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ミシュラン1つ星のレストランは「結果」であって「目的」じゃない 前田大介×横尾文洋×糀屋総一朗対談3

ローカルツーリズム代表・糀屋総一朗と、地域を変えるキーパーソンの対談。今回は富山県立山町で新しいビレッジ(村)「ヘルジアン・ウッド」を運営する前田薬品工業代表取締役社長の前田大介さんと、不動産領域のインパクト投資に取り組むランドアーツ代表の横尾文洋さんをお迎えし、地域づくりについて大いに語り合いました。4回連続掲載の3回目は、ミシュラン1つ星を取ったレストランができるまでと、その先の話についてです。

前回はこちら

https://note.com/localtourism/n/n612d2e8357b5

「レストランが街を変える」信念に従って

糀屋:僕はこの『ヘルジアン・ウッド』について思うのは、ただ単に施設を作ったんじゃなくて、地域の価値をすごく掘り下げて、それをサービスとかモノに繋げて新しいマーケットを作ったってことだと思うんです。それって地域の経済にとってめちゃめちゃいいことだし、すごく理想的なんですよ。しかも地元の人である前田さんがやってるっていうのがまたすごい。

通常、箱を作るのはお金があればできますが、前田さんはオペレーションには関わったのかな? というのは気になっていました。例えばレストラン。シェフを呼んでこなきゃいけないし、什器も選ばなきゃいけない。ナイフやフォークどれにするとか、清掃はこうするんだか、いろいろあるじゃないですか。

前田:レストランはやっぱり非常に大事なところですね。一つのレストランが街を変えるってことは世の中たくさんあると思いますから。たくさん課題があるこういうエリアに人を呼び込むためのレストランというのは、一種独特な世界観が必要だ、というのがまずありましたね。その世界観を一緒に作れるシェフが必要だ、ということで2年半探し回ったんです。

スペインのサン・セバスチャンから約1時間ぐらい車を走らせたところに世界ベストレストラン2位になっている『アサドール・エチェバリ』というレストランがあるんですが、そこに石川県出身の前田哲郎さんというシェフがいて、なんとか彼にきてもらいたいと思ってスペインにも3回飛びました。結果的に断念してしまったんですけどね。

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そうこうしてるうちに『ファーマーズシップ』という野菜や柑橘の卸の会社さんが、富山のシェフズツアーを組んでくれました。東京の有名レストランや新進気鋭の若手シェフも入ったりして、10人ほどが集まった。そのうちの1人に滋賀から来た押谷俊孝さんというシェフがいまして。小さなイタリアンやってるシェフだったんですが、彼はかつて狩猟免許を持っていて、自分で滋賀の山に入って鹿や熊を捕って解体して流通も作って、猟師さんと流通者の生きる道を作った上で、自分は料理人だからって言って鉄砲を返したっていう男なんですよ。そこまでやる人ってなかなかいないんで、たまたま僕がやろうとしてる壮大なチャレンジと彼の世界観ピタッと一致したんです。

それで僕が3回ぐらい滋賀に通って、「一緒にやらないか」って話をして、来てくれることになったんです。それと富山でレストラン経験のあるマネージャーを引っ張ってきて、そこでシェフとマネージャー2人と、雇っていたパートさんと正社員で、フォーク選び、器選び、オペレーションのことを毎日合宿しながらやってました。僕は必要な意思決定があれば呼ばれて、アセスメントして最終決定を出していたということで、半分くらいですかね、レストラン立ち上げに対する僕の労力、精神力は。

事業はやっぱり「人」、でも……

糀屋やっぱり結局人だよねって思わされますね。僕もすごい痛感するけど、やっぱそこで止まっちゃう人が多くて、積極的に自分から探しに行けていない。自分も行ってるかなって思ったら、今聞いてて、まだ全然足りないなって。みんな言うんですけどねどこ行っても「結局人だよね」って。熱意を持ってそこをやってるかと言われると、自分はまだまだだなって、思いました。

前田:人だ、っていうのはすごく感じます。結局押谷さんは、今年の5月にまた滋賀の自分の店に戻ったんです。

糀屋:そうなんだ!

前田:本当に睡眠時間は3時間ほどで、料理と仕事のことしか考えていないようなストイックなシェフだったんで、そうなると、中にはついていけないスタッフも出てきてしまうんです。一部ついていくんですけど、そこでハレーションが起きるってことになる。それは、誰がいい、悪いじゃなくて、その「視座」が違いすぎてどんどん心の距離が離れちゃうって感じですかね。

糀屋:なるほど。

前田:オーナーシェフだったらいいんですけどね。僕は全然そういうのは好きなんだけど、一定規模以上の組織としてまとまるのは難しいですよね。オーナーシェフとしていける人と、チームとしてのリーダーとなるシェフってのは、やっぱ別人格であり別人種であるってことは僕もやってみてすごくわかりました。

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良い悪いじゃなくて、適性があるんです。「人」ってもうちょっと因数分解するとパッションがあるとか、フィロソフィーがあるとか、包容力があるかとか。地方でやっていくときってそのパッションと哲学と包容力がバランスよく内在することが大事だと、この1年やってみて感じますね。今はその時のスーシェフ2人が継いで、間もなく富山出身で東京とフランス2地域で修業を重ねたシェフが仲間に加わる予定です。

糀屋:こういうところでやるって思想とか、考え方が合わないと難しいですよね。その人にはその人の考えがあるんだけど、思想がある人同士だと衝突が起きて、その時にどう対応していくかっていうところは必要だなって、お話を聞いて感じます。

前田:いわゆる経営者としては会社が潰れそうな経験もしましたけど、この半年1年は本当きつかったですね。精神的にだいぶやられましたね。

横尾:そうなんですね。

前田:元々コロナで飲食が難しい状況のなかで、なかなか一枚岩になっていかないというのは、結構オーナーとしてはきついし人間として試されてる感じはしました。どうやったら押谷くんも皆さんもハッピーになれるようなディレクションであったり、ドライブの仕方が出来るのか?「強い哲学がありすぎるから駄目なんだ」じゃなくて、もっとオーナーとして何かできないかっていうことにずっと悩み続けた1年だったと思います。

糀屋:外から見てると見えないから、まさかという。

前田:そういうところは見せないよね(笑)。

糀屋:みんな楽しんでる雰囲気じゃないと、お客さんも楽しくないし。

横尾:実は糀屋さんと一緒に行った時が、ほぼ最後の押谷さんの料理だったんですよ。それからシェフや体制が変わって。そういう「人」の苦労もあるんだなっていうのは、見ていて感じます。

前田:本当にその通りです。

人が変わっても、「らしさ」は変えずに

横尾:ただ、村作りというものを綿々とずっと続けていく中で、シェフ変わるっていうことは今後もあるとは思うんです。その中で『ヘルジアン』らしさっていうか、クオリティやインパクトは変わらない、という仕組み作りっていうのも、実験なんじゃないかと思ってますね。

前田:そう、変わっていくんですよ。今のシェフも僕に、「ゆくゆくは自分の店を持って独立したいと思う」と言ってくれてるので。僕もそれは全力で応援したいっていう話も彼も伝えたし、そこは横尾さんのおっしゃる通りなんです。

横尾:ずっとこの雰囲気の、ミシュランの料理が出るみたいな固定された期待値は一旦なくしてもらって、このシェフの期間はこれ、このシェフの期間はこれ、みたいにその時その時で区切ってもいいのかもしれないですね。

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前田:そうですね。そもそもね、ヘルジアンのスタートはアロマオイルの抽出工房なので、ミシュラン取れるレストラン作ろうってわけじゃない(笑)。押谷くんも別にミシュランのために料理人をやっているわけではなかった。狩猟免許をとって、ジビエの流通を作って社会を変えるんだっていうような思いがあった。だから、一つ物差しとしてミシュランってものがあるのは厄介だなとも思いました。

糀屋:期待値のハードルもぐんと上がりますもんね。

前田:そうそう。

糀屋:いろんなお客さんもきますしね。そこに対応しないといけないのは大変だと思います。

前田:ミシュランなんでしょ? みたいな感じで来ますから(笑)。

糀屋:今の話で面白いと思ったのは、やっぱり人材に対し頼りすぎない。その裏にある、バックグラウンドの根本の考え方とか思想とかそういうところを大事にした方がいいっていうお話です。人はもちろん大事なんだけど、なんか人がやめちゃって何かが終わっちゃうみたいな事にはしないほうがいいなって。東京だったら募集した集まったりするけど、地方の場合特に人材集めって簡単にできないじゃないですか。だからやっぱりその辺の仕組み作りってめっちゃ重要だなって思います。

(取材・藤井みさ 構成・斎藤貴義)

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