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里山から海まで循環をつくる一般社団法人パースペクティブが、いま考えていること

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高室 幸子さん 次世代に向けた循環の仕組みづくり

写真中央が高室さん
  • 森を育むことと、ものをつくること

  • 根をはるものを植えるということ

  • 里山と街をつなぐ流域・流域のあり方

● 森を育むことと、ものをつくること
一般社団法人パースペクティブは、伝統工芸を伝えるコーディネーターの高室幸子さんと、漆屋の堤卓也さんが立ち上げた。当初、二人が一緒に事業をしようと話していた時期に、高室さんがROOTSの中山さんやフェイランさんに会いに京北へ来て、高室さんは京北へ移住することに。
これまで、工芸の裏側にある文化や背景を伝えてきた高室さん。一連の仕事の中で、日本の工芸・ものづくりを下支えしている材料や道具自体、厳しい状況にあると知る。ならば、そうさせてしまっている社会に対してできることはないか、考えてきた。
そうしてはじめたのが「工藝の森」という活動だ。「森を育むこと」「ものをつくること」が巡り合うことをビジョンに据え、植樹・育林事業と、循環型ものづくり事業に取り組んでいる。
「工藝の森は、藝の字を旧漢字にしています。これは、人が苗を植えようとしている姿の象形なんです。工芸にも芸術にも、この藝の字が入っている。人が自然に何かを捧げている像こそが、ものづくりへのあるべき態度なのでは、と考えています」と話す。

● 根をはるものを植えるということ
パースペクティブの立ち上げ時には、堤さんの家業である漆を植樹することだけが決まっていた。それなら、京都の街中より京北の方が育成に良いと考え、関われる森を探したという。もともと、海外含めさまざまな土地で暮らしてきた高室さんだが、このときの植樹で、それまでになかった感覚を得た。
「漆は育てて採集できるようになるまで10〜15年かかります。それを頭ではわかっていましたが、実際に植えて、根を生やすものを植えたことのリアリティとか、これから京北へコミットするのだという感情が迫ってきました」。
さらに、京北で室町時代から続く家系の長男と今年結婚されたことも、京北に根をはる大きな機会となった。最近は、結婚後も旧姓のまま活動する人が多いが、彼女はこの結婚を機に苗字を変えたという。
「京北で結婚したら、買い物のたびにさまざまな方からおめでとうと言っていただき、高室さんの嫁として見られることが増えました。一方でパースペクティブという活動をしている自分もいる。そこに裏表がない人生を歩みたいなと思い、苗字を変えたんです」。
彼女の地に足のついた話ぶりと姿勢は、一移住者が地域で活動することの重みを感じさせるものだった。

● 里山と街をつなぐ流域・流域のあり方
先述のとおり、パースペクティブは森づくり事業と、ものづくり事業に取り組んでいる。
前者については、京都市所有の「合併記念の森」(東京ドーム57個分!)の一部がフィールド。以前ゴルフ場開発が進められていたが、バブルが弾けて開発が頓挫していた。その後京北町が買い取ったものの、森林としては手付かずのまま、京北町が京都市に吸収されたときに京都市所有になった。
京北の森には針葉樹が多いが、この森には広葉樹をはじめ他では見られない植生があるという。パースペクティブの二人はそこに漆や桑を植えたり、自生している桐の木を育て自然更新させたりしながら、連続的に植生観察のフィールドワークも行ってきた。
一方後者のものづくり事業については、これから「ファブビレッジ京北」のオープンを予定している。廃校になった小学校を活用し、地域の人が生活で使うものをつくれる木工作業のための場所だ。そこでは、未利用材や廃棄材など、これからの時代に相応しい材料の可能性も模索されていく。
これらの事業を通して、つくることの意味や文脈を生活者自身が知っていくことが重要だという。同時に、それをきちんと体系化する必要性も、高室さんは感じている。「ものづくり」がどんな源泉からどのようにしてここまでたどりつき、使われているのか。ものをつくることが山の姿にどう影響を与えるのか。このような問いを掲げながら、現在は大阪大学Ethnography Labと京都工芸繊維大学とともに、里山と街をつなぐ流域・流域のあり方をリサーチ。理論と実践を日々行き来する。
「森と、街に暮らす自分のつながりを考えられるネットワークとして、次世代に向けた循環の可能性を仕組み化していきたいんです。あうる京北、合併記念の森、ファブビレッジなど、京北の各拠点を連携させ人の動きをつくっていくことを、LOGINに期待しています」


堤 卓也さん 遊んでつくり、世界を知っていく

写真右が堤さん
  • 木と漆のサーフボード「漆板 Siita」

  • ものを使いこむ楽しさ

  • 山から海へ、つながりがわかるものを

● 木と漆のサーフボード 
高室さんのお話しのあとに、サーフボードを持って登場してくれたのが、一緒に活動する堤卓也さん。このボードを筆頭に、彼らの活動は2021年「JapanCraft21」の最優秀賞を受賞し、今や国内外さまざまな場所で高く評価されている。当日見せてくれたボードは、木製サーフボードに漆を塗った「漆板 Siita」。堤さんは家業の漆屋の4代目として働きつつ、Siitaをつくっている。
このボードは、京北にある元農作業小屋を改修した工房で制作されている。今回の合宿の最後に皆で工房を訪れた際には、シェイパーのロドリゴさんはじめ、堤さんと一緒に日頃サーフィンを楽しんでいるメンバーが集まっていて、心地よい穏やかな空気に包まれていた。ここでは、ボードの切り出し、圧着など、一連の工程が進められている。
ボードには京北の杉も使う。桐よりも重いためボードには向かないと思っていたそうだが、杉材の使用する部位を調整すると案外適していることがわかった。ボードのささくれを漆で防ぐこともできる。

● ものを使いこむ楽しさ
一般的にケミカルな素材が多いサーフボードだが、堤さんは漆という材料のおもしろさを伝えたい一心で、サーフボードに漆という材料を掛け合わせた。彼自身、大のサーフィン好きで、単に高級なボードをつくって商売したかったわけではない。そうして漆のサーフボードは、見た目の美しさだけではなく、木製サーフボードより速くのれるとプロサーファーたちからも好評を得るようになった。
「漆を使ったプロダクトは、サーフボード以外にも自転車やスケボーなど、それぞれのファンにチャンネルができると思います」と話す。今はサーフボード以外にもすでに漆塗りのプロダクトをつくり始めていて、それぞれかなりかっこ良い。
例えば自転車では、金属フレームに漆が塗れることに改めて驚く人たちがいる。漆は、自動車の塗料であるウレタンより硬くなる上に、使い込むほどに艶が出たり、傷ついたところがデザインのように味がでる。例えば漆以外で考えてみても、金槌なら持ち手のところに艶がでたり、革製品も形がなじんでいく。使いこんでいく楽しさがあるものは長く使いたいと思える。「今はパソコンのワンクリックでモノが買える時代ですが、漆塗りのサーフボードを筆頭に、モノができる文脈を伝えたい。あらゆるモノに、それができるまでの工程があるし、どこかのバックヤードに底なしにストックされているわけではなく、限られた資源だからです」。

● 山から海へ、つながりがわかるものを
堤さんにとって、オーストラリア在住の有名なシェイパー(サーフボードを削る職人)であるトム・ウェグナー氏との出会いは大きな契機となった。海の環境保全に長年取り組んできた彼がつくったボードに漆を塗りたいと考え、プロデュ―サーの青木真とともに、サーフボードの制作をテーマにした映画製作のオファーをしたという。その後一緒に日本ツアーをしながら、漆のサーフボードを通して漆のことや環境問題への想いを伝えた。
そのツアー中に、桐は漆と同じ15年スパンで育つことを知った堤さん。「例えば、娘が生まれた15年後に桐箪笥を贈るように、息子には15年後に漆のサーフボードを渡したいなと思いました。そういう時間の長さでものづくりをしたい」と語る。
彼の一連の活動には、「森づくりへのリスペクトを子供たちに伝えたい」というモチベーションがある。サーフボードや漆という材料をきっかけに、東京在住の友人たちが子連れで京北に遊びにきてくれて、子供たち同士も一緒に遊ぶ。そうすれば、東京に行ったり、京北に行ったり、地域を超えたつながりと自然での遊び方が幼い頃から身になじんでいく。「ビーチクリーンもするけど、そもそもは街でも山でもゴミを出さないようにしたいと思っています。山でつくったボードで海を遊ぶ。そういう自然環境のつながりを実感することが大事かなと」。
一枚のサーフボードに、さまざまなものがつながっていく。漆、工芸にはじまり、藍の顔料を使うこともできる。それがボードとしての機能をあげることにもなる。それを海外に持っていき展示会をして、海を通してさまざまな人と深い話をする。「海外の人は漆という材料にびっくりしてくれるんですが、触るとさらに驚くんですよね。触れば樹液とわかり、循環可能な材料とわかる。ファンタスティックだと喜んでくれる。そういう、ものを使いつづける日本的な美しさに感動してくれる。だからこそ、それを日本人自身が知り、プライドを持ってくれると嬉しいです」。
この漆のサーフボードづくりは、つくり手である堤さん自身が一番楽しんでいる姿が印象的。それに多くの人が動かされて、彼と一緒に山から海まで一体的に遊びたおす仲間が増えている。

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書き手:中井希衣子

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