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大切なのは「番組の“その先の展開”」。プロデューサー・吉田学(『ももクロChan』等)インタビュー

ももいろクローバーZ、でんぱ組.inc、AKB48 Team8などのオリジナルコンテンツを配信する動画配信サービス「logirl」スタッフへのリレーインタビュー。

今回は、ももクロの各種番組でプロデューサーを務める吉田学氏に話を聞いた。

吉田 学(よしだ・まなぶ)1978年、東京都出身。プロデューサー。
<現在の担当番組>
『ももクロChan~Momoiro Clover Z Channel~』
『ももクロちゃんと!』
『川上アキラの人のふんどしでひとりふんどし』
『Musée du ももクロ』

DVD担当から、プロデューサーへ

──それぞれの番組にはどのような関わり方をしているのでしょうか?

吉田 プロデュース業務全般ですね。マネジメントとの連携、番組の構成、ほかにもグッズや書籍などのコンテンツ展開が多岐にわたってあるので、常にあらゆる動きを視野に入れながらやっています。

──最も長く携わっている番組は『ももクロChan』ですよね。

吉田 はい。当時はDVDの制作セクションに所属していて、『ももクロChan』番組が始まってすぐに、さちひろ氏からビデオグラム化できないかと相談を受けたのが番組に関わるきっかけでした。

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(写真:『ももクロChan~Momoiro Clover Z Channel~』

当時はAKB48がアイドル1強時代でしたからね。スターダストプロモーション所属のアイドルグループというのをあまりイメージできなかったんですけど、ももクロというワードをネットニュースで目にすることが多く、おもしろいことをしている印象でした。一番は、今までご法度だったメンバーの脱退告白映像が番組で独占公開されたこと。これは話題性抜群だし、パッケージ化のあと押しになったきっかけでした。当初は予算ギリギリまで経費をかけてパッケージの制作をしてました。販売してみたらおかげさまで大好評をいただき、会社から怒られずに済みました(笑)。

──そこからどのように番組自体に参加するようになったのでしょうか。

吉田 DVDがヒットした実績を認められたんでしょうか、番組自体の制作にもいつの間にやら参加するようになったんです。……ほんといつの間にか参加するようになっていましたね(笑)。

時期としては『ももクロChan』が始まって2〜3カ月くらいで、早見あかりちゃんがまだギリギリ在籍していたころです。

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(写真:『ももクロChan』#11/2011年1月28日配信

メンバーが興味を持つことが一番大事

──当時のももクロメンバーの印象はいかがでしたか?

吉田 玉井(詩織)さんとあーりん(佐々木彩夏)が中学生で、あとはみんな高校生だったのかな。元気いっぱいだなってところ、人懐っこいところは今と比べてもあまり変わらないですね。

──これまでの『ももクロChan』で、印象深い企画はありますか?

吉田 「ぶらり高城れに」ですかね。演出の佐々木敦規さんとロケ企画をやりたいよねって話をしていたのがきっかけなんです。語呂がいいから「ぶらり高城れに」という会話から始まったものが、ここまでずっと続く企画になるとは思っていませんでした。

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(写真:『ももクロChan』#103/2012年10月19日配信

──メンバー発信で企画が生まれることも多いですか?

吉田 メンバーとの雑談がヒントになることはあります。最近、放送された『ももクロちゃんと!』のドッキリ企画(4月9日放送)は、(百田)夏菜子ちゃんがずっとメンバーにドッキリを仕掛けたいと言っていたことがきっかけです。だいぶ時間は経ってしまいましたけど、やっと叶えることができてよかったです。

──2010年にテレ朝動画の有料コンテンツとしてスタートした『ももクロChan』は大成功を納め、2013年からは地上派でも放送されるようになりました。昨年10月からは『ももクロちゃんと!』と形が変わりましたが、両番組は内容的にも変化をつけているのでしょうか?

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(写真:『ももクロちゃんと!』

吉田 そうですね。『ももクロちゃんと!』は、それまで放送していた『ももクロChan』の時間帯に改編があり、「バラバラ大作戦」という新たな深夜帯の枠に組み込まれることになったので、衣替えというかたちで始まりました。

とはいえ、コロナ禍のど真ん中での立ち上げだったので、ロケ企画は難しく、スタジオ収録という制限の中でおもしろいことができないかと出てきたのが「ももクロちゃんと〇〇」というアイデアでした。

語呂合わせもよかったし、我々スタッフにも視聴者の方にもなじみ深い“ちゃん”という言葉を残しつつ、ももクロが何かおもしろいものや、変わったもの、奇天烈なものに出会ったときに、新しい化学反応が生まれるような番組にできたらいいなと思っています。

〇〇の部分は、奇をてらい過ぎても、ベタ過ぎてもおもしろくない。ギリギリのところを探るのが難しいですね。その微妙なさじ加減はいつも試行錯誤しています。

初めのうちは手探りだったので企画の立案は苦労していたのですが、ノートを手のひらの上で動きを止めたり、落とすことなく自由に操る「フリースタイルノートブック」を取り上げた回(20年11月13日放送)は、メンバーのテンションも高く、自分の中でわりと印象に残っています。やっぱりメンバーが興味を持つことが一番大事なんだということがわかった企画でした。

おかげさまで4月の改編も乗り越えたので、これからも長く続けていけるような企画を作っていきたいです。メンバーも年齢を重ねていますし、もう少し大人っぽい企画も試してみたいなとは思っていて、たとえば僕が好きな世界の危険地帯や奇妙な風習に密着した『クレイジージャーニー』に登場するような、ディープな世界との出会いもおもしろそうだな、なんて思ったりもします。

『ももクロChan』に関しては、これまでどおりメンバーの素顔を出していけるような番組作りを心がけています。『ももクロちゃんと!』はスタジオでやる企画が多いので、そのぶん『ももクロChan』はロケ中心でやりたいんですが、ご時世的にまだ難しいところがありますね。最近はスタジオでのバラエティ企画が多くなっていますが、いつかまたロケ企画をやりたいです。

それぞれの番組の役割を意識しながら

──ももクロと10年以上一緒に仕事をしてきて、番組に取り組むメンバーの姿勢に変化はありましたか?

吉田 本人たちは全然変わらないですね。昔のままの姿勢でいてくれているので、そのままの雰囲気で番組がやれればと思っています。

僕らとしても、とにかくメンバーに楽しんでもらえる場所にしたいという気持ちが強いので、フラっとやってきてみんなでワチャワチャして帰る、くらいのほうがよさが出るんじゃないかなって。夏菜子ちゃんは「オンエアは観ない」って言っていますけど、そのくらいでいいんだと思います(笑)。

──番組を作る上で、ほかに心がけていることはありますか?

吉田 ロケなどではメンバーに楽しんでもらいつつも、バラエティ的な要素は必要なので、そこで本当にイヤな気持ちにさせないようには気をつけています。たとえば韓国ロケに行ったとき、夏菜子ちゃんにゲテモノを食べてもらいましたが、ムチャ振りも本人がおもしろがって“オイシイ”と思ってくれないと成立しないと思うんですよね。まあ、あのときは夏菜子ちゃん、本気でイヤがってましたけど(笑)。

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(写真:『川上アキラの人のふんどしでひとりふんどし』#261/2021年2月8日配信分

──吉田さんは『川上アキラの人のふんどしでひとりふんどし』で画面に登場することもありますよね。

カーショップで車を買ったり、いろんな意味で番組を使わせてもらっています(笑)。とはいえ、しゃべりは全然うまくならないですし、川上さんがおもしろがってくれるならいいかなという気持ちでやっています。

番組自体は、logirlの立ち上げ期にスタートして、もう6年以上。川上さんは『オールナイトニッポン』をやるくらいトーク力が抜群ですし、僕と世代的にも近いので、同世代のお兄ちゃんと話しているような空気感を大事にしています。なので、たまにやるロケ企画は、自分の趣味がかなり入っています。

とはいえ、あくまで根幹は、ももクロの活動情報を定期的に生で伝えていく番組だとは思っていて、ももクロプロデューサーの川上さんがMCで、より踏み込んだ話ができるというのが大きな強みです。今後もその役割を意識しながら、しっかり継続していきたいなと思います。

自主映画制作から、ADとして音楽番組を担当

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──吉田さんがテレビ業界を目指したきっかけを教えてください。

吉田 大学生のころに映画サークルで自主制作映画を作っていて、なんとなく将来的なビジョンとしては「映像に関わる仕事がしたいな」とは思っていました。そういう環境だったから、まわりも同じような感じでいたのでのんびりしていました。就職氷河期といわれる時代でしたので就活も厳しかったです。そんなもやもやしていたときに、知り合いの紹介でたまたま今の会社に声をかけてもらって、フリーのADとしてテレビの仕事に関わるようになりました。

最初に担当したのが、今も続いている『Music B.B.』という番組です。「BB」はBefore Breakの略で、まだ売れる前だったり、メジャーデビューしたばかりのレコード会社の新人を取り上げている番組です。僕が担当していたころは、マキシマム ザ ホルモンや、FUNKY MONKEY BABYS、フジファブリックなど、今となっては錚々たるメンバーが出ていました。

もともと音楽は好きだったけど、学生時代はほぼ洋楽しか聴いていなかったんですよね。でも、メジャーデビューしたばかりのマキシマム ザ ホルモンをがっつり取材させてもらって、自分と同世代にこんなにおもしろいバンドがいるのかと驚きました。『Music B.B.』をやっていたのは2年くらいでしたが、すごく楽しかったですね。ADが僕くらいしかいなかったので、毎回のロケの仕込みなど大変なことばかりでしたけど、やれてよかったです。

ただその仕事をやっているうちに、僕がいた会社から制作部門がなくなることになってしまったんです。それで、系列だったテレビ朝日への出向というかたちでDVDをパッケージングするセクションに入り、業務を担当するようになりました。

番組を作って終わりではなく、先の展開は常に考えている

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──それが現在のプロデューサー職につながるきっかけだったわけですが、もともとは自主制作という現場で手を動かしていたこともあり、演出側ではなく制作を担当することに抵抗はありませんでしたか?

吉田 それはなかったですね。自主映画を撮っているときから、あんまり監督は向いてないなって思ってたんで(笑)。どちらかというと、映画を作りたい人のサポートをしたり、ビジネスの話を考えているほうが楽しいなと感じることが多かったので、こっちのほうが向いてるなと思います。

DVDのパッケージを制作する作業も、コンテンツの最後のアウトプットの部分じゃないですか。映像の完パケとはまた違う、そのコンテンツのすべての部分における完成版というイメージがあったから、出口の部分を手掛ける気持ちよさもあるんですよね。

今でも制作をする上で、番組だけでなくその先で何かおもしろいことできないかなと常に考えています。たとえば、売れっ子のアーティストさえキャスティングできればlogirlの会員が1000人も2000人も増える……というわけではないんです。人気者を出して、みんなで工夫してがんばって作ったコンテンツでも必ずウケる保証はまったくなくて。
だから番組を作るだけでなく、その先の展開まで考えるのが僕らのチームにとって基本的なセオリーなんです。

ちなみに、6月30日に『ももクロChan』のDVD&Blu-ray第8弾(第37~41集)と、『Musée du ももクロ』の初Blu-rayがリリースされるのですが、この制作も担当しました。みなさんによいものを届けられるよう、収録のラインナップやパッケージの方向性を考えましたので、ぜひ手に取ってもらえたらうれしいですね。

──リニューアルしたlogirlで、今後目指していることはなんでしょうか?

まずは、観やすい環境にすることが大前提ですね。やっぱり観てくれる人が一番なので、その出口の部分にはこだわっていきたいです。その上で、いいコンテンツがなければ二度と観に来てくれないので、楽しい番組をどんどん増やしていけたらいいなと思います。

文=森野広明 編集=田島太陽