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「日本すごい」には気をつけたほうがいい。

昨今、テレビでは「日本すごい」系の番組が増えたように思う。数を数えたわけではないから、正確なことは言えないが、3-4年前より断然増えていると思う。


興味深い内容のものもあるが、悲しい内容のものもたくさんある。

◉ 他の国から来た人々にインタビューをして「日本のすごさ」を語ってもらう番組

◉ 他の国からの映像を見て「日本じゃこんなことはしませんよ」的なことを言ってやや小馬鹿にし笑っている番組

◉「日本人」のルーツを探して「ほら、日本ってすごい国でしょ」「日本の技術はすごいでしょ」とまだまだ誇らしげに「日本」を語っている番組


なんだか、胃もたれしそうだ。

極めて個人的な感想だが、こういう番組が苦手だ。

全くの異世界の想像された「日本」を見せつけて、いい気になっているようで、自意識過剰だなと思ってしまう。



どうして、こんなことを言い出したのかということだが、日曜日は朝からいろんなワイドショーがテレビでやっているからだ。サンデーモーニングを見ながら朝ごはんを食べて、次のことにすぐ取りかかれば良かったものの、次のサンデージャポンの冒頭数十分まで見てしまったからこんなことを言っている。



今日のサンジャポで、杉村太蔵氏が日本のコロナ対策について

「日本は圧倒的に勝っている」

と熱弁していた。杉村氏が熱弁するものの、岸博幸氏やデープ・スペクター氏から反論されており、全体としては賛同を得られていなかった。


こういう状況下で語られる、

「日本すごい」には気をつけたほうがいい。


ただの現実逃避だ。

現実が見えていないのか。もしくは、同じ世界には住んでないのか。

「同じ世界」には住んではなさそうではあるが。。。



自分たちが母国だと思っている国の優れたところを見るのは心地がいい。嫌な気持ちもしないし、誇らしいし、安堵感もある。

だけど、現実はそうじゃない。

いつの間にか、日本はすでに先進国ではなくなっているのが現在だ。

多くの先進国で熱く議論や活動が続く環境問題について霞ヶ関では熱視線を浴びることはなく、コロナをむかえた。男尊女卑はいつになってもなくならない。ジェンダー格差は酷いし、人種差別やヘイトも平気で蔓延っている。政治家は失言をしても、隠蔽しても公的な文書を勝手に処分しても未だ政治家をやっている。


正直、今の日本のどこがすごいのかがわからない。


いつまでも「日本すごい」と勘違いしていては、世界から大きく離されるだろうし、いつのまにかその勘違いが勘違いであることさえ気がつかなくなってしまうだろう。気がついたときにはもう手遅れになってしまう可能性だってある。

現実を見よう。吟味しよう。考えよう。



付け加えると、

サンデーモーニングでは、「強い個人」の話が出ていた。

コロナで浮き彫りになった「強い/弱い国家」、「強い/弱い社会」のバランスの話を姜尚中氏が語り、そこでは日本は「弱い国家であり弱い社会だった」と述べられていた。

その次の論客、田中優子氏は「強い国家」「強い社会」に加えて「強い個人」が必要だと語っていた。そしてその「強い個人」というのが、

”無知でない人、曖昧な知識で人を差別しない人、ハラスメントしない人、自分の知識をどこから得ているか分かっている人、自分のデータがどこにあり、何に使われそうなのかを知っている人”(*メモをとっていなかったため大意)

ということで語られていた。

何も吟味せず、考えず、ただただ「日本すごい」を真に受けていたら、この「強い個人」には到底たどり着かない。たどり着けなければ、先進国への道は遠くなるばかりだろうな。とか思う。

他方、この田中氏の「強い個人」を鵜呑みにしているではないか、とも言われそうだ。私の中では、「日本すごい」よりも「強い個人」を考えるほうが、今は適当だと感じている。少なくとも短絡的な「日本すごい」よりも、「強い個人」の方が考える余地もあるし、進歩がある。


長くなってしまった。終わろう。


2020年4月26日日曜日。

一日中、勉強ができたいい日だった。自室から見る外は、明るくて暖かくて穏やかだった。今週はぐだぐだだったから、来週に持ち越すものが山ほどある。来週は元気にがんばろ。


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