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雪吸い(3302字)

「知ってるか? サンタの正体って親なんだぜ!」
 クラスメイトの突然の告白にパオロは衝撃を受けた。
「そんなことないよ」
「じゃあ、どうやって子どもの欲しがるプレゼントがわかるんだよ?」
「毎年メッセージを送って……」
「俺は送ったことなんか一回もないぜ! いいか、おもちゃにはバーコードってのがついているんだ。それを調べればどこの店で買ったかなんてすぐにわかる。だいたい隣町のショッピングモールに決まっているさ」
 十二月に入るとサンタへの感謝と欲しいプレゼントを打ち込んだメッセージを無線機から父親と飛ばすことがパオロにとって毎年の恒例行事だった。今年はサンタに会ってみたいとパオロはメッセージを飛ばしていた。
「……そんなことない」
「パオロ、大人になれよ。俺たち来年には小学校に上がるんだぜ! それに空飛ぶ人間なんていないだろ。普通に考えればわかることさ」

「おかえり。どうしたの?」
 母親は暗い表情で帰宅した息子の頬に手を当てた。愛犬のライカが走ってくるとパオロの冷えた掌を舐めはじめた。
「サンタはママたちなの?」
 母親は僅かに驚いた表情をみせたが、すぐにパオロを抱きしめた。
「温かい飲み物を用意するから着替えてきて」
 パオロが子ども部屋から出て一階へ降りると、母親がレモンジンジャーの入ったマグカップを手渡した。
「どうしてそう思ったの?」
「帰り道に友達に言われたんだ」
「そう。それであなたはどう思ったの?」
「違うと思っている。でも納得する部分もあった。プレゼントにはバーコードが付いていて、それを調べると隣町のショッピングモールで買ったものだってわかるってさ」
「なるほどね。では違うと思う理由は?」
「よくわからない。だけど、もしママたちがサンタなら嘘をつく理由がわからない。誕生日みたいに普通にプレゼントをくれればいいでしょ」
「ママたちがサンタだったらショック?」
「……理由によるね」
 玄関の扉が開き、父親が研究所から帰って来た。パオロは走った。
「ただいま。どうしたんだい? 玄関までお出迎えとは」
「ねぇ、パパがサンタなの?」
 後から追ってきた母親が父親を見つめる。
「……ああ、そうだよ。半分はね」
 父親がそう言い終わる前にパオロは外へと飛び出した。同級生の言うとおりだった。サンタクロースはいない、パパたちは嘘つきだった。

 パオロの住んでいる街は父親の勤めている研究所を建設するために二十年ほど前に山を開拓して作られた。そのため多くの住民が何かしら研究施設と関連する仕事に就いている。公園のベンチに座り息を整えていると、研究所の敷地内からゆっくりと夕空へ雪が浮上していくのが見えた。
――雪は降るのではなく吸われる。街に住む人間ならその表現の方がしっくりくる。施設からは定期的に白い雪が浮上する。それが空に吸われているように見えることからこの現象は〝雪吸い〟と呼ばれていた。パオロはそれをじっと眺めていた。
「パオロ!」
 追ってきた父親はパオロを抱きしめると母親に連絡した。
「ああ、大丈夫だ。公園にいた。ちょっと待って。ほら、ママに声を聞かせて」
 電話越しに今にも泣きそうな母親の声とライカの鳴き声がした。

「パパとお出かけでもしないか?」
 ある休日の朝、父親はライカとともに強引にパオロを車に乗せた。あの日夜以降、パオロは両親とあまり口をきかなくなっていた。
「ショッピングモールにプレゼントでも買いに行くの?」
 息子の皮肉に父親は軽く笑った。
「違うよ。パパの研究所だ。初めて行くだろ?」
 強風が森の木々を揺らすと、そのざわめきに驚いたライカがパオロの足元に潜った。
「すごい風だな。予報だと夜は吹雪になるかもしれないって言っていたぞ」
 中に入ると、休日にも関わらず研究所には多くの職員が働いていた。中庭のような広場を囲むようにガラス張りの廊下が円形状に広がり、その沿線上に様々な部署の部屋が連なっていた。父親はすれ違う人々と挨拶を交わしパオロとライカを紹介した。何人かの職員がパオロを抱きかかえ頬にキスをした。パオロの身体が宙に浮いて手綱が離れた隙に、ライカはだだっ広い空地を目指し駆けていった。それから職員がパオロを主任室へ送り届けた。
「これがパパの職場だ」
「何なの? ここは」
「簡単にいうと反重力を生み出すための研究所だ。反重力って知ってるかい?」
 首を横に振るパオロに、父親は机の紙を一枚丸めて床へと落とした。
「今、この紙が下に落ちたのは地球に働く重力によるものだ。これはわかるね? それの反対の力、つまり下から上に働く力が反重力だ。見たことないかい?」
「雪吸い!」
「そう。雪吸い現象は反重力の研究をするためにパパたちが作り出しているものだ。ただ何にでも反重力が働いちゃうと大変だから、パパたちが使う機器にだけ反応する特別な物質を作って実験している。それが雪吸い現象の正体だよ」
「じゃあ、あれは本物の雪じゃないの?」
「そう。だって夏でも雪吸いは起きてるだろ? パパたちは反重力を生み出すことにはある程度成功している。でも、まだ上手くコントロールできていない。だから落ちても痛くない雪のような柔らかい物質を作って実験している。ほら、これがその人工物質だよ」
 父親は引き出しから取り出したシャーレをパオロに渡した。それは雪というより綿のようなもので、本物の雪のように溶けることもなかった。
「さて、本題だ。おいで」
 父親はパオロを膝に乗せ、モニターの画面を見せた。
「これを見てごらん」
 そこには空を自在に飛ぶ赤色の人々の姿があった。
「あっ!」
「サンタクロースとパパたちは呼んでいる。彼らは反重力を完璧に制御している。しかもこれは飛行機が飛ぶような成層圏の映像だ。普通ではあり得ない」
 パオロは画面上のサンタクロースに見入った。
「クリスマスにプレゼントをあげているのは確かにパパとママだ。だけどサンタクロース的な者は存在している。それも今の私たちには不可能なことをやっている」
「じゃあ本当のサンタは宇宙人なの?」
「どうなんだろうね。パパたちもどうにか接触しようとしてはいるんだけど、いつどこに現れるかもわからないからね」
 部屋の電話が鳴った。
「……わかった、すぐ行く。パオロ、ライカは?」
 その時パオロは自分がライカの手綱を握っていないことに気付いた。

 実験用の広場に着くと、ライカが数メートル上空で揺れていた。
「どうした、早く止めるんだ!」
「駄目です、主任。この強風だと機器を止めてもどこに落ちるか」
「だが、このままだと浮上する一方だ。緊急用のドローンは?」
「ドローンは観測用ですから生物を捕獲するような機能は搭載していません。まさか人工物質を口にするなんて。それに上手く捕獲したとしても、途中で暴れればドローンもろとも落下です」
 ライカは不安そうにパオロを見つめる。強い風で小さい体が揺れ、恐怖で細くなった鳴き声があがる。もう十数メートルの高さまで到達していた。突然、風がさらに強くなりライカの姿が消えた。一瞬の沈黙の後、ライカの弱りきった鳴き声が聞こえた。パオロの目の前にライカを抱えたサンタクロースが現れた。
「今だ、止めてくれ!」
 父親の合図で職員は反重力機器の電源を落とした。空を舞っていた人工物質たちはゆっくりと重力に従い落下しはじめる。サンタクロースは抱きかかえたライカを無言でパオロに渡すと、そのまま浮上していき空に消えた。職員たちの念願だったサンタクロースとの接触はわずか数十秒ほどだった。観測用ドローンを飛ばし慌ただしく動く職員たちをよそに、パオロはサンタクロースのいなくなった空を見上げ続けた。

 クリスマスイブの夜、パオロは部屋の窓から雪吸い現象を眺めていた。サンタに会ってみたいという彼の願いはもう叶っていた。思い立ったパオロはベッドを抜け出し屋上へと向かった。アンテナに無線機をつなぎメッセージを飛ばす。
――サンタクロースへ。ライカを助けてくれてありがとう。もし貴方が嫌じゃなければパパたちの仕事を助けてあげてほしい。よくわからないけど困っているみたい。それじゃあ、メリークリスマス!【了】

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