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危機察知能力に長けた猫を飼っていた。

就職してから数年、私は妹と一緒に住んでいた。
古い2DKのアパートの2階に、妹と、妹が飼い始めた猫一匹と暮らしていた。

妹の猫は私に全く懐かなかった。
触ろうとして逃げられ、撫でようとして引っかかれた。
餌の用意くらいはしたが、それ以外は飼い主である妹が管理しており、いつしか私は猫のことを「いないもの」として生活をしていた。
おそらく猫も私のことを「いないもの」として認識していただろう。

ある日、私は寝坊して仕事に遅刻しそうになって焦っていた。
そんな時に限って、猫は珍しく私の元に近寄ってきて、ニャアと鳴いた。
初めてのことだった。

玄関で靴を履こうとすると、足元に猫が纏わり付いて、なかなか靴を履かせてくれない。
仕方がないのでまだ寝ていた妹を起こし、猫を引き離してもらった。
「珍しいね」と妹は不思議がっていた。

私は小走りになりながらアパートの階段を下りようとして、足を踏み外した。
2階から1階まで階段を転がるように落ちた。
一瞬地球がひっくり返ったんじゃないか。
その直後に来た激痛で、私はもう死ぬのかと思った。

何とか匍匐前進で部屋まで戻り、急いで救急車を呼んだ。
もちろん仕事は休んだ。
全身打撲で全治1週間だった。

妹は心配してくれたが、猫にはいつものように知らんぷりをされた。
「止めてくれてたのかな」と妹は言った。
後にも先にも、猫が私の元に近寄ってきてくれたのは、その時だけだった。




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