ、ワープ航行なんかして、異星人とコンタクトするとか、およそSF映画で観るようなことは全て体験します。内側でそんな壮絶な体験をしているとき、外側のことなんて構ってなんかいられませんよね(笑)

宇宙飛行士と違って、誰に指図されることもなく、目的も目的地も期間もわからず、ただひたすら必死に宇宙を渡り歩きます。それも道半ばで命を落とす人もいます。本当に命がけです。


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て:

ひきこもった彼女もそんな探検が始まったところなのかもれません。もちろん、本人の内面では壮絶な体験なので大変だとは思います。誰もその旅程に気づくことはありませんが、まずはその尊い存在に気づいてみてください。


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て:

その内側の旅程は一人で進んでいかなければなりませんが、実は全く孤立したものでもありません。
たとえば、超光速な通信(SF映画でも不思議ですよね)で、自分の外側の世界と交信をすることがあって、本人が本当に必要なときには、必要なものに巡りあうようになっています。それは、SF映画で言えば、ちょうどほどよい惑星から灯台のように発せられた信号を見つけて、そこで必要な物、人、情報を手に入れるようなものです。

Fさんが彼女の内なる探検に敬意を払っていれば、彼女からの信号をキャッチして信号を送り返すことができたり、逆に彼女がFさんのところに立ち寄ってくれるかもしれません。そのとき、Fさんは彼女の求めに応じてしてあげたいことを自然とできると思います。また、仮にFさんでなくても、他の誰かが適切なタイミングでやってくれるので、Fさんがそれほど重く捉えなくても大丈夫。


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て:

そう、この内側の探検のひとつの目的は、自分の内側の宇宙が外側の宇宙とつながっている、自分が個人として孤立していない、ということに気づくことです。命を落とすかもしれませんが、それだけの価値はあることです。
僕は彼女の顔も知らないですが彼女の成就を陰ながら祈っています。
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あとがき

 それっきりFさんからメッセージは来ませんでした。
 やっぱり、まじめな理系の方、あるいは順調な人生を歩んできた方には、ちょっとぶっ飛びすぎていて、ふざけていると思われたのでしょう。

 まずは、『ひきこもりのつぶやき(抄)』を読んでもらってから返信したらよかったのかもなぁ、と反省しましたが、後悔先に立たず、ですね。

いずれにしても、
Fさんの従妹を含めて、
全てのひきこもりに幸運を
てつろう拝

2021/02/01 v0.2 公開@Note
2018/12/30 v0.1 初稿

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