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文化的な「インフラ」を整備し、日本をもっと魅力的に 大井実×糀屋総一朗対談3

ローカルツーリズム株式会社代表・糀屋総一朗と地域で活躍されている方の対談、第2弾は福岡市でローカルブックストア「BOOKS KUBLICK(ブックスキューブリック)」を2店舗経営されている大井実さんです。まちづくりの中心にもなってきたという本屋の存在とは。3回目はイメージを持つことの重要さ、そして事業を進めていく上で迷わない思考法についても伺いました。

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イメージを形にしていく過程で芽生える「使命感」

糀屋:何かを始めるときにイメージをもつ力、たしかに大事ですね。

大井:イメージって本当に大事なんですよ。ナチス収容所から生き延びた人の手記『夜と霧』を読んだことがありますが、とにかく自分が収容所から出て、体験を語っているところ、美味しい料理を食べてワインを飲むことをイメージしてひたすら耐えていたと。そういった過程を経るうちに、だんだん与えられた使命にいかに応えるのかという話になってくるんです。僕も本屋をやっていく上でだんだん使命感という感覚がめばえてきました。

糀屋:オガールプラザの岡崎さんが、雪のゴミ捨て場って言われてるようなところにあの施設を作ったじゃないですか。ああいうことしちゃう人って、一体どうしたらこうなっちゃうんだろうな?って興味があって。今の大井さんのお話にヒントがあるような気がします。

大井:岡崎さんの場合は僕なんかと違って規模がでかいし、とてつもないんですけど。やっぱり最初のスタートはイメージからだと言ってましたね。「ここに体育館があって、バレーボールの世界的な大会が開催されたら面白いだろう」って思えるのがすごいところです。

糀屋:すごい。

大井:話聞いて面白かったのが、彼は役人時代に培ったあの手この手のことを繰り出しているわけです。床材が高すぎるから交渉するのにしたって、とにかくあの手この手を使ったと。正攻法で行ってダメだと普通の人は折れちゃいますけど、諦めないで「だったらどうしたらいいか」と考える。若いうちはわからなくても、「この人を動かすにはどうしたらいいか」と、大人になると過去の経験からわかるようになりますよね。

糀屋:何かを形にしようとするのって、すごく高度なことをやるっていうことだと思うんですよね。地方にはどういう人材が必要かというと、「ただ単に何でも従って素直な人間」ではない。地域の人たちとうまくやっていく、それだけでもうまくいかない。だけどどういう人材が必要なのか、というのはぼやっとしている気がして。だから僕は岡崎さんがやってることを若い人たちに間近で見せて、「こんなにすごい人がいるんだ」と感じてもらったり。そういうことをしたりはしています。

自らを客観的に見つめる「もう1人の自分」

糀屋:止むに止まれずの衝動から初めて自分の居場所を作って、理想的な場所ができたと思うんですけど、正直なところ、できあがったときに飽きるとかってあったりしませんか?

大井:もともと自分が飽きっぽい人間だというのは自覚してました。親が転勤族だったので、3年ごとぐらいに転校してた影響もあるかもしれません。毎回リセット、リセットして再起動、みたいなタイプなんですよ。でも独立して起業して本屋を始めちゃったからには、またリセットします、ってわけにもいかない。だから自分を飼いならさないといけないんだと自覚してます。人生ってそんなもんだと思うんです。すべて健康で何一つ瑕疵のない人や、精神的に完璧な人なんていなくて、みんな何かを飼いならしながら生きてると思うので、それと同じことかなと。

30代前半に完全に無職の時期があったんですが、そのときに精神世界系の本、どうやって生きるか、みたいな本をものすごくたくさん読んで、自分の性格を分析したことがありました。そのときに、なんの本かは忘れてしまったんですが「自分ともうひとりの人格みたいなものを設定するといい」と読んだ気がするんです。

――作家の平野啓一郎さんがその時々で人格を変える「分人」といった概念を提唱していますよね。

大井:それに似ているところもありますが、その時々というよりは2人なんですよね。リアルな自分とそれを見守る守護神というか、プロデューサーみたいな自分が2つあれば、自分のダイレクトな感情でいちいち揺さぶられないで済むという。嫌な人に出会ったときに「こいつとつき合わないほうがいいよ」とアドバイスする自分というか、自分を導く人格があるという安心感を持てる、という本を読んだと思うんです。書名も著者も忘れてしまいましたが、その考え方をするようになってから気が楽になったかなと思います。

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若い頃って自意識過剰になって、一つのことにとらわれがちなんですが、別の世界がもう1つあれば救いになる。本を読むということは、そういう考え方を身につけられることにもなると思いますね。高校のときには親や学校に反発したりもしたけど、本をたくさん読んだことによって「世界は一つではないんだな」「自分が生きていける環境は他にあるんだな」と思うことができた。自分が輝ける場所は自分で探すんだと考えればいいんじゃないかな、と30代前半の頃に思えるようになりました。

糀屋:「もう一つの自己を設定する」という話、すごく面白いですね。あんまり大井さんのイベントでも、そういうお話ってなかったような気がします。

大井:たしかに他の人にはあまり話したことがないかもしれません。あんまり公のところでしゃべると、「こいつスピリチュアル系だな」って思われたりすることもあるから。

糀屋:そんなことないですよ(笑)。

大井:直接話すような人にはそういうアドバイスもしたりします。とにかく若い人で悩んでいる人には、いろんな人に会いに行ったり、いろんな場所に行ったり、とにかくいろいろな経験をしてみて、それで経験値を高めて仮説、実験、検証って、うちのスタッフによく言うんですけど、考えながら仕事をしていかないといけないよ、とアドバイスをしています。

文化的な部分も含めた「インフラ」の整備が重要

――今後、大井さんが考える地域の発展のかたちというのは、どういったものになりますでしょうか。

大井:福岡に戻ってきて、九州の農産物や肉ってすごく美味しいものばかりだなと思ったんです。みんな牛肉っていうけど、豚も鶏も美味しい。食べ物だけみてもいいものがいっぱいあるし、そういうのを高く売っていくやり方がもっとあると思います。

イタリアの話に戻ると、イタリアも第二次世界大戦の敗戦国だったし、はじめは工業生産に力を入れて、都市の中心街はほったらかしで郊外開発ばっかりやってたらしいんですね。でも次第にヴェネツィアで修復保存をしながら活気ある街に変えていこうという動きが出てきた。工業生産が遅れていた特に南イタリアの地域でも、歴史的中心である市街地がきれいになって飲食店が増えて、観光客も来るようになっていった。そうしたらヨーロッパ中のお金持ちがこぞってアパートを買いだしたりして、その土地の価値が上がりだして。チーズやオリーブオイルなんかも特産品としてすごく伸びてるんですよね。

日本だって、どうせITをやっても中国やアメリカに勝てないんだから、もっと食べ物や工芸品なんかに力を入れていくべきだろうなと思います。実際に海外からグルメツアーとして日本に来たりしてる観光客もいるぐらいですから。

糀屋:今はコロナですけどそれもそのうちおさまりますしね。

大井:あとは内需がかなり大きいのに、それをないがしろにしてトヨタとか輸出企業ばかり応援しているから矛盾が起こるんです。国内でしっかりお金を使って循環させる、という形に政策を転換させないといけないし、そういう意味では野党のほうが近いことを言ってますよね。消費税なんて結局内需を冷やすだけだし、学費が上がったり、社会保険料を上げたりと、景気が良くなるようなことを全然やってないんですよ。政策の間違いによって地域も、日本も衰退しちゃっていると思いますね。今こそ「イタリアに学べ」じゃないかなと思います。

糀屋:それ、すごい大事ですね。

大井:田舎臭いのって、都会の人は嫌うでしょ。田舎臭くなくて、文化的で、美味しいものが食べられて……そういうのこそが文化的な部分も含めた「インフラ」だと思います。そういう意味で本屋って大事なんだよ、という意味も込めて本を書いたところもありますね。昔のほうがいい喫茶店や映画館があって、街に繰り出す喜びってあったと思います。それを復活させるしかないんじゃないかな。もっと街を魅力的にしていかないといけない。

糀屋:そういう意味では京都って、街が本当に成熟していて楽しいですよね。京都に行ってから福岡に戻ってくると、福岡ってみんな福岡自慢しますけど、成熟したものっていうのはやっぱり弱いなって思いますし。

大井:僕は福岡より京都のほうがすごいよってよく言うんですけど、嫌われるみたい(笑)。

糀屋:そうだよなって思いますけどね(笑)。

大井:福岡人は、自分のところ自慢し過ぎだから。

糀屋:そういうところありますよね(笑)。

大井:そういうところっていうか、そうなんですよね(笑)。D&DEPARTMENTが47都道府県それぞれのガイドブック「d design travel」を作る際に、その土地で面白そうな人を集めてキックオフミーティングをして、「ここに行ったらいいよ」というアイディアをもらうブレストをする。そこで副社長の相馬さんが言ってたのが「福岡は異常です」と(笑)。「これ食え」「ここ行け」「ここ見ろ」と、他の県はそんなに意見が出なかったり「うちの県は大したことないですよ」っていう人が多いのに、福岡はまったく逆だったらしいです。だから僕なんかが「足りないものをもっと見ていきましょうよ」というと、棹さすような嫌なやつだって言われるんですよね(笑)。

糀屋:いやほんと、そういう姿勢も大事ですよね(笑)。大井さんもそういうふうに感じてらっしゃったんですね。

大井:もちろん、もちろん。高校のときは山笠の中心地だったので、そこで超自慢げに話すのぼせもんの同級生を見て、「なんだこいつら」って思ってましたよ(笑)。

糀屋:笑笑。本当に今日はいろいろお話できてよかったです。改めて、もっと前向きな話を発信していくべきなんだなと思わされました。また福岡でお会いできれば。

大井:ぜひまた。ありがとうございました。

(取材・構成 藤井みさ)

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