見出し画像

“青春の終わり”の渦中で、弱さと向き合うために。【『コントが始まる』×『おもろい以外いらんねん』】

今期話題のドラマ『コントが始まる』と、「芸人」「青春群像劇」「3人」という設定に共通点がある純文学小説『おもろい以外いらんねん』を2本立てでレビュー。前進するか後退するかの狭間に立つ20代後半、お笑い芸人という題材が予測不能な“毒”を帯びる。

ポップカルチャーレビュー「笑いの二点透視」
「笑い」をテーマに、映画やドラマ、小説、マンガ、漫才、コント、演劇など、あらゆるポップカルチャーから厳選した2作品をレコメンド&レビュー。名画座の2本立て上映のように、共通する主題でふたつのコンテンツを並べることで、それぞれの「笑い」を立体的に紐解く連載。毎月1回程度更新。

画像1

それは青春の延長か、人生の延滞か『コントが始まる』

売れない3人組のコント師が結成10年目の岐路に立つ。夢を諦め解散するか、このままゴールの見えない闇の中を走り続けるか。

ドラマ『コントが始まる』(日本テレビ/土曜10時〜)は、20代後半のリアルを描いている。己が望む望まぬに関係なく、「結婚」や「出産」、「キャリアアップ」という透明で大きな壁が迫ってきて徐々に陣地を失っていく、「夢」だけでは到底打ち勝てない20代後半のリアルが。夢が叶わなくても、ただ楽しければよかったのに。奇しくも菅田将暉&有村架純共演の映画『花束みたいな恋をした』と同じく、そうした願望は無情にも時が回収してしまう。

お笑いトリオ〈マクベス〉の3人は第1話の最後、単独ライブに訪れた数少ないファンの前で「2カ月後に解散する」ことを告げるものの、まだ迷っていた。本当は続けたいと思っている。でも続けられない現実がある。9年前に神木隆之介と仲野太賀が共演した映画『桐島、部活やめるってよ』は、好きなものを突き詰めることの煌めきを描いていた。そんな夢も、叶わなければいつか閉ざされてしまうのか。

解散間近で彼らのファンになってしまった女性(有村架純)とその妹(古川琴音)も物語に絡みながら、『コントが始まる』は青春の延長としての「お笑い」を、現実へ向き合うことの延滞とともに描いていく。

笑いそのものの危うさを剥き出しにする『おもろい以外いらんねん』

『コントが始まる』はコンビではなくトリオの芸人を描いているのが特徴だ。そしてここでの「3人」というのは、とても意味があるように思う。

今年の初めに出版された純文学小説『おもろい以外いらんねん』(大前粟生 著/河出書房新社)は、同じく「芸人」「3人」というのがキーワードに上がる作品である。また、同様に20代の後半に差し掛かった芸人たちの分岐点を捉えている。

もっとも、『おもろい以外いらんねん』はコロナ禍に舞台が設定されていることも含め、より「現実に存在する芸人」に距離感が近い。芸人を扱いながらも20代後半の普遍的な悩みや家族の物語が大半を占める『コントが始まる』が「芸人を題材にした青春ドラマ」ならば、『おもろい以外いらんねん』は芸人としての苦悩を剥き出しにする「青春を題材にした芸人小説」という印象だ。それも、『火花』のような「芸人が書いた芸人小説」ではないぶん、「笑いの暴力性」や「男性中心社会としての芸能界」への客観的な疑問や批評が“毒”として存分に盛り込まれている。

「笑い」は突如として暴力性を帯びることがある。ハラスメントや差別と、笑いは結託することがある。人はおぞましい状況を笑いで誤魔化すことがある。嫌な過去を笑いに変えることが救いになることもあるが、どうしたって笑いに変えられないひどい体験もある。

具体的な話をしよう。学校で自分の親友がクラスメイトや先生の容姿をイジって笑いを取っていたとする。そこに割って入ってその親友を咎めることができるだろうか。咎めるとして、なんと言葉を発することができるだろうか。たとえば、好きな芸人が出ている配信ライブを観ていて、その芸人がとっさに女性蔑視的な発言をしたとする。あなたはその事実を含んだ感想文をTwitterに投稿できるだろうか。僕はできないかもしれない。このモヤモヤはどうなる?

青春を続けるためにすべきこと

『おもろい以外いらんねん』には、高校時代に滝場とユウキによって組まれたお笑いコンビ〈馬場リッチバルコニー〉と、滝場と小学生のころからの親友である咲太(主人公)が登場する。滝場は高校生のころからクラスの中心的存在で、みんなの笑いをかっさらっていた。ただ、その笑いはほとんど暴力みたいに、他人を傷つけた上に成り立つものだった。

コンビの結成から8年が経ち、〈馬場リッチバルコニー〉は滝場の危険な(空っぽな)人間性を抱えたまま、売れる契機を得る。同時に、暴力性がどんどん浮き彫りになる。高校時代、親友が暴れ回る横でなんの指摘もできなかった咲太を含め、相方のユウキも、そして滝場自身も、自分たちが抱えている、ずっと抱えてきた問題に向き合おうとする。「おれらはあかんかってん」──。

『コントが始まる』は芸人を用いて青春(20代の終わりの選択)にクロースアップし、『おもろい以外いらんねん』は青春を用いて芸人(笑いの暴力性)にクロースアップする。アプローチは異なるが、どちらも「お笑い」という学生時代から続く青春の延長線上に佇み、未来を生きるために過去を清算する姿を描いている。「3人」がなぜ重要なのか。それはぜひ『おもろい以外いらんねん』を読んで体感してほしいが、「客観性」や「冷静さ」、「優しさ」がポイントになるはずだ。

笑いの諸刃は芸人だけに突きつけられた問題ではない。青春の終わりは誰にでもやってくる。その渦中、弱さに向き合い考え続けることの重要性に、これらの作品はフィクションの魔術で誘ってくれるだろう。

+α(もっと同一テーマを深掘るなら)
吉川トリコ『夢で逢えたら』(文春文庫)
早稲田文学会編『早稲田文学増刊号 「笑い」はどこから来るのか?』(筑摩書房)

文=原 航平 イラスト=ナカムラミサキ 編集=田島太陽

原 航平
ライター/編集。1995年、兵庫県生まれ。RealSound、QuickJapan、bizSPA!、芸人雑誌、CHIRATTOなどの媒体で、映画やドラマ、お笑いの記事を執筆。
Twitterはてなブログ

ナカムラミサキ
1995年生まれ。2017年に美術大学を卒業後、作家活動を開始。絵を描くときだけ両利き。頭が平な人間の絵が特徴。
TwitterInstagram